黒と白が交わる時

丸井まー(旧:まー)

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中央の街

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カミロは肌着の上から研究所で買った白いシャツを着て、黒いズボンを穿き、ズボンのポケットに財布と家の鍵だけを突っ込んで自宅を出た。ブラジャーとかいうものは着けない。パンツは研究所の売店で売っている男物のボクサーパンツである。女の魔術師もいない訳ではないが、数が少なく、更に流石に男が殆んどの研究所で女性用下着を売るのは如何なものかということで、研究所の売店では女物の下着は売っていない。研究所から比較的近くにある店では売っているらしい。もっとも、カミロは仮に売店に女物の下着が売っていても買わない。ずっと男物のボクサーパンツを穿いていたから、今更女物の下着なんか穿きたくない。月経の時は不本意だが専用の下着を着けているが、それ以外はいつも男物のボクサーパンツである。

カミロが玄関のドアを開けて外に出ると、ちょうどイアソンも自宅から出てきたところだった。一緒にアフラック達との待ち合わせ場所である研究所近くの馬車乗り場へと歩いて向かう。馬車乗り場には既にアフラックもミーケも来ており、4人で馬車に揺られて、通称・中央の街と呼ばれる、聖地神殿と領館がある丘の麓にあるサンガレアで1番大きな街へと向かった。

街の入り口で馬車を降りて、今の中央の街に1番詳しいミーケの案内でまずは服屋に向かう。カミロは初めて訪れる中央の街をキョロキョロ見回しながら歩いた。

カミロは住んでいた王都の街も殆んど歩いたことがない。高等学校に入学するまではずっと実家の地下室にいたし、高等学校でも学舎と寮と敷地内にある図書館にしか移動せず、基本的に授業を受ける時以外は寮の自室で図書館で借りた魔術書を読んで過ごしていた。長期休みに実家に帰ることはなく、高等学校の寮に住んでいた間も殆んど外に出たことがない。授業の一環で王宮魔術局の見学に行ったことがあるくらいではないだろうか。それも王宮までの移動は馬車だったので、自分の足で歩いた訳ではない。

こうして普通に街を歩くのは初めてかもしれない。カミロが住む通称・魔術師街と呼ばれる地区は、殆んどが魔術師用の官舎で、店はほんの数店舗しかない。街と名前についているが、あくまで通称で、実際は単なる魔術師が多く住んでいる地区である。
初めて歩く中央の街は人通りが多く、店が所狭しと軒を連ねており、とても賑やかである。たまにカミロを見て驚いた顔をする者とすれ違ったりするが、今更だし、初めての街歩きにテンションが地味に上がっているカミロは全く気にならなかった。
ミーケに案内された3階建ての大きな服屋に入ると、イアソンが真っ直ぐ店員がいる会計カウンターに向かった。とりあえずイアソンの後ろをついて歩く。
会計カウンターにつくと、イアソンがにこやかに店員に話しかけた。愛想のいい店員がにこやかな笑顔で『いらっしゃいませ』と頭を下げた。


「悪いけど、服を選ぶのを手伝ってもらえないかな」

「いいですよ。どんな服をお求めですか?」

「全身コーディネイトで、今流行りのお洒落なイケメンにしてください」

「………………えーと……」


イアソンの言葉に店員の笑顔がひきつった。ミーケはイアソンの言葉に吹き出し、アフラックは呆れた顔をした。カミロは店員の反応やアフラック達の反応の理由が分からず、首を傾げた。


「イアソン先輩。いきなり無茶振りかますの止めましょうよ。店員さんが困るでしょ」

「えー。だって俺街で服買うの多分50年ぶりくらいだし。今の流行り全然分かんないもん。店員さんに任せた方が確実じゃん。どうせなら今流行ってる服着たいし」

「えー。それにしたって、さっきの台詞はないですよ。完全に道場破りちっくじゃないですか。どんな猛者ですか」

「そうか?」

「そうですよ」

「だって、俺そんなに顔がいいわけじゃないし。でもやっぱ1度くらいはイケメンになってみたいじゃん」

「流行りの服着たってイケメンにはなれませんよ」

「いやいや。分かんないだろ。店員さんの目利きとセンス次第じゃいけるって」

「店員さんへの無茶振りが酷すぎる」

「まぁ、いいじゃん。とりあえず、よろしく店員さん」

「は、はい……」

「あ、カミロはどうする?自分で選べるか?」

「よく分かりません」

「なら、お前も頼むか?」

「はい」

「アフラックとミーケは?」

「俺は自分で選びます」

「ふ、ふふっ……僕も普通に自分で選びます」

「じゃあ2人分よろしく」

「かしこまりました」


アフラックとミーケが自分で服を選びに行ったので、カミロはイアソンと共に店員に案内されて、まずはズボンを選んでもらうことになった。


「今はこういったゆったりとしたサルエルパンツと呼ばれるズボンが流行っているんです。黒かカーキ色が無難ですが、柄物も取り扱っております」

「へぇー」

「上をゆったりめな感じの襟なしの七分袖シャツと合わせたり、もしくは身体のラインに沿ったタイトなシルエットのシンプルなタンクトップを着て、上からドルマン袖と呼ばれる形の、ゆったりめの少し派手な色味のカーディガンを合わせたり、というのが多いですね」

「ふむふむ」

「黒のサルエルパンツでしたら、少し派手めな柄のシャツやカーディガンと合わせるとお洒落です。アクセントにシンプルめの小物を使うのもいいと思います。柄物の場合は、逆に上を控えめなシンプルデザインのものにすると、無駄に派手派手しくはなりませんね」

「なるほどなるほど」


店員の話を聞きながら、服を選んだ。というか、カミロは完全に店員に選んでもらった。イアソンは赤とオレンジの派手な柄物のサルエルパンツに黒い無地のタンクトップ、渋めのオレンジ色のドルマン袖のカーディガンを買い、カミロは黒のサミエルパンツに白いゆったりとした七分袖の襟なしシャツを買った。白地に淡い緑で大きな模様が描かれているシャツとサルエルパンツというズボンは、試着してみるとかなり楽だった。カミロは中背中肉のイアソンと身長がほぼ変わらない。カミロの方がだいぶ細身だが、カミロでも着られるサイズがあり、普通に買うことができた。他にも何着か店員に選んでもらって、サンダルや小物も店員に選んでもらい、会計をした。そこそこ多くなった荷物を持って、アフラック達と合流してから服屋を出た。
ちょうど時間は昼時である。カミロは空腹を訴える薄い腹を撫でた。


「昼飯何食います?」

「食堂で出ないやつがいい」

「僕、焼き肉食べたいです」

「いいな。肉」

「カミロは?何か食いたいものあるか?」

「お任せします」

「んじゃ、焼き肉行くか」


4人はミーケお勧めの焼き肉屋へと移動することになった。焼き肉というものがよく分からない。肉を焼いているのだろうが、食堂で出る料理と一体何が違うのだろうか。疑問に思いながら、カミロは無言で3人の後ろをついて歩いた。


カミロは、目の前のじゅーじゅー音を立てている焼き網の上の肉をじっと見つめていた。焼き肉とは魔導コンロの上に置かれた網で生肉を自分で焼いて食べるものらしい。焼いた肉をタレとかいう調味料につけて食べる。タレは3種類あり、店オリジナルの醤油ダレ、胡麻ダレ、味噌ダレである。サンガレアは異世界から召喚された土の神子マーサのお陰で、食文化がかなり豊かで独特なのだとか。カミロは肉なんて自分で焼いたことがない。どのタイミングで食べたらいいのか、まるで分からない。固まっているカミロを見かねて、隣に座っているミーケがカミロの取り皿に焼けた肉を置いてくれた。


「カミロ。牛は中が赤くても大丈夫だけど、豚と鶏はしっかり火を通さないとお腹壊しちゃうかもしれないから気をつけてね」

「はい」

「カミロ。お前、エール飲んだことあるか?」

「ないです」

「んじゃ、試してみろよ」

「焼き肉にはエールですもんね」

「だよな」


イアソンに少し飲ませてもらったエールとやらは冷たくて苦い飲み物だった。どうやら酒らしい。酒は飲んだことがない。美味しいのかそうでないのか、判断に困る。エールが入ったグラスをじっと見ながら、カミロは首を傾げた。


「ん?微妙か?」

「……よく分かりません」

「こっちのカシスのお酒をオレンジジュースで割ったやつは?甘くて美味しいよ」


今度はミーケにグラスを渡されたので、一口飲んでみる。果物の香りがして甘い。多分美味しいと思う。少なくともエールとやらよりも飲みやすい。


「どう?」

「美味しい、です?」

「はははっ。ほら、こっちの肉焼けてるぞ」

「……ありがとうございます」

「ハラミ食ったか?牛の横隔膜。旨いぞ。ほら」

「……ありがとうございます」

「お米も頼む?」

「あ、はい」

「ミーケ。俺エール追加で」

「俺も。あと米も」

「はーい。すいませーん。注文お願いしまーす」


ミーケが店員を呼んで追加で注文するのを横に、カミロは取り皿の上に置いてもらった肉を黙々と食べた。胡麻ダレというものが、なんだか1番美味しい気がする。カミロの取り皿が空になったタイミングでまたイアソンがカミロの取り皿に何枚も焼けた肉を置いた。
満腹になるまで肉を食べ、デザートに桃のシャーベットを食べてから焼肉屋を出た。
初めて食べた焼き肉は確かに美味しかった。これは研究所の食堂じゃできないだろう。カミロは新鮮な食事に更に気分が上がった。
魔術師街行きの馬車は1日に3便で、最終便は夕方である。美味しいパンケーキの店があるとミーケが言うので、次はそこに行くことになった。劇場に芝居を見に行ったりするには少し時間が足りない。今日はパンケーキ屋へ向かう道すがら、途中にある店を適当に冷やかしつつ、のんびり街中を楽しむということらしい。
カミロは楽しそうに中央の街の説明をしてくれるミーケとアフラックの話を聞きつつ、機嫌よく目を細めた。
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