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17:帰還

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初潮がきてから12日後。アルフレッドは魔法省の建物の入り口で、帰ってきた部下達を出迎えた。同行した騎士達も含め、全員無事である。怪我をした者もいるようだが、軽傷で済んだようだ。疲れた顔をしている新人の頭を撫で回し、今回のチームのリーダーであるトーラをはじめとする面々に労りの言葉をかけた後で、アルフレッドはバージルを見た。カーキ色の制服の右肩の所が少し破れており、黒い染みが僅かにできているが、他は特に何の変わりもない。アルフレッドはバージルに声をかけた。


「お疲れさん。うちの連中を無傷で帰してくれて助かるわ」

「いや。特にトーラ殿には本当に世話になった。礼を言う」

「怪我は」

「俺は掠り傷だ。他の者も軽い裂傷や打撲程度のものだ。トーラ殿に治療をしてもらい、念の為に医者の診察を受けた。帰りの道中に予定していた道が崩れていて、迂回することになった。それ以外は、特に問題はなかった」

「そうか」

「では、我々は戻らせてもらう」

「あぁ。ありがとな。皆、気をつけて帰れよ。軽傷でも怪我をした者は養生してくれ」

「気遣い痛み入る。……アルフレッド」

「あ?」

「今夜行く」

「あ?」

「では、失礼する」


バージルが堅物クソ真面目な顔で敬礼をして、部下の騎士達を引き連れて帰って行った。顔を引き攣らせて固まるアルフレッドの肩にトーラが腕を回し、ニヤニヤと笑いながら口を開いた。


「課長~?なになに?バージル班長と上手くやってるわけぇ?」

「……いや?別に?普通だ」

「ふーん。ほーん。普通ねぇ」

「……あのクソ野郎……空気を読め!!今言うことじゃねぇだろ!!」

「あっはっはっは!!いやー。ご馳走様です?」

「殴っていいか?」

「ダメに決まってんでしょ。まぁ、バージル班長なら大丈夫かな。堅物クソ真面目だし、一緒に仕事をする上で信頼できる。結構いい男だし、しっかり捕まえておいてくださいよ」

「言っておくが、種馬として働いてもらっているだけだぞ」

「種馬が優秀である方がいいじゃないですか」

「……男に戻れるのなら別に細かいことは気にしない」

「はいはい。報告書を書く前に口頭で報告しますよ。あ、珈琲をお願いします。課長が淹れる珈琲が一番旨い。報告が終わったら、俺は速やかに帰ります。愛しの俺の女神と天使ちゃんが待っているんで」

「はいはい。愛妻家でなによりだ。さっさと済ませるぞ。報告が終わったら通常通り4日間の休みだ。嫁と息子にべったりしとけ」


アルフレッドはトーラをくっつけたまま、揶揄うようにニヤニヤしている他の面子に声をかけ、浄化課の部屋を目指して歩き始めた。空気を読まない発言をしやがったバージルは、夜にでも鉄拳制裁だ。全力で殴る。思いっきりぶん殴る。
アルフレッドは他の面子にも揶揄われながら、渋い顔をして浄化課の部屋に入った。





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アルフレッドは玄関が開く音がした瞬間、だらしなく寝転がっていたソファーから飛び起き、脱いでいたサンダルを蹴り飛ばして玄関に走った。パリッとアイロンのきいた白いシャツを着たバージルの顔を見るなり、アルフレッドはにっこりと笑った。


「クソ野郎。今すぐ袖を捲って腕を出せ」

「なんだ。いきなり」

「うるせぇ。出せ」


バージルが訝しそうな顔で、それでも右腕のシャツの袖を折り曲げ、笑みを張り付けているアルフレッドに向けて右腕を伸ばした。アルフレッドはバージルの右腕を片手で握り、シャツの袖を更にずり上げ、バージルの肘を露出させた。無言で肘のある一点を強く爪先で弾く。


「いっ!?」


バージルが思わずといった間抜けな声を上げ、ビクッと身体を揺らした。アルフレッドは顔に笑みを張り付けたまま、ぴしぴしぴしぴしぴしっと何度も何度も小刻みに肘の一点を爪先で強く連打した。バージルの顔が痛そうに歪む。


「ちょっ、おいっ!やめろっ!地味に痛いっ!!」

「ここさー、ぶつけると腕がびりびり痺れるよな」

「分かっているならやめろっ!」

「分かっているからやってんだよ。馬鹿野郎。気にすんな。空気読めねぇ馬鹿の躾をしてるだけだ」

「はぁっ!?ちょっ、ほんとに止めろっ」

「普通、部下がいる前であぁいうこと言うか?馬鹿だろ。空気読め。馬鹿野郎」

「わ、悪かったっ、悪かったからっ、ちょっ、やめっ」

「反省するまでやめません」

「してるっ!悪かったっ!」

「次、似たようなことをしやがったら、こんなもんじゃ済まさねぇからな。覚えておけ」

「分かった!悪かった!!」


バージルが微妙に悲鳴じみた感じで謝ったので、アルフレッドは張り付けていた笑みを消し、ぴこぴこぴこぴこ小刻みに動かしていた指の動きを止め、強く掴んでいたバージルの右腕を解放した。バージルが右腕を抱えるようにして、唸りながら、うっすら涙目になっている顔で、恨めしそうにアルフレッドを見た。


「報復が地味にエグい」

「もう1回いっとくか」

「悪かった!!」

「ふん!お前のせいで明日休みにされた。せいぜい種馬として働きやがれ」

「あ、あぁ……その、すまない。昼間は何も考えていなかった」

「うっかりさんか。てめぇこの野郎。明日は休みか?」

「いや。午後から出勤する。報告書の作成がある。明後日から2日間は休みだ」

「ふーん。なら、明後日は俺に付き合え。会わせたい人がいる」

「会わせたい人?」

「初潮がきた」


アルフレッドがそう言うと、バージルが大きく目を見開き、固まった。何かを言おうとしているのか、唇が少し開き、なんの音も発さず閉じ、また唇を開き、ということを何度か繰り返した後、顔を強張らせたまま、普段よりも格段に小さな声を出した。


「その……大丈夫か」

「大丈夫じゃなかった。くっそ腹が痛いし、腰も痛いし、頭も痛いし、吐き気もするし、身体は怠いし、血染めの便器と頻繁にご対面して、寝る時も漏れないか気になって眠れなかったぜ。こんちくしょう」

「今すぐ横になれ。ベッドまで運ぶ」

「ベッドには行くが必要ない。もう終わっている」

「そうか……今は?体調は?」

「問題ない」

「本当にか」

「本当になんともねぇよ。で、話を戻すぞ。俺の学生時代の先輩で、医療魔法の専門家やってるアリアナ・キーマンって女性がいる。魔法省の医務室で働きながら、医療魔法の研究をやっている人だ。彼女に色々と助けてもらった。そのアリアナ女史から、お前に一度会わせろと言われた。ついでに検査もすると。不妊の原因の半分は男にあるんだと。お前が妊娠させることができる身体なのかを調べるってよ」

「了解した。構わない」

「話は以上だ。シャワーは?」

「済ませてきた」

「あっそ。じゃあ、ベッドに行くぞ」

「あぁ。……ところで、何で裸足なんだ。靴は」

「細けぇことは気にすんな」


しれっとした顔でアルフレッドが言うと、バージルが呆れたような顔で小さく溜め息を吐いた。バージルがアルフレッドの両脇に手を差し込んで、抱き上げて肩に担いだ。そのまま歩き出すバージルの尻を、アルフレッドは意味もなく、ぱしんぱしんと叩いた。


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