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17:出産

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アントニオに春にプロポーズされて、その年の秋に結婚し、結婚してから約1年半目である春に妊娠して、今はそろそろ夏の終わりである。
暑い日が続いている中、ジーナは何事もなく臨月を迎えた。高齢出産であるため、慎重に何度もいくつもの検査をしてもらい、なんとか産み月まで平穏に過ごせた。幸い、つわりも殆どなく、お腹の中の子供は順調に育ち、ジーナのお腹はすっかり大きくなっている。
昨日から土の聖域内にある母屋と呼ばれているマーサ様の家で寝泊まりしている。領館とは少し離れており、出産に必要な設備が母屋の一室にあるため、出産を控えたマーサ様の身内は皆ここで過ごすそうだ。アントニオも同じ部屋で寝泊まりして、ここから職場へ通っている。
アントニオは未だに子供の名前を決められないようで、少しでも時間に余裕がある時は、名前辞典というものや読書家のマーサ様の書庫にある様々な本を読み漁っていた。
そんなアントニオを横目に、ジーナはせっせと毎日産着を作っている。作り方はおじいちゃん(ルート)に教えてもらった。元々簡単な繕い物くらいはしていたし、産着自体単純な造りだから、すぐにそれなりのものが作れるようになった。産着は何枚あってもいいわよ、とおばあちゃん(ミーシャ)に言われているので、妊娠して産休に入ってからチマチマ量産している。今となってはかなり昔の話だが、ジーナも子育て経験がある。子供が産まれてから必要になるものやあって便利なものは分かっているので、準備に頭を悩ませることはなかった。

ジーナが昼食のあと、部屋で産着を縫っていると、ドアが開いて金髪の小さな子供がひょこっと顔を出した。3歳になる甥のエミリオだ。


「ジーナちゃん。ほんよんでぇ」

「いいよ。おいで」


裁縫道具を手早く片付けて、ベッドに腰かけてすぐ隣をポンポン叩くと、エミリオが顔を輝かせて絵本を両手に抱えて走ってベッドに飛び乗った。


「あんなぁ、これぇ」

「うん」


エミリオの両親であるエドモントとデイジーは2人とも働いているので、飛竜乗りでわりと仕事に融通がきくお義父さん(ヒューゴ)が毎日昼間は母屋に連れてきて、マーサ様達と共に面倒を見ている。エミリオは祖父であるヒューゴによく似ている。アントニオもヒューゴ似なので、エミリオは小さい頃のアントニオにそっくりだ。
せがまれるままにエミリオに絵本を読んでやる。読み終えても、『もっぺん』とせがんでくるので、2回も3回も同じ絵本を読んでやる。4回目に突入した時、開きっぱなしのドアからお義父さんが顔を出した。


「エミリオ。ここにおったんか」

「うん」

「絵本を読んでいました」

「お。よかったなぁ、エミリオ」

「うん」

「そろそろお茶の時間やで。ジーナさんも行こうや」

「はい」

「おやつ?」

「そ。おやつやで」


エミリオが顔を輝かせて、ベッドから飛び降りた。ジーナも絵本を片手に重いお腹に手を添えながら立ち上がる。
エミリオを抱き上げたお義父さんと共に居間に移動した。居間にはマーサ様がおり、冷たいお茶とお菓子を用意してくれていた。


「ばぁさま!おやつ!」

「はーい。今日はカボチャの蒸しパンよー」

「やったぁぁ!」

「ジーナちゃん。産着の方は順調?」

「はい。今作っているもので予定の枚数は揃います」

「あら。早いわねぇ。新しいタオルとかは用意したし、お尻拭きもあるし、赤ちゃんベッドも乳母車とかも全部用意してるから、あとは産むだけね」

「はい」

「ジーナさん器用やんなぁ。俺も産着に挑戦したけど、結局殆どお義父さんにやってもらったわ」

「はっはっは。私も針仕事はてんで駄目だから親父殿任せよー」

「あかちゃん、いつくんの?」

「もうちょいやな」

「もう臨月ですもの。いつ産まれてもおかしくないわねぇ。あ。マルクね、明日あたりに来てくれるから。産まれて落ち着くまで居てくれるからね。安心してちょうだい」

「ありがとうございます」

「ふふふっ。楽しみねぇ。男の子かしら。女の子かしら」

「男の子もえぇけど、できたら俺は女の子がえぇですわぁ。ほら、うちはほぼ男所帯やさかい」

「あー。女の子はデイジーちゃんとジーナちゃんだけだもんね。今」


のほほんとお茶を飲みながら、のんびり話していると、マーサ様がふと窓の方に顔を向けた。


「あら。兄さんだわ。マルクも一緒みたい」


マーサ様が庭へと移動し始めたので、なんとなく皆でついていく。庭に大きな影ができたと思ったら、ふわりと大きな竜が降りてきた。風の神子様の風竜だ。地面に降り立った風竜から2人の人物が降りてきた。風の神子フェリ様と水の神子マルク様だ。


「おかえりー。兄さん。マルク」

「ただいまー」

「ただいま」

「エーミーリーオー!!」

「おばぁしゃまーー」


フェリ様がエミリオに駆け寄って抱き上げた。小さな音を立てて、何度もエミリオの柔らかい頬にキスをしている。


「ジーナちゃん。経過は順調か?」

「はい。マルク様」

「あとで一応診てみよう。必要なものの準備は済んでいるか?」

「はい。殆ど」

「ならよかった。リーも近いうちに顔を出すそうだ」

「はい。ありがとうございます」

「予定より少し早かったのね、マルク」

「あぁ。兄さんに途中で拾ってもらった。もういつ産まれてもおかしくないしな」

「そうねぇ。ありがたいわ」


全員で居間に移動してお茶を楽しむ。ジーナはお茶を飲んで落ち着いたあとに、マルク様に診てもらった。マルク様に順調のお墨付きをもらって、ほっとしてお腹を優しく撫でると、お腹の中で子供が小さく蹴ってきた。くすぐったい感覚に、ジーナはクスッと小さく笑った。






ーーーーーー
出産予定日のちょうど10日前の早朝に陣痛が始まった。
出産用の部屋へと移動し、ベッドの上でジーナはひたすら痛みに呻いていた。マーサ様やおばあちゃんから『マジでありえないくらい痛い』とは聞いていたが、本当に痛い。ジーナの語彙力じゃ表現できないほど痛い。側でずっとおろおろしているアントニオがちょっとウザいな、と八つ当たりで思う程に痛い。マジで痛い。
もう一体どれだけの時間、痛みに耐えているのだろうか。
朝からずっとついていてくれるマルク様がジーナの出産用のスカートの裾を捲って中を見た。


「あ、そろそろだな。アントニオ。部屋から出とけ」

「えっ!?俺もずっとおるし!!」

「男はいても邪魔だ。あと立ち会い出産ってめんどいんだよ。旦那が気絶したり、後々セックスレスの原因になったり。悪いことは言わないから今後も夫婦円満したかったら出てけ」

「…………はい。ジーナちゃんお願いします」

「あぁ。任せとけ」


アントニオが渋々部屋から出ていった。


「よし。ジーナちゃん、ここからが勝負だぞ。気合い入れろ」

「…………っはい」


ジーナは歯を食いしばって頷いた。
すっかり日が落ちた頃に、ようやく子供が産まれた。
赤ん坊の産声を耳にした瞬間、ジーナの意識は暗転した。

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