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第一章 辺境の地
4.承諾
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「ちゃんとお断りしてきたのでしょうね?!」
お母様は詰問する。
にぃ兄様は苦渋の表情を浮かべ、ぎゅっと拳を握りしめた。
「お断りしようと思いました。
でも…お館様からタダでとは言わないと、交換条件を出されました。
それを聞いて、私一人では決められないと思い、とりあえずお館を辞してきました」
にぃ兄様は立ち上がって窓を閉める。
夕方になって少し肌寒くなってきて、私がわずかに身体を震わせたのに気づいたらしい。
にぃ兄様は幼いころから、いつも私のことを気遣ってくれる。
「どういうことだ」
レオ兄様がにぃ兄様の背中に向かって問いかけた。
にぃ兄様は窓を背にして立ち、カーテンを閉めた両手を後ろ手に話し始める。
「もしクレメンティナの都ゆきを承諾してくれたら、ステファネッリ家とその領地からの収益には今後10年間、税は課さないと。
それから、現在上限がある農産物や畜産物の取引量の制限を解除する。
そして、…私の都の大学へ留学を推薦してくれ学費も援助してくれる、と」
「なんですって!」
お母様はまた叫ぶ。
が、その声色は、先ほどとはニュアンスが違うように聞こえた。
「なんだと…」
レオ兄様も、腕を組みなおして、ふうーっと大きく息を吐いた。
しんとした部屋の中、私は空気ががらっと変わったことを感じた。
心臓がドキドキと大きく脈打つ。
ステファネッリ家が復讐することを恐れた先々代のペデルツィーニ家の当主は、とことんステファネッリ家の経済的な力を削ぎ落した。
だから兄様たちは働いても働いても税でほとんどを持っていかれ、家のことは私とお母様と下働きの下女2人でこなしている状態なのだ。
お父様は元々、首都の貴族出身の学者だったけど、研究に没頭するあまり弟に家督を奪われて、都の人から見れば未開の地のようなシエーラの子爵令嬢と結婚させられたという経歴だ。
私たちはお父様の実家に行ったこともなく、叔父という人に会ったこともない。
お父様は忙しい農作業の合間に、私たちに幼いころから様々な知識を与えてくれた。
我が家の書庫は、お父様が実家から持ってきた、こんな田舎の子爵家には勿体ないほどの蔵書がある。
レオ兄様はあまりお勉強が好きではなかったけれど、にぃ兄様と私はお父様からいろいろなことを聞くのが好きだった。
にぃ兄様が都の大学に行きたいと思っていることは知っていた。
だけど、今の我が家の現状では、とてもそれを口に出すことはできないということも判っていた。
だからにぃ兄様は、小さな私塾を開いて僅かな束脩で子供たちや文盲の大人にも勉強を教えて、少しでも自分の知識を多くの人に分け与えようとしているのだと思う。
「私は、可愛いクレメンティナをこんなふうに人身御供のように差し出すのは嫌だと思っています。
お館様に買収されるような事態も嫌悪します。
しかし…」
にぃ兄様は歯を食いしばるように言葉を絞り出した。
「…都の、大学に推薦状を…しかも、家計を気にすることなく行けるという言葉に…」
「私、行きます」
気が付くと私は、そう言葉に出していた。
お母様とお兄様たちは、はっと顔を上げて私を見た。
「クレメンティナ…」
レオ兄様が何か言おうとして口を開けたが、そのまま両手で顔を覆ってしまった。
お母様がレオ兄様の筋骨逞しい肩に手をそっと置く。
「あの、誤解しないでください。
私、前々から都に行ってみたいと思っていたのです。
お父様が話してくださった、首都のこと街の風情人々の様子に憧れを持っていましたの。
ヴァネッサがご愛妾候補となるならば、私も一緒に宮殿へ行けるのですよね。
楽しみな気もするのですわ。
お館様がそれほどまでに、私のことを買ってくださっていたと知って嬉しいですし」
私が言うと、お母様は誇らしげに胸を張った。
「わたくしは、あなた方、特にクレメンティナの礼儀作法についてはどこへ出しても恥ずかしくないくらい厳しく躾けてきました。
あの男にそれが理解できたのはちょっと驚きですけれど。
子爵令嬢として、堂々としていて良いのですよ」
お母様はステファネッリ家がもっとずーっと広い領地を持ち、領主館に住んでいた伯爵家時代のことを覚えていて、私たちの躾に関してはとても厳しかった。
私は幼いころはそれが嫌だったけれど、こうなってみると有難いと思う。
「では、クレメンティナ、ヴァネッサ嬢について、都へ行ってくれるか」
レオ兄様は、顔を覆ったまま声を出した。
にぃ兄様もお母様も、固唾を飲んで私の顔を見ている。
私は、うなずいた。
家のためでもあるし、私自身のためでもある。
私は、今まで考えても仕方のないことだと、あまり考えないようにしていたけれど。
この閉塞的な空間、状況から抜け出したいと、確かに思っていたのだ。
お母様は詰問する。
にぃ兄様は苦渋の表情を浮かべ、ぎゅっと拳を握りしめた。
「お断りしようと思いました。
でも…お館様からタダでとは言わないと、交換条件を出されました。
それを聞いて、私一人では決められないと思い、とりあえずお館を辞してきました」
にぃ兄様は立ち上がって窓を閉める。
夕方になって少し肌寒くなってきて、私がわずかに身体を震わせたのに気づいたらしい。
にぃ兄様は幼いころから、いつも私のことを気遣ってくれる。
「どういうことだ」
レオ兄様がにぃ兄様の背中に向かって問いかけた。
にぃ兄様は窓を背にして立ち、カーテンを閉めた両手を後ろ手に話し始める。
「もしクレメンティナの都ゆきを承諾してくれたら、ステファネッリ家とその領地からの収益には今後10年間、税は課さないと。
それから、現在上限がある農産物や畜産物の取引量の制限を解除する。
そして、…私の都の大学へ留学を推薦してくれ学費も援助してくれる、と」
「なんですって!」
お母様はまた叫ぶ。
が、その声色は、先ほどとはニュアンスが違うように聞こえた。
「なんだと…」
レオ兄様も、腕を組みなおして、ふうーっと大きく息を吐いた。
しんとした部屋の中、私は空気ががらっと変わったことを感じた。
心臓がドキドキと大きく脈打つ。
ステファネッリ家が復讐することを恐れた先々代のペデルツィーニ家の当主は、とことんステファネッリ家の経済的な力を削ぎ落した。
だから兄様たちは働いても働いても税でほとんどを持っていかれ、家のことは私とお母様と下働きの下女2人でこなしている状態なのだ。
お父様は元々、首都の貴族出身の学者だったけど、研究に没頭するあまり弟に家督を奪われて、都の人から見れば未開の地のようなシエーラの子爵令嬢と結婚させられたという経歴だ。
私たちはお父様の実家に行ったこともなく、叔父という人に会ったこともない。
お父様は忙しい農作業の合間に、私たちに幼いころから様々な知識を与えてくれた。
我が家の書庫は、お父様が実家から持ってきた、こんな田舎の子爵家には勿体ないほどの蔵書がある。
レオ兄様はあまりお勉強が好きではなかったけれど、にぃ兄様と私はお父様からいろいろなことを聞くのが好きだった。
にぃ兄様が都の大学に行きたいと思っていることは知っていた。
だけど、今の我が家の現状では、とてもそれを口に出すことはできないということも判っていた。
だからにぃ兄様は、小さな私塾を開いて僅かな束脩で子供たちや文盲の大人にも勉強を教えて、少しでも自分の知識を多くの人に分け与えようとしているのだと思う。
「私は、可愛いクレメンティナをこんなふうに人身御供のように差し出すのは嫌だと思っています。
お館様に買収されるような事態も嫌悪します。
しかし…」
にぃ兄様は歯を食いしばるように言葉を絞り出した。
「…都の、大学に推薦状を…しかも、家計を気にすることなく行けるという言葉に…」
「私、行きます」
気が付くと私は、そう言葉に出していた。
お母様とお兄様たちは、はっと顔を上げて私を見た。
「クレメンティナ…」
レオ兄様が何か言おうとして口を開けたが、そのまま両手で顔を覆ってしまった。
お母様がレオ兄様の筋骨逞しい肩に手をそっと置く。
「あの、誤解しないでください。
私、前々から都に行ってみたいと思っていたのです。
お父様が話してくださった、首都のこと街の風情人々の様子に憧れを持っていましたの。
ヴァネッサがご愛妾候補となるならば、私も一緒に宮殿へ行けるのですよね。
楽しみな気もするのですわ。
お館様がそれほどまでに、私のことを買ってくださっていたと知って嬉しいですし」
私が言うと、お母様は誇らしげに胸を張った。
「わたくしは、あなた方、特にクレメンティナの礼儀作法についてはどこへ出しても恥ずかしくないくらい厳しく躾けてきました。
あの男にそれが理解できたのはちょっと驚きですけれど。
子爵令嬢として、堂々としていて良いのですよ」
お母様はステファネッリ家がもっとずーっと広い領地を持ち、領主館に住んでいた伯爵家時代のことを覚えていて、私たちの躾に関してはとても厳しかった。
私は幼いころはそれが嫌だったけれど、こうなってみると有難いと思う。
「では、クレメンティナ、ヴァネッサ嬢について、都へ行ってくれるか」
レオ兄様は、顔を覆ったまま声を出した。
にぃ兄様もお母様も、固唾を飲んで私の顔を見ている。
私は、うなずいた。
家のためでもあるし、私自身のためでもある。
私は、今まで考えても仕方のないことだと、あまり考えないようにしていたけれど。
この閉塞的な空間、状況から抜け出したいと、確かに思っていたのだ。
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