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『色なし』のカミロ

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土の宗主国サンガレア領魔術研究所の中庭にあるベンチに座り、カミロ・リベロはぼーっとしていた。短く刈り込んでいる白い髪、いっそ不気味なまでに白い肌、眉毛や睫も白く、瞳の色さえ白である。パッと見白目をむいているようにしか見えない。カミロは『色なし』である。

人は誰もが魔力を有している。魔力には属性があり、各々髪や瞳の色に特徴として表れるので、一目で何の魔力を持っているのかが分かる。
風の魔力を持つ者は風の民と呼ばれ、金髪緑眼、水の魔力を持つ者は水の民と呼ばれ、青髪青眼、土の魔力を持つ者は土の民と呼ばれ、茶髪茶眼、火の魔力を持つ者は火の民と呼ばれ、赤毛赤眼である。
本当に極々一部にこの特徴に該当しない者がいる。それは2つに分けられ、1つ目は異世界から召喚される神子の血を引く者、2つ目は『色なし』と呼ばれる存在である。

この世には4人の異世界から召喚される神子がいる。
風の神子フェリ。水の神子マルク。土の神子マーサ。火の神子リー。
神子は各宗主国に属し、神と人とを繋ぐ役割を担っている。
黒髪黒目の土の神子マーサの子供や孫の中には、土の民でも黒髪黒目の者がいるし、金髪青眼の水の神子マルクの子供の中には、水の民なのに金髪青眼の者もいる。サンガレア領に来て日が浅いカミロが知らないだけで、きっと他の神子の血縁にも何人もこういう世間一般の常識とは異なる髪や眼の色をしている者がいるのだろう。

『色なし』とは魔力も属性もあるのに、それが外見的特徴に出ない者のことを言う。カミロは土の民なので、本来ならば茶髪茶眼の筈だが、髪も瞳の色も真っ白だ。『色なし』は本当に極々稀に生まれてくる。神の祝福を得られていないから色がないのだと昔は忌み嫌われ、迫害されていたらしい。見世物小屋に売られたり、悪趣味な貴族や金持ちの慰みものになったり、産まれてすぐに殺されたりと、昔の『色なし』の扱いは本当に酷かったそうだ。
今ではそこまであからさまな迫害などないが、奇異な目で見られたり、露骨に嫌そうな顔をされることが多い。

カミロは土の宗主国王都で生まれ育った。リベロ家は代々優れた魔術師を排出する家系である。カミロが産まれた時、カミロの母はカミロを殺すよう指示した。魔術師のエリートばかりを排出する家に『色なし』は必要ないと。しかし、それを父が止めた。人はだいたい10歳頃に魔力が目覚める。それまでも魔力は持っているが、魔力というものを自覚して使えるようになるのは10歳くらいからだ。個人の魔力量をほぼ正確に測れるようになるのもこのくらいからである。父は魔力量が測れるようになるまでカミロを生かすことにした。更に、カミロを男として育てることにした。カミロの本来の性別は女だ。カミロの上には姉が5人いる。男は1人もいない。女はもういらないと言うことだったらしい。対外的に跡継ぎがいると示さなければ、カミロの母が親族達から何かと言われるのだろう。使用人達の噂話では、『跡継ぎの男ではなく、女しか産めない出来損ないの嫁』と言われていたらしい。
カミロは魔術師ならば長く伸ばす髪を短くしたまま、男として育った。男でも魔術師が髪を伸ばすのは、髪にも魔力が宿っており、時に魔術の媒体として自分の髪を使うことがあるからだ。カミロは王都国立高等学校に入学するまで、1度も家から出ずに、物心つく前からひたすら魔術について教え込まれていた。10歳になり魔力量検査をすると、魔力量が多い者がかなり多い一族の中でも群を抜いた相当な量の魔力を持っていた。この時点でカミロがこれからも生かされ、家の栄光の為に魔術師になることが確定した。『色なし』は外聞が悪いからと、ずっと家の地下室で暮らし、ひたすら魔術の勉強ばかりをやっていた。魔術師の資格は上級魔術師までは誰でも受験できるが、特級魔術師の資格は、例えば王都国立高等学校などの高等教育を行っている学校を卒業していることが受験資格になる。カミロは一族の中で最も魔術の才能があった。上級どころか特級にも容易に合格できるだけの才能と魔力を持っていた。
父はカミロを王都国立高等学校に入学させた。男として。
幸い、寮が個室であったし、誰も『色なし』には近づいてこなかったので、女とバレることなく卒業して、特級魔術師の資格を取得することができた。そもそも、カミロはこの時点では自分は男だと思っていた。カミロは背が高く、同級生の男達とも殆んど変わらなかった。ガリガリに痩せているので、乳房なんてない。まっ平らである。初潮も高等学校時代にはまだなかった。男の裸も女の裸も見たことはない。そもそも性教育を受けていなかった。カミロに与えられてきたものは魔術に関することのみであった。

それは高等学校を卒業して特級魔術師の資格も取得し、王宮に就職が決まった直後のことであった。
父に突然呼び出された。父から言われたことは『政治的影響力を持っている有力な魔術師の元に嫁いで子供を産め』ということであった。この時に初めて知ったのだが、3ヶ月ほど前に弟が生まれていた。カミロが男として育てられたのは、対外的に跡継ぎがいるとアピールする為だけだった。本当に跡継ぎができたのだから、カミロはもう必要ない。王宮でカミロを魔術師として働かせるよりと、『特級魔術師の娘』を力ある魔術師に嫁がせて子供を産ませた方が、家の繁栄に繋がると父は判断した。
カミロは困惑した。自分は男だと言われて、そう自分でも思って生きてきた。それなのに、いきなり『お前は女だ。優れた魔術師になる子供を産め』と言われた。意味が分からず戸惑うカミロを家の使用人達が拘束し、結婚相手の家に行くまでの期間、カミロはずっと地下室に閉じ込められていた。
カミロは地下室でずっと考えていた。自分の今までの、そしてこれからの生はなんなのかと。自分は男だと言われ、そう疑うことなく生きてきた。子供を産めと言われたが、子供をどうやってつくるのかも知らない。自分は魔術師になると、ただそれだけの為に生かされていた。それが今度は子供を産むだけの存在になるのだろうか。嫌だな、と思った。自分の今までは何だったのだろう。カミロは基本的に魔術に関することしか知らない。しかし、3年間の高等学校生活で、多少は『色なし』じゃない普通の人がどう生きているのかも知った。普通の人は地下室なんかじゃ過ごさないし、『友達』とかいう親しい者がいる。『恋人』とやらもいたりする。『好き』という感情があり、それは人にも向けられる。『好き』以外にも、『嫌い』という感情もある。『楽しい』ということがあれば笑い、『悲しい』ということがあれば泣く。人の感情は様々なものがあり、その表し方も様々なものらしい。カミロは高等学校で嫌そうな顔をされることが多かった。カミロを家で世話していた使用人達と同じような表情をしていたから、多分嫌そうであっている。使用人の中には、昔の『色なし』がどうなったか、何故カミロが生かされているのか、カミロを嘲りながら話してくる者がいた。カミロは『色なし』だから、気持ちが悪い、神の祝福がない、と使用人達にも高等学校の者達にも嫌われていたようだ。
『色なし』の自分に、結婚相手とやらが『好き』という感情を向けるとは思えない。恐らく、1度も会ったことがない母やカミロの世話をする使用人達、高等学校でカミロを遠巻きに見ていた者達のようにカミロを嫌うのだろう。
嫌なものを見る目で見られるのは、カミロにとっては普通のことだ。それは別にいい。子供のつくり方は知らないが、100歩譲って子供を産むのも別にいい。しかし、魔術に関われなくなるのは堪えられない。魔術はカミロにとっては空気のように当然にある1番身近なものだ。恐らくこれは『好き』ということなのだろう。
カミロはぼんやりと、これからどうするかを考えて、逃げるということを思いついた。どうやったら逃げられるか正直よく分からない。逃げたあと、どうやって生きたらいいのかも分からない。それでも、今まで生きてきた理由をなかったことにされるのが嫌だ。今まで何もかも与えられるだけで、生きる理由すらもそうで、自発的な行動などとったことがない。逃げるという選択肢を思いついただけで、我ながら奇跡のような気がする。
カミロは地下室で女の服に着替えさせられ、短い髪はみっともないとベールをかけさせられた。そのまま地下室から出され、外に出て、馬車へと乗せられた。馬車が走り出して、家から離れると、カミロは走る馬車のドアを開けて身を投げ出した。

カミロは身体を強く地面に打ち付けたが、すぐに走り出した。方向なんて何も考えていない。ただ家からも馬車を操っていた使用人達からも離れられればいい。ドレスのスカートが足に纏わりついて邪魔くさい。履かされた踵の高い靴はすぐに脱ぎ捨て、スカートを両手で捲って生まれて初めて無我夢中で走った。使用人達はすぐに追いかけてきた。ベールは馬車から飛び降りた時にどこかへいった。走りながらカミロは不思議な高揚感を感じていた。逃げきったら自分は自由だ。自由というものがよく分からないが、少なくとも子供を産まなくていい。魔術に関わって生きていけたらそれだけでいい。
カミロは兎に角必死で走った。ずっと地下室で育って、体力も筋力もないカミロはすぐに限界がきたが、それでも無理矢理足を動かし続けた。息が苦しい。身体のあちこちが痛い。追ってくる使用人達を撒くために、滅茶苦茶に道を曲がりながら走り続ける。
生まれ育った家よりも、ずっと大きな屋敷が並ぶ道を通りかかる頃には本当に走れなくなりつつあったが、歯を食いしばって、なんとか足を動かした。何度も後ろを振り返りながら、使用人達の姿がないか確認しつつ兎に角前に足を動かす。幸い、滅茶苦茶に走ってきたからか、使用人達の姿は今のところない。息が苦しい。足も肺のあたりも痛くて堪らない。それでも走らなければいけない。捕まったら、それで終わりだ。
ぜぇーぜぇー、と荒い息を吐きながら、カミロは足を動かし続ける。しかし、本当に限界がきてしまった。足が縺れて、カミロは地面に倒れた。起き上がらなければならない。前に進まなくてはならない。でも身体が全然言うことを聞いてくれない。どんどん暗くなっていく視界に、カミロは抗うことができなかった。カミロはそのまま意識を失った。

ハッとカミロが気づいた時に、カミロは知らない部屋のベッドに寝かされていた。身体のあちこちが痛い。思わず低く唸ると、部屋のドアが開いた。自分はきっと捕まってしまったのだろう。これから女として子供を産むだけに生きるのか。絶望に近い感情に目の前が暗くなる気がした。


「あ、気がついたのね」


部屋に入ってきたのは黒髪の10代の少女だった。知り合いではないが、高等学校でかなり有名だったので、カミロでさえ一応顔と名前は知っていた。カミロは現れた意外な人物に目を見開いた。


「もしかしたら知ってるかもしれないけど、アイーシャ・サンガレアよ。貴方カミロ・リベロでしょ?スカート穿いてるけど。うちの邸の前に倒れてたのよ。貴方」

「……あ……」

「あ、先にお水飲む?」


カミロは小さく頷いた。
アイーシャ・サンガレアは土の神子マーサとサンガレア領を治めるサンガレア公爵の娘だ。いや、先代サンガレア公爵の娘だったか。土の神子の娘なのは確かな筈。父親が先代公爵なのか当代公爵なのかは分からない。カミロと同じ歳で、専攻が違った為直接話したことなどないが、一応同じ魔術科の同級生ということになる。
アイーシャがカミロが寝ているベッドに近づいて、サイドテーブルの上の水差しからグラスに水を注いでくれる。カミロは酷く重い身体を無理矢理起こし、アイーシャからグラスを受け取って水を一気に飲み干した。


「倒れてた貴方をとりあえず保護したんだけど、なんか貴方を邸に入れたすぐ後に、この辺りを男が何人かうろうろしてたのよ。心当たりは?」

「……私を探していたのかと」

「貴方、高等学校では話したことはないけど、同じ魔術科の同級生よね。有名だったもの。『色なし』の天才って。実際、私も成績良かったけど、総合点で貴方に勝てたことは1度もないもの。まぁ、専攻が違うから競うものでもないけどね」

「…………」

「まぁ、それはいいとして。今聞きたいのは、何でうちの邸の前で倒れてて、貴方を探してる人がいるのかってことかしら?あと貴方男でしょ?何その花嫁衣裳みたいなスカート。趣味?」


カミロはポツポツ少し時間をかけて説明した。人と話すことがかなり少なかったので、カミロは魔術関係以外のことを話すのが得意ではない。恐らく分かりにくかったであろうカミロの説明をアイーシャは最後まで聞いてくれた。


「ふーん。じゃあ助けてあげるわ」


そう言って笑ったアイーシャに連れられて、そのままカミロは邸にあった転移陣でサンガレアの地へと足を踏み入れた。

それからすぐにアイーシャの母である土の神子マーサに引き合わされ、サンガレアの魔術研究所への就職が決まった。魔術師街と呼ばれる地区にある魔術研究所近くの魔術師用官舎に住むことになり、当面の生活に必要なものを揃える金銭も貸してもらえることになった。
アイーシャは王宮で魔術師として働くことが決まっていたので、その日のうちにまた王都へ帰っていった。


「とりあえず貴方はもう自由よ。自分の好きに生きたらいいわ」


そう言って、アイーシャは笑っていた。
土の神子マーサはとても親切で、今まで自分の身の回りのことすら殆んどしたことがなく、生活能力がほぼないカミロに家で必要な魔導製品を教えてくれたり、ゴミ出しの方法や洗濯など最低限しなければならない家事を教えてくれた。
食事は魔術研究所の食堂が朝早くから夜遅くまで営業しているし、洗濯もいざとなれば有料の洗濯代行サービスがある。家に腐るような食品さえなければ多分大丈夫だ。埃程度じゃ人間はすぐには死なない。生活能力がないカミロでも、すぐに1人で生きていけるようになった。


カミロは昼休憩終了5分前の鐘の音が聞こえると、ベンチから立ち上がった。
実家の人間も高等学校の学生や教師達も、カミロを遠巻きにして嫌そうな視線を送る者ばかりだったが、サンガレアの魔術研究所はいい意味でも悪い意味でも変人が多く、『色なし』のカミロの存在を無駄に気にする者は殆んどいなかった。気さくに声をかけてくる者もいるくらいだ。人と話すことや、そもそも大勢の人がいる空間に慣れていないカミロは、1人になりたくて、いつも昼休憩の時は食堂で同じ研究部の先輩達と昼食をとった後は中庭のベンチに座ってぼーっとしている。
カミロは結界魔術の改良を主に行っている第2研究部に所属している。第2研究部はカミロを含めて6人しかいない。少数精鋭なのだそうだ。カミロが1番若く、下っぱである。新人が仕事に遅れるわけにはいかない、ということくらい、色んなことに疎いカミロでさえ、なんとなく分かっている。
カミロは足早に第2研究部の研究室へと急いだ。
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