1 / 31
『色なし』のカミロ
しおりを挟む
土の宗主国サンガレア領魔術研究所の中庭にあるベンチに座り、カミロ・リベロはぼーっとしていた。短く刈り込んでいる白い髪、いっそ不気味なまでに白い肌、眉毛や睫も白く、瞳の色さえ白である。パッと見白目をむいているようにしか見えない。カミロは『色なし』である。
人は誰もが魔力を有している。魔力には属性があり、各々髪や瞳の色に特徴として表れるので、一目で何の魔力を持っているのかが分かる。
風の魔力を持つ者は風の民と呼ばれ、金髪緑眼、水の魔力を持つ者は水の民と呼ばれ、青髪青眼、土の魔力を持つ者は土の民と呼ばれ、茶髪茶眼、火の魔力を持つ者は火の民と呼ばれ、赤毛赤眼である。
本当に極々一部にこの特徴に該当しない者がいる。それは2つに分けられ、1つ目は異世界から召喚される神子の血を引く者、2つ目は『色なし』と呼ばれる存在である。
この世には4人の異世界から召喚される神子がいる。
風の神子フェリ。水の神子マルク。土の神子マーサ。火の神子リー。
神子は各宗主国に属し、神と人とを繋ぐ役割を担っている。
黒髪黒目の土の神子マーサの子供や孫の中には、土の民でも黒髪黒目の者がいるし、金髪青眼の水の神子マルクの子供の中には、水の民なのに金髪青眼の者もいる。サンガレア領に来て日が浅いカミロが知らないだけで、きっと他の神子の血縁にも何人もこういう世間一般の常識とは異なる髪や眼の色をしている者がいるのだろう。
『色なし』とは魔力も属性もあるのに、それが外見的特徴に出ない者のことを言う。カミロは土の民なので、本来ならば茶髪茶眼の筈だが、髪も瞳の色も真っ白だ。『色なし』は本当に極々稀に生まれてくる。神の祝福を得られていないから色がないのだと昔は忌み嫌われ、迫害されていたらしい。見世物小屋に売られたり、悪趣味な貴族や金持ちの慰みものになったり、産まれてすぐに殺されたりと、昔の『色なし』の扱いは本当に酷かったそうだ。
今ではそこまであからさまな迫害などないが、奇異な目で見られたり、露骨に嫌そうな顔をされることが多い。
カミロは土の宗主国王都で生まれ育った。リベロ家は代々優れた魔術師を排出する家系である。カミロが産まれた時、カミロの母はカミロを殺すよう指示した。魔術師のエリートばかりを排出する家に『色なし』は必要ないと。しかし、それを父が止めた。人はだいたい10歳頃に魔力が目覚める。それまでも魔力は持っているが、魔力というものを自覚して使えるようになるのは10歳くらいからだ。個人の魔力量をほぼ正確に測れるようになるのもこのくらいからである。父は魔力量が測れるようになるまでカミロを生かすことにした。更に、カミロを男として育てることにした。カミロの本来の性別は女だ。カミロの上には姉が5人いる。男は1人もいない。女はもういらないと言うことだったらしい。対外的に跡継ぎがいると示さなければ、カミロの母が親族達から何かと言われるのだろう。使用人達の噂話では、『跡継ぎの男ではなく、女しか産めない出来損ないの嫁』と言われていたらしい。
カミロは魔術師ならば長く伸ばす髪を短くしたまま、男として育った。男でも魔術師が髪を伸ばすのは、髪にも魔力が宿っており、時に魔術の媒体として自分の髪を使うことがあるからだ。カミロは王都国立高等学校に入学するまで、1度も家から出ずに、物心つく前からひたすら魔術について教え込まれていた。10歳になり魔力量検査をすると、魔力量が多い者がかなり多い一族の中でも群を抜いた相当な量の魔力を持っていた。この時点でカミロがこれからも生かされ、家の栄光の為に魔術師になることが確定した。『色なし』は外聞が悪いからと、ずっと家の地下室で暮らし、ひたすら魔術の勉強ばかりをやっていた。魔術師の資格は上級魔術師までは誰でも受験できるが、特級魔術師の資格は、例えば王都国立高等学校などの高等教育を行っている学校を卒業していることが受験資格になる。カミロは一族の中で最も魔術の才能があった。上級どころか特級にも容易に合格できるだけの才能と魔力を持っていた。
父はカミロを王都国立高等学校に入学させた。男として。
幸い、寮が個室であったし、誰も『色なし』には近づいてこなかったので、女とバレることなく卒業して、特級魔術師の資格を取得することができた。そもそも、カミロはこの時点では自分は男だと思っていた。カミロは背が高く、同級生の男達とも殆んど変わらなかった。ガリガリに痩せているので、乳房なんてない。まっ平らである。初潮も高等学校時代にはまだなかった。男の裸も女の裸も見たことはない。そもそも性教育を受けていなかった。カミロに与えられてきたものは魔術に関することのみであった。
それは高等学校を卒業して特級魔術師の資格も取得し、王宮に就職が決まった直後のことであった。
父に突然呼び出された。父から言われたことは『政治的影響力を持っている有力な魔術師の元に嫁いで子供を産め』ということであった。この時に初めて知ったのだが、3ヶ月ほど前に弟が生まれていた。カミロが男として育てられたのは、対外的に跡継ぎがいるとアピールする為だけだった。本当に跡継ぎができたのだから、カミロはもう必要ない。王宮でカミロを魔術師として働かせるよりと、『特級魔術師の娘』を力ある魔術師に嫁がせて子供を産ませた方が、家の繁栄に繋がると父は判断した。
カミロは困惑した。自分は男だと言われて、そう自分でも思って生きてきた。それなのに、いきなり『お前は女だ。優れた魔術師になる子供を産め』と言われた。意味が分からず戸惑うカミロを家の使用人達が拘束し、結婚相手の家に行くまでの期間、カミロはずっと地下室に閉じ込められていた。
カミロは地下室でずっと考えていた。自分の今までの、そしてこれからの生はなんなのかと。自分は男だと言われ、そう疑うことなく生きてきた。子供を産めと言われたが、子供をどうやってつくるのかも知らない。自分は魔術師になると、ただそれだけの為に生かされていた。それが今度は子供を産むだけの存在になるのだろうか。嫌だな、と思った。自分の今までは何だったのだろう。カミロは基本的に魔術に関することしか知らない。しかし、3年間の高等学校生活で、多少は『色なし』じゃない普通の人がどう生きているのかも知った。普通の人は地下室なんかじゃ過ごさないし、『友達』とかいう親しい者がいる。『恋人』とやらもいたりする。『好き』という感情があり、それは人にも向けられる。『好き』以外にも、『嫌い』という感情もある。『楽しい』ということがあれば笑い、『悲しい』ということがあれば泣く。人の感情は様々なものがあり、その表し方も様々なものらしい。カミロは高等学校で嫌そうな顔をされることが多かった。カミロを家で世話していた使用人達と同じような表情をしていたから、多分嫌そうであっている。使用人の中には、昔の『色なし』がどうなったか、何故カミロが生かされているのか、カミロを嘲りながら話してくる者がいた。カミロは『色なし』だから、気持ちが悪い、神の祝福がない、と使用人達にも高等学校の者達にも嫌われていたようだ。
『色なし』の自分に、結婚相手とやらが『好き』という感情を向けるとは思えない。恐らく、1度も会ったことがない母やカミロの世話をする使用人達、高等学校でカミロを遠巻きに見ていた者達のようにカミロを嫌うのだろう。
嫌なものを見る目で見られるのは、カミロにとっては普通のことだ。それは別にいい。子供のつくり方は知らないが、100歩譲って子供を産むのも別にいい。しかし、魔術に関われなくなるのは堪えられない。魔術はカミロにとっては空気のように当然にある1番身近なものだ。恐らくこれは『好き』ということなのだろう。
カミロはぼんやりと、これからどうするかを考えて、逃げるということを思いついた。どうやったら逃げられるか正直よく分からない。逃げたあと、どうやって生きたらいいのかも分からない。それでも、今まで生きてきた理由をなかったことにされるのが嫌だ。今まで何もかも与えられるだけで、生きる理由すらもそうで、自発的な行動などとったことがない。逃げるという選択肢を思いついただけで、我ながら奇跡のような気がする。
カミロは地下室で女の服に着替えさせられ、短い髪はみっともないとベールをかけさせられた。そのまま地下室から出され、外に出て、馬車へと乗せられた。馬車が走り出して、家から離れると、カミロは走る馬車のドアを開けて身を投げ出した。
カミロは身体を強く地面に打ち付けたが、すぐに走り出した。方向なんて何も考えていない。ただ家からも馬車を操っていた使用人達からも離れられればいい。ドレスのスカートが足に纏わりついて邪魔くさい。履かされた踵の高い靴はすぐに脱ぎ捨て、スカートを両手で捲って生まれて初めて無我夢中で走った。使用人達はすぐに追いかけてきた。ベールは馬車から飛び降りた時にどこかへいった。走りながらカミロは不思議な高揚感を感じていた。逃げきったら自分は自由だ。自由というものがよく分からないが、少なくとも子供を産まなくていい。魔術に関わって生きていけたらそれだけでいい。
カミロは兎に角必死で走った。ずっと地下室で育って、体力も筋力もないカミロはすぐに限界がきたが、それでも無理矢理足を動かし続けた。息が苦しい。身体のあちこちが痛い。追ってくる使用人達を撒くために、滅茶苦茶に道を曲がりながら走り続ける。
生まれ育った家よりも、ずっと大きな屋敷が並ぶ道を通りかかる頃には本当に走れなくなりつつあったが、歯を食いしばって、なんとか足を動かした。何度も後ろを振り返りながら、使用人達の姿がないか確認しつつ兎に角前に足を動かす。幸い、滅茶苦茶に走ってきたからか、使用人達の姿は今のところない。息が苦しい。足も肺のあたりも痛くて堪らない。それでも走らなければいけない。捕まったら、それで終わりだ。
ぜぇーぜぇー、と荒い息を吐きながら、カミロは足を動かし続ける。しかし、本当に限界がきてしまった。足が縺れて、カミロは地面に倒れた。起き上がらなければならない。前に進まなくてはならない。でも身体が全然言うことを聞いてくれない。どんどん暗くなっていく視界に、カミロは抗うことができなかった。カミロはそのまま意識を失った。
ハッとカミロが気づいた時に、カミロは知らない部屋のベッドに寝かされていた。身体のあちこちが痛い。思わず低く唸ると、部屋のドアが開いた。自分はきっと捕まってしまったのだろう。これから女として子供を産むだけに生きるのか。絶望に近い感情に目の前が暗くなる気がした。
「あ、気がついたのね」
部屋に入ってきたのは黒髪の10代の少女だった。知り合いではないが、高等学校でかなり有名だったので、カミロでさえ一応顔と名前は知っていた。カミロは現れた意外な人物に目を見開いた。
「もしかしたら知ってるかもしれないけど、アイーシャ・サンガレアよ。貴方カミロ・リベロでしょ?スカート穿いてるけど。うちの邸の前に倒れてたのよ。貴方」
「……あ……」
「あ、先にお水飲む?」
カミロは小さく頷いた。
アイーシャ・サンガレアは土の神子マーサとサンガレア領を治めるサンガレア公爵の娘だ。いや、先代サンガレア公爵の娘だったか。土の神子の娘なのは確かな筈。父親が先代公爵なのか当代公爵なのかは分からない。カミロと同じ歳で、専攻が違った為直接話したことなどないが、一応同じ魔術科の同級生ということになる。
アイーシャがカミロが寝ているベッドに近づいて、サイドテーブルの上の水差しからグラスに水を注いでくれる。カミロは酷く重い身体を無理矢理起こし、アイーシャからグラスを受け取って水を一気に飲み干した。
「倒れてた貴方をとりあえず保護したんだけど、なんか貴方を邸に入れたすぐ後に、この辺りを男が何人かうろうろしてたのよ。心当たりは?」
「……私を探していたのかと」
「貴方、高等学校では話したことはないけど、同じ魔術科の同級生よね。有名だったもの。『色なし』の天才って。実際、私も成績良かったけど、総合点で貴方に勝てたことは1度もないもの。まぁ、専攻が違うから競うものでもないけどね」
「…………」
「まぁ、それはいいとして。今聞きたいのは、何でうちの邸の前で倒れてて、貴方を探してる人がいるのかってことかしら?あと貴方男でしょ?何その花嫁衣裳みたいなスカート。趣味?」
カミロはポツポツ少し時間をかけて説明した。人と話すことがかなり少なかったので、カミロは魔術関係以外のことを話すのが得意ではない。恐らく分かりにくかったであろうカミロの説明をアイーシャは最後まで聞いてくれた。
「ふーん。じゃあ助けてあげるわ」
そう言って笑ったアイーシャに連れられて、そのままカミロは邸にあった転移陣でサンガレアの地へと足を踏み入れた。
それからすぐにアイーシャの母である土の神子マーサに引き合わされ、サンガレアの魔術研究所への就職が決まった。魔術師街と呼ばれる地区にある魔術研究所近くの魔術師用官舎に住むことになり、当面の生活に必要なものを揃える金銭も貸してもらえることになった。
アイーシャは王宮で魔術師として働くことが決まっていたので、その日のうちにまた王都へ帰っていった。
「とりあえず貴方はもう自由よ。自分の好きに生きたらいいわ」
そう言って、アイーシャは笑っていた。
土の神子マーサはとても親切で、今まで自分の身の回りのことすら殆んどしたことがなく、生活能力がほぼないカミロに家で必要な魔導製品を教えてくれたり、ゴミ出しの方法や洗濯など最低限しなければならない家事を教えてくれた。
食事は魔術研究所の食堂が朝早くから夜遅くまで営業しているし、洗濯もいざとなれば有料の洗濯代行サービスがある。家に腐るような食品さえなければ多分大丈夫だ。埃程度じゃ人間はすぐには死なない。生活能力がないカミロでも、すぐに1人で生きていけるようになった。
カミロは昼休憩終了5分前の鐘の音が聞こえると、ベンチから立ち上がった。
実家の人間も高等学校の学生や教師達も、カミロを遠巻きにして嫌そうな視線を送る者ばかりだったが、サンガレアの魔術研究所はいい意味でも悪い意味でも変人が多く、『色なし』のカミロの存在を無駄に気にする者は殆んどいなかった。気さくに声をかけてくる者もいるくらいだ。人と話すことや、そもそも大勢の人がいる空間に慣れていないカミロは、1人になりたくて、いつも昼休憩の時は食堂で同じ研究部の先輩達と昼食をとった後は中庭のベンチに座ってぼーっとしている。
カミロは結界魔術の改良を主に行っている第2研究部に所属している。第2研究部はカミロを含めて6人しかいない。少数精鋭なのだそうだ。カミロが1番若く、下っぱである。新人が仕事に遅れるわけにはいかない、ということくらい、色んなことに疎いカミロでさえ、なんとなく分かっている。
カミロは足早に第2研究部の研究室へと急いだ。
人は誰もが魔力を有している。魔力には属性があり、各々髪や瞳の色に特徴として表れるので、一目で何の魔力を持っているのかが分かる。
風の魔力を持つ者は風の民と呼ばれ、金髪緑眼、水の魔力を持つ者は水の民と呼ばれ、青髪青眼、土の魔力を持つ者は土の民と呼ばれ、茶髪茶眼、火の魔力を持つ者は火の民と呼ばれ、赤毛赤眼である。
本当に極々一部にこの特徴に該当しない者がいる。それは2つに分けられ、1つ目は異世界から召喚される神子の血を引く者、2つ目は『色なし』と呼ばれる存在である。
この世には4人の異世界から召喚される神子がいる。
風の神子フェリ。水の神子マルク。土の神子マーサ。火の神子リー。
神子は各宗主国に属し、神と人とを繋ぐ役割を担っている。
黒髪黒目の土の神子マーサの子供や孫の中には、土の民でも黒髪黒目の者がいるし、金髪青眼の水の神子マルクの子供の中には、水の民なのに金髪青眼の者もいる。サンガレア領に来て日が浅いカミロが知らないだけで、きっと他の神子の血縁にも何人もこういう世間一般の常識とは異なる髪や眼の色をしている者がいるのだろう。
『色なし』とは魔力も属性もあるのに、それが外見的特徴に出ない者のことを言う。カミロは土の民なので、本来ならば茶髪茶眼の筈だが、髪も瞳の色も真っ白だ。『色なし』は本当に極々稀に生まれてくる。神の祝福を得られていないから色がないのだと昔は忌み嫌われ、迫害されていたらしい。見世物小屋に売られたり、悪趣味な貴族や金持ちの慰みものになったり、産まれてすぐに殺されたりと、昔の『色なし』の扱いは本当に酷かったそうだ。
今ではそこまであからさまな迫害などないが、奇異な目で見られたり、露骨に嫌そうな顔をされることが多い。
カミロは土の宗主国王都で生まれ育った。リベロ家は代々優れた魔術師を排出する家系である。カミロが産まれた時、カミロの母はカミロを殺すよう指示した。魔術師のエリートばかりを排出する家に『色なし』は必要ないと。しかし、それを父が止めた。人はだいたい10歳頃に魔力が目覚める。それまでも魔力は持っているが、魔力というものを自覚して使えるようになるのは10歳くらいからだ。個人の魔力量をほぼ正確に測れるようになるのもこのくらいからである。父は魔力量が測れるようになるまでカミロを生かすことにした。更に、カミロを男として育てることにした。カミロの本来の性別は女だ。カミロの上には姉が5人いる。男は1人もいない。女はもういらないと言うことだったらしい。対外的に跡継ぎがいると示さなければ、カミロの母が親族達から何かと言われるのだろう。使用人達の噂話では、『跡継ぎの男ではなく、女しか産めない出来損ないの嫁』と言われていたらしい。
カミロは魔術師ならば長く伸ばす髪を短くしたまま、男として育った。男でも魔術師が髪を伸ばすのは、髪にも魔力が宿っており、時に魔術の媒体として自分の髪を使うことがあるからだ。カミロは王都国立高等学校に入学するまで、1度も家から出ずに、物心つく前からひたすら魔術について教え込まれていた。10歳になり魔力量検査をすると、魔力量が多い者がかなり多い一族の中でも群を抜いた相当な量の魔力を持っていた。この時点でカミロがこれからも生かされ、家の栄光の為に魔術師になることが確定した。『色なし』は外聞が悪いからと、ずっと家の地下室で暮らし、ひたすら魔術の勉強ばかりをやっていた。魔術師の資格は上級魔術師までは誰でも受験できるが、特級魔術師の資格は、例えば王都国立高等学校などの高等教育を行っている学校を卒業していることが受験資格になる。カミロは一族の中で最も魔術の才能があった。上級どころか特級にも容易に合格できるだけの才能と魔力を持っていた。
父はカミロを王都国立高等学校に入学させた。男として。
幸い、寮が個室であったし、誰も『色なし』には近づいてこなかったので、女とバレることなく卒業して、特級魔術師の資格を取得することができた。そもそも、カミロはこの時点では自分は男だと思っていた。カミロは背が高く、同級生の男達とも殆んど変わらなかった。ガリガリに痩せているので、乳房なんてない。まっ平らである。初潮も高等学校時代にはまだなかった。男の裸も女の裸も見たことはない。そもそも性教育を受けていなかった。カミロに与えられてきたものは魔術に関することのみであった。
それは高等学校を卒業して特級魔術師の資格も取得し、王宮に就職が決まった直後のことであった。
父に突然呼び出された。父から言われたことは『政治的影響力を持っている有力な魔術師の元に嫁いで子供を産め』ということであった。この時に初めて知ったのだが、3ヶ月ほど前に弟が生まれていた。カミロが男として育てられたのは、対外的に跡継ぎがいるとアピールする為だけだった。本当に跡継ぎができたのだから、カミロはもう必要ない。王宮でカミロを魔術師として働かせるよりと、『特級魔術師の娘』を力ある魔術師に嫁がせて子供を産ませた方が、家の繁栄に繋がると父は判断した。
カミロは困惑した。自分は男だと言われて、そう自分でも思って生きてきた。それなのに、いきなり『お前は女だ。優れた魔術師になる子供を産め』と言われた。意味が分からず戸惑うカミロを家の使用人達が拘束し、結婚相手の家に行くまでの期間、カミロはずっと地下室に閉じ込められていた。
カミロは地下室でずっと考えていた。自分の今までの、そしてこれからの生はなんなのかと。自分は男だと言われ、そう疑うことなく生きてきた。子供を産めと言われたが、子供をどうやってつくるのかも知らない。自分は魔術師になると、ただそれだけの為に生かされていた。それが今度は子供を産むだけの存在になるのだろうか。嫌だな、と思った。自分の今までは何だったのだろう。カミロは基本的に魔術に関することしか知らない。しかし、3年間の高等学校生活で、多少は『色なし』じゃない普通の人がどう生きているのかも知った。普通の人は地下室なんかじゃ過ごさないし、『友達』とかいう親しい者がいる。『恋人』とやらもいたりする。『好き』という感情があり、それは人にも向けられる。『好き』以外にも、『嫌い』という感情もある。『楽しい』ということがあれば笑い、『悲しい』ということがあれば泣く。人の感情は様々なものがあり、その表し方も様々なものらしい。カミロは高等学校で嫌そうな顔をされることが多かった。カミロを家で世話していた使用人達と同じような表情をしていたから、多分嫌そうであっている。使用人の中には、昔の『色なし』がどうなったか、何故カミロが生かされているのか、カミロを嘲りながら話してくる者がいた。カミロは『色なし』だから、気持ちが悪い、神の祝福がない、と使用人達にも高等学校の者達にも嫌われていたようだ。
『色なし』の自分に、結婚相手とやらが『好き』という感情を向けるとは思えない。恐らく、1度も会ったことがない母やカミロの世話をする使用人達、高等学校でカミロを遠巻きに見ていた者達のようにカミロを嫌うのだろう。
嫌なものを見る目で見られるのは、カミロにとっては普通のことだ。それは別にいい。子供のつくり方は知らないが、100歩譲って子供を産むのも別にいい。しかし、魔術に関われなくなるのは堪えられない。魔術はカミロにとっては空気のように当然にある1番身近なものだ。恐らくこれは『好き』ということなのだろう。
カミロはぼんやりと、これからどうするかを考えて、逃げるということを思いついた。どうやったら逃げられるか正直よく分からない。逃げたあと、どうやって生きたらいいのかも分からない。それでも、今まで生きてきた理由をなかったことにされるのが嫌だ。今まで何もかも与えられるだけで、生きる理由すらもそうで、自発的な行動などとったことがない。逃げるという選択肢を思いついただけで、我ながら奇跡のような気がする。
カミロは地下室で女の服に着替えさせられ、短い髪はみっともないとベールをかけさせられた。そのまま地下室から出され、外に出て、馬車へと乗せられた。馬車が走り出して、家から離れると、カミロは走る馬車のドアを開けて身を投げ出した。
カミロは身体を強く地面に打ち付けたが、すぐに走り出した。方向なんて何も考えていない。ただ家からも馬車を操っていた使用人達からも離れられればいい。ドレスのスカートが足に纏わりついて邪魔くさい。履かされた踵の高い靴はすぐに脱ぎ捨て、スカートを両手で捲って生まれて初めて無我夢中で走った。使用人達はすぐに追いかけてきた。ベールは馬車から飛び降りた時にどこかへいった。走りながらカミロは不思議な高揚感を感じていた。逃げきったら自分は自由だ。自由というものがよく分からないが、少なくとも子供を産まなくていい。魔術に関わって生きていけたらそれだけでいい。
カミロは兎に角必死で走った。ずっと地下室で育って、体力も筋力もないカミロはすぐに限界がきたが、それでも無理矢理足を動かし続けた。息が苦しい。身体のあちこちが痛い。追ってくる使用人達を撒くために、滅茶苦茶に道を曲がりながら走り続ける。
生まれ育った家よりも、ずっと大きな屋敷が並ぶ道を通りかかる頃には本当に走れなくなりつつあったが、歯を食いしばって、なんとか足を動かした。何度も後ろを振り返りながら、使用人達の姿がないか確認しつつ兎に角前に足を動かす。幸い、滅茶苦茶に走ってきたからか、使用人達の姿は今のところない。息が苦しい。足も肺のあたりも痛くて堪らない。それでも走らなければいけない。捕まったら、それで終わりだ。
ぜぇーぜぇー、と荒い息を吐きながら、カミロは足を動かし続ける。しかし、本当に限界がきてしまった。足が縺れて、カミロは地面に倒れた。起き上がらなければならない。前に進まなくてはならない。でも身体が全然言うことを聞いてくれない。どんどん暗くなっていく視界に、カミロは抗うことができなかった。カミロはそのまま意識を失った。
ハッとカミロが気づいた時に、カミロは知らない部屋のベッドに寝かされていた。身体のあちこちが痛い。思わず低く唸ると、部屋のドアが開いた。自分はきっと捕まってしまったのだろう。これから女として子供を産むだけに生きるのか。絶望に近い感情に目の前が暗くなる気がした。
「あ、気がついたのね」
部屋に入ってきたのは黒髪の10代の少女だった。知り合いではないが、高等学校でかなり有名だったので、カミロでさえ一応顔と名前は知っていた。カミロは現れた意外な人物に目を見開いた。
「もしかしたら知ってるかもしれないけど、アイーシャ・サンガレアよ。貴方カミロ・リベロでしょ?スカート穿いてるけど。うちの邸の前に倒れてたのよ。貴方」
「……あ……」
「あ、先にお水飲む?」
カミロは小さく頷いた。
アイーシャ・サンガレアは土の神子マーサとサンガレア領を治めるサンガレア公爵の娘だ。いや、先代サンガレア公爵の娘だったか。土の神子の娘なのは確かな筈。父親が先代公爵なのか当代公爵なのかは分からない。カミロと同じ歳で、専攻が違った為直接話したことなどないが、一応同じ魔術科の同級生ということになる。
アイーシャがカミロが寝ているベッドに近づいて、サイドテーブルの上の水差しからグラスに水を注いでくれる。カミロは酷く重い身体を無理矢理起こし、アイーシャからグラスを受け取って水を一気に飲み干した。
「倒れてた貴方をとりあえず保護したんだけど、なんか貴方を邸に入れたすぐ後に、この辺りを男が何人かうろうろしてたのよ。心当たりは?」
「……私を探していたのかと」
「貴方、高等学校では話したことはないけど、同じ魔術科の同級生よね。有名だったもの。『色なし』の天才って。実際、私も成績良かったけど、総合点で貴方に勝てたことは1度もないもの。まぁ、専攻が違うから競うものでもないけどね」
「…………」
「まぁ、それはいいとして。今聞きたいのは、何でうちの邸の前で倒れてて、貴方を探してる人がいるのかってことかしら?あと貴方男でしょ?何その花嫁衣裳みたいなスカート。趣味?」
カミロはポツポツ少し時間をかけて説明した。人と話すことがかなり少なかったので、カミロは魔術関係以外のことを話すのが得意ではない。恐らく分かりにくかったであろうカミロの説明をアイーシャは最後まで聞いてくれた。
「ふーん。じゃあ助けてあげるわ」
そう言って笑ったアイーシャに連れられて、そのままカミロは邸にあった転移陣でサンガレアの地へと足を踏み入れた。
それからすぐにアイーシャの母である土の神子マーサに引き合わされ、サンガレアの魔術研究所への就職が決まった。魔術師街と呼ばれる地区にある魔術研究所近くの魔術師用官舎に住むことになり、当面の生活に必要なものを揃える金銭も貸してもらえることになった。
アイーシャは王宮で魔術師として働くことが決まっていたので、その日のうちにまた王都へ帰っていった。
「とりあえず貴方はもう自由よ。自分の好きに生きたらいいわ」
そう言って、アイーシャは笑っていた。
土の神子マーサはとても親切で、今まで自分の身の回りのことすら殆んどしたことがなく、生活能力がほぼないカミロに家で必要な魔導製品を教えてくれたり、ゴミ出しの方法や洗濯など最低限しなければならない家事を教えてくれた。
食事は魔術研究所の食堂が朝早くから夜遅くまで営業しているし、洗濯もいざとなれば有料の洗濯代行サービスがある。家に腐るような食品さえなければ多分大丈夫だ。埃程度じゃ人間はすぐには死なない。生活能力がないカミロでも、すぐに1人で生きていけるようになった。
カミロは昼休憩終了5分前の鐘の音が聞こえると、ベンチから立ち上がった。
実家の人間も高等学校の学生や教師達も、カミロを遠巻きにして嫌そうな視線を送る者ばかりだったが、サンガレアの魔術研究所はいい意味でも悪い意味でも変人が多く、『色なし』のカミロの存在を無駄に気にする者は殆んどいなかった。気さくに声をかけてくる者もいるくらいだ。人と話すことや、そもそも大勢の人がいる空間に慣れていないカミロは、1人になりたくて、いつも昼休憩の時は食堂で同じ研究部の先輩達と昼食をとった後は中庭のベンチに座ってぼーっとしている。
カミロは結界魔術の改良を主に行っている第2研究部に所属している。第2研究部はカミロを含めて6人しかいない。少数精鋭なのだそうだ。カミロが1番若く、下っぱである。新人が仕事に遅れるわけにはいかない、ということくらい、色んなことに疎いカミロでさえ、なんとなく分かっている。
カミロは足早に第2研究部の研究室へと急いだ。
2
あなたにおすすめの小説
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
声を聞かせて
はるきりょう
恋愛
動物の声が聞こえる彼女と冷たい第二王子の物語。完成しました。
「……反対されない、というのは、寂しいことだと思いますの。だから…私が反対してさしあげます」
サーシャは最上級の笑顔を浮かべた。そして、思い切り息を吸い込む。
「何でも思い通りいくと思うなよ、くそ王子!!」
「サ、サーシャ様!?」
なりゆきを見守っていたハリオが慌てたようにサーシャの名を呼んだ。一国の王子への暴言は不敬罪で捕まりかねない。けれど、言わずにはいられなかった。
そんなサーシャの言動にユリウスは一瞬目を丸くし、しかしすぐに楽しそうに笑った。
「お前面白いな。本当に気に入った」
小説家になろうサイト様にも掲載してします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる