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24:マイキーの休日

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マイキーは日課の朝の筋トレを終えると、シャワーを浴びてから着替えて、財布と端末、家の鍵だけをズボンのポケットに入れて、昨夜のうちに準備しておいた紙袋を片手に急な階段を降りて店に行き、店の入り口から外へと出た。店の入り口のドアの鍵をしっかり閉めると、そのまま花街の入り口へと向かい、歩き出す。
今日は店の定休日だ。父マートルは昨夜から母アマンダの所へ行っている。マイキーはマートルがいない店の定休日の日には、いつも朝食を馴染みのパン屋で買い、街の広場で食べている。
いつもはそれから朝早くから開いている市場で食料品などを買い物してから家に帰るが、今日はフィンの家に行く。フィンは10日程前にイボ痔の手術をして、現在療養中の為、仕事も家事も筋トレも休んでいる。暇をもて余しているフィンの暇潰しの相手をしに行く。昼食も一緒に食べる予定だ。フィンとは、イボ痔の手術前にフィンがマイキーに泣きついてきてから、毎日のように端末で連絡を取り合っている。いつも昼食は1人で食べていると聞いている。1人だけの食事は味気ないものだ。店の定休日にしかゆっくり時間がとれないが、せめてマイキーが休みの日くらいは一緒に昼食を食べたり、日中は話し相手もいないフィンの相手をしてやりたい。
マイキー的にはフィンもディルムッドも可愛い弟弟子だ。2人とも可愛いが、最近はどうしてもフィンの方が気になってしまう。心配していると言ってもいい。ディルムッドはとても仲がいい友達がいるし、家族仲も頗る良好で、健康優良児である。心配になる要因が全然ない。しかし、フィンは今は友達がいないらしいし、母親からは未だに筋トレを反対されているらしいし、ずっと人知れず悩んでいたイボ痔がついに手術レベルのものができてしまった。本当に色々心配である。そんなに長い付き合いではないが、フィンは愚痴や人の悪口を簡単に言う性格ではないとなんとなく分かっている。ずっと色々溜め込んでいたものが弾けてしまった結果、マイキーに泣きついてきたのだろう。フィンがめちゃくちゃ泣いた時、フィンのことが心配になると同時に、マイキーは少し嬉しかった。フィンが泣きたい時にすがりつける相手がいて、それが自分だということが。フィンがマイキーに懐いてくれているということは分かっていたが、心が弱った時に頼ってくれる程マイキーを信頼してくれているということが素直に嬉しい。フィンは10歳も年下なので、フィンがケリーの所で一緒に筋トレなどをし始めてから、なんだか弟が増えたようで嬉しかったのだ。フィンは素直で優しく、気遣いもできるし、とても努力家で、おまけに結構面白い子だ。マイキーはフィンがとても可愛い。勿論、ちょいアホだが、いつでも一生懸命なディルムッドも。

フィンの家に着いたので玄関の呼び鈴を押すと、すぐにフィンが玄関のドアを開けて顔を出した。マイキーの顔を見るなり、ぱぁぁっと輝くような笑顔になる。
フィンの顔は絶妙なバランスで配置されているような目鼻立ちだ。睫毛が長く大きなパッチリとした目、何もしていないのに刷毛で描いたような形のいい弓形の眉、すっと通った鼻筋に、薄すぎず厚すぎずな形のいい淡いピンク色の唇。どこをどう見ても文句無しの美少女である。肌は透けるように白く、ニキビ痕やソバカスなんて無縁なつるりとした肌をしている。毛穴なんてないんじゃないかというくらい、本当にキレイな肌だ。これで洗顔用ですらない普通の石鹸で洗っているだけというのだから恐れ入る。化粧水とかもしていないらしい。マイキーがフィンくらいの年頃には、たまにできるニキビに悩んでいたので、なんとも羨ましい。女が嫉妬し、男が惚れるのが納得できる程、フィンは美しく可愛らしい顔をしている。


「マイキーさん!おはようございます!」

「おはよう。フィン。天花粉を早速持ってきたよ」

「ありがとうございます!」


嬉しそうに微笑むフィンに家の中に招かれ、一緒に居間へと移動した。フィンがうきうきとした様子でお茶を淹れに台所へと向かった。すぐに戻ってきたフィンからお茶の入ったカップを受けとる。ふ、と何気なくフィンの手首や腕を見て、マイキーは首を傾げた。渡してくれたカップを1度ソファーの前のローテーブルに置き、座っていたソファーから立ち上がって、まだ立ったままのフィンを正面から観察した。マイキーは不思議そうな顔をするフィンを正面から抱き締めた。


「マイキーさん?」


思った通り、以前、フィンを抱き締めた時よりもフィンの身体は少し細くなっている。抱き締めた時の感じが違う。手術からまだ10日程しか立っていないのに、どうやら違和感を少し覚える程度には痩せてしまったようだ。


「フィン。ご飯ちゃんと食べてる?」

「あー…………動かないから、お腹が全然減らなくて…………」

「筋トレできないから筋肉はどうしても多少落ちちゃうけど、それ以外の肉も微妙に落ちてるよ。少しだけど、痩せてる」

「うげっ!」


蛙が潰れたような声を出したフィンの身体を離すと、マイキーは人差し指で、つん、と軽く、渋い顔をするフィンの額を突っついた。


「ちゃんと食べなきゃダメだよ。太っても絞ればいいだけなんだし。むしろ、多分その方が早く筋肉つくんじゃない?」

「はい……」

「母さんから貰ったお菓子があるから、とりあえずそれを一緒に食べよう。今、花街でものすごい流行ってるんだって」

「はい。ありがとうございます」

「うん」


マイキーのすぐ隣に座ったフィンに、紙袋の中から小さめの美しい装飾が施された箱を取り出して手渡した。箱を見て、フィンが少し驚いた顔をした。


「……マイキーさん」

「ん?」

「あの、すごく野暮なことを言っちゃうんですけど……その、これ、すっごくお高そうなんですけど……」

「貰い物だし、俺は値段知らないよ。中身もまだ見てないし。砂糖菓子とは聞いてるけど」

「はぁ……開けていいですか?」

「うん」


フィンがローテーブルの上に、おそるおそるといった様子で静かに美しい箱を置いた。フィンがそっと箱の蓋を開けると淡い黄色やピンク、緑色、白の花を象った可愛らしい小さな砂糖菓子がキレイに並べられていた。数は少なく、10個も入っていない。


「わぁ!可愛い……」


フィンが嬉しそうな声を上げた。確かに可愛い。フィンがそっと小さな黄色い花の形をした砂糖菓子を指先で摘まんだ。マイキーも1つ手に取り、口に入れた。口に入れた途端、さらっと溶けて優しい甘さが口の中に広がる。腹に溜まるようなものではないが、上品な甘さが素直に美味しい。


「すごく美味しいですぅ。上品で、こんなの食べたことないです」

「俺もこういうのは初めてだなぁ。くどい甘さじゃなくていいね」

「はい。さらっと口の中で溶けちゃいました」

「これ、どこで売ってるんだろ。腹には溜まらないけど、ちょっと贅沢な気分になりたい時にはいいよね」

「ですね。うぅ……もっといい茶葉があればいいのに……」

「母さんから貰った珈琲、持ってくればよかったな。あれとも合いそう」

「いいですねぇ」

「これ、残しといて次に来た時に食べる?珈琲持ってくるし」

「はいっ!あ、フィルに見つからないようにしないと。一気食いされちゃう」

「これを一気食いされたら泣くね」

「泣きますね。隠しておきます」

「うん。お願い」


フィンが箱の蓋をそっと閉めて、いそいそと台所へ隠しに行った。フィンが淹れてくれたお茶を飲んでいると、少しして、クッキーを盛った皿を手にフィンが戻ってきた。


「僕が生まれる前から店で働いてくれている従業員の方にいただいたんです。手作りなんですって」

「この前、食べさせてもらったやつ?」

「はい。僕が休んでから、毎日焼いて持ってきてくれるんです」

「優しいね」

「はい。未だに子供扱いされるので、そこはちょっとアレなんですけど……」

「子供扱い?」

「成人向けのコーナーに入れてもらえないんですよ。『坊っちゃんにはまだ早い』って言って。成人向けコーナーって、カーテンで仕切ってるじゃないですか。僕が近づくだけで飛んできて追い払うんです。僕もう18になるのに」

「あーらら」

「……正直、ちょっとエロ本というやつに興味があるのに、未だに見たことがなくて」

「まぁ、興味津々なお年頃だよね」

「そうなんですよ。それに、いざって時の知識が全然ないから、そういう意味でもそろそろエロ本くらい読んどいた方がいいと思うんです!」

「あー……エロ本の中身は殆んど幻想みたいなもんだから。エロ本のやり方とかを鵜呑みにするのは止めておいた方がいいよ。やり方とか知りたいなら、経験者に聞くのが1番いいから」

「そうなんですか?……んー……父には聞きにくいです……」

「俺も父さんに聞くのは普通に嫌だね。んー……俺の友達にすっごい遊び人がいてさ。根っからの女専門で、『どんだけ美形だろうと、ちんこついてる時点で論外』って言うくらい女にしか興味がないんだけど。なんなら紹介しようか?守備範囲も広くて、めちゃくちゃ経験豊富だよ」

「お願いします!僕、本当にそっち方面の知識がないんです!」

「いいよ。いっそ仕事休んでる間の方がいいかな?時間に余裕もあるし。来週の水曜日に向こうの都合がよかったら、俺の家に来てもらうよ。外を歩くのは別に問題ないでしょ?まぁ、念のため迎えには来るけど」

「はい。お願いします」

「じゃあ、そろそろ装飾品でも作る?どれかやってみた?」

「はい。えっと、ビーズのブレスレットとピアスをいくつか作りました。こういうことをするのは初めてなんですけど、思っていたよりずっと楽しいです!」

「それならよかった」

「あの、今日は何を作りますか?」

「んー……髪飾りでも作る?飾りをビーズで作って、ピンにつけるだけの簡単なやつ。すぐにできるよ」

「はいっ!あ、部屋から制作キット持ってきます!」

「うん。あ!走っちゃダメ!」

「はぁーい!」


フィンが走りそうな勢いで居間から出ようとしたので、マイキーは慌ててソファーから声をかけた。早歩きに切り替えたフィンがで居間から出ていくのを見送り、マイキーは小さく笑みを浮かべた。フィンは本当に可愛い弟弟子である。


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