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第一章 辺境の地
7.異変
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広間には、シエーラのいわゆる土地の有力者が集まっていた。
皆、もうワインのグラスを持ち、飲みながら歓談している。
お館様はいないみたいだ。
レオ兄様とお話しているのかしら。
曾祖父の代までは、この集まりの最高権力者は我がステファネッリ家だった。
本当なら、この部屋の中心人物はレオ兄様だったはずなのに。
そんなことを考えると、お母様ほどではないけれど、何かモヤモヤしたものが胸をせりあがってくる。
私は思わず頭を横に振った。
そんなことを考えても仕方ない。
ステファネッリ家は没落したのだ。
今は暫定的にお母様が爵位を継いでいるけれど、レオ兄様が近く、お母様の後を襲う。
我が家にお嫁に来てくれる貴族の令嬢がどうしても見つからなくて、結局在郷の地主の娘を娶ることになってようやく体裁が整ったからだ。
彼女はレオ兄様とは幼いころから知り合いだし、私も祭りなどで何度か話したことがあるけれど気立ての良い明るい娘で、お母様にもまあ、気に入られている。
だけど彼女の実家では、今回の私のように人身御供にとられたと思っているのかもしれないなぁ。
「おや!どこのご令嬢からと思ったら、クレメンティナ様ではないですか」
恰幅の良い紳士が、壁の花となっていた私に気づいて声をかけてきた。
その周りにいた人々も、一瞬私を見つめ、それから驚いたようにざわめく。
私はその場でドレスをつまんでお辞儀する。
私がこのような場にいるのは極めて珍しいし、こんなふうに声をかけられたことはない。
いつもはヴァネッサだけか、無理に参加させられてもヴァネッサの後ろに影のように付き従っているだけの私を、誰も気に留めたことはない。
「そんなところにいらっしゃらず、こちらにおいでなさい」
紳士はにこやかに私を手招きする。
私は会釈して、おずおずと近づいて行った。
「聞きましたよ、ヴァネッサ様とご一緒に都へ上られるとか」
「子爵様がよくお許しになりましたね、私ども皆、驚いておりましたのですよ」
お母様のご気性は、ここ一帯の皆は、よく知っているからねえ…
下手をすれば領主館に乗り込んでいくくらいのことはするんじゃないかと思われていたんじゃないかしら。
だからこそ、お館様もあんな破格の条件を出してきたのだろうし。
私は「はい、快く許していただきました」と答えた。
別にこの人たちに本当のことを話す義理はない。
すると皆は顔を見合わせた。
「だけど、都に行ったって誰一人知っている人もいないし、ヴァネッサ様だってお館様の知り合いの家に寄寓させてもらうと言っていたし…
何かあった場合、どうするのかね?」
「まあ、都に行ったことがあると言えば、ここらではお嫁入りの際の箔にはなるかもしれないけれど。
ヴァイカウンテス様も、ずいぶん危険な賭けに出られたものだ」
恰幅の良い紳士(確か名前はパスクーリだったっけ。西の方の大地主)が、いやはや、というように首を振る。
「正直、ヴァネッサ様が大公陛下のご愛妾に選ばれるとは、とても思えないのだ。
それこそ、嫁入り前の花嫁修業くらいの気でいるんだろう、お館様も奥方様も」
そうよね…
こんな片田舎の、教育だって礼儀作法だってとても行き届いているとは言い難い、しかもまだ15歳の子供が、外国から嫁してこられた王女様の代わりのご愛妾が務まるとは思えないわ。
《嫁入り前の花嫁修業くらいの気でいるんだろう》
スィニョーレ・パスクーリはそう言ったけれど、それでこんなに必死になるものかしら。
私みたいなただの小娘には判らないけれど。
何か、他に理由が…?
その時、広間の扉が開いて、満面の笑みを浮かべたお館様と奥方様が入ってきた。
皆は一斉にお辞儀する。
お館様はでっぷり太ったお腹を揺らし、満足げにチョッキを調えるとその場の皆に向かって話し始める。
「今夜は私たちの娘、ヴァネッサが大公陛下のご愛妾候補に選ばれた祝いの宴にお集まりいただき、ありがとう。
一粒種で、少し我儘なところもありますが私たちにとってはかけがえのない娘であります。
もし、ヴァネッサがご愛妾に選ばれたなら、ここシエーラの地はますます発展し、お集りの皆さんにも多大なる恩恵があることをお約束しましょう」
聴衆から拍手が起きる。
自分の演説に悦に入って両手を広げたお館様に、いつの間にか背後に来ていた執事が何事か耳打ちする。
途端にお館様と奥方様の顔色が変わり、奥方様はその場に卒倒して後ろに倒れた。
広間にいた人々からきゃあっと悲鳴が上がる。
私は奥方様の傍に駆け寄った。
小姓が奥方様を抱え上げるのに「お部屋へお連れして!」と指示する。
「…そんな馬鹿な!」
真っ青になったお館様が、執事のカミッロと一緒に広間を出て行こうとし、振り返って「クレメンティナ、ブリジッタの傍についていろ」と怒鳴って行ってしまった。
私は言い知れぬ不安を感じて、その場に座り込みそうになった。
「一緒に…きて」
奥方様が弱々しく言う声を聴いて、何とか立て直し「はい」と頷いて小姓と一緒に広間を出た。
皆、もうワインのグラスを持ち、飲みながら歓談している。
お館様はいないみたいだ。
レオ兄様とお話しているのかしら。
曾祖父の代までは、この集まりの最高権力者は我がステファネッリ家だった。
本当なら、この部屋の中心人物はレオ兄様だったはずなのに。
そんなことを考えると、お母様ほどではないけれど、何かモヤモヤしたものが胸をせりあがってくる。
私は思わず頭を横に振った。
そんなことを考えても仕方ない。
ステファネッリ家は没落したのだ。
今は暫定的にお母様が爵位を継いでいるけれど、レオ兄様が近く、お母様の後を襲う。
我が家にお嫁に来てくれる貴族の令嬢がどうしても見つからなくて、結局在郷の地主の娘を娶ることになってようやく体裁が整ったからだ。
彼女はレオ兄様とは幼いころから知り合いだし、私も祭りなどで何度か話したことがあるけれど気立ての良い明るい娘で、お母様にもまあ、気に入られている。
だけど彼女の実家では、今回の私のように人身御供にとられたと思っているのかもしれないなぁ。
「おや!どこのご令嬢からと思ったら、クレメンティナ様ではないですか」
恰幅の良い紳士が、壁の花となっていた私に気づいて声をかけてきた。
その周りにいた人々も、一瞬私を見つめ、それから驚いたようにざわめく。
私はその場でドレスをつまんでお辞儀する。
私がこのような場にいるのは極めて珍しいし、こんなふうに声をかけられたことはない。
いつもはヴァネッサだけか、無理に参加させられてもヴァネッサの後ろに影のように付き従っているだけの私を、誰も気に留めたことはない。
「そんなところにいらっしゃらず、こちらにおいでなさい」
紳士はにこやかに私を手招きする。
私は会釈して、おずおずと近づいて行った。
「聞きましたよ、ヴァネッサ様とご一緒に都へ上られるとか」
「子爵様がよくお許しになりましたね、私ども皆、驚いておりましたのですよ」
お母様のご気性は、ここ一帯の皆は、よく知っているからねえ…
下手をすれば領主館に乗り込んでいくくらいのことはするんじゃないかと思われていたんじゃないかしら。
だからこそ、お館様もあんな破格の条件を出してきたのだろうし。
私は「はい、快く許していただきました」と答えた。
別にこの人たちに本当のことを話す義理はない。
すると皆は顔を見合わせた。
「だけど、都に行ったって誰一人知っている人もいないし、ヴァネッサ様だってお館様の知り合いの家に寄寓させてもらうと言っていたし…
何かあった場合、どうするのかね?」
「まあ、都に行ったことがあると言えば、ここらではお嫁入りの際の箔にはなるかもしれないけれど。
ヴァイカウンテス様も、ずいぶん危険な賭けに出られたものだ」
恰幅の良い紳士(確か名前はパスクーリだったっけ。西の方の大地主)が、いやはや、というように首を振る。
「正直、ヴァネッサ様が大公陛下のご愛妾に選ばれるとは、とても思えないのだ。
それこそ、嫁入り前の花嫁修業くらいの気でいるんだろう、お館様も奥方様も」
そうよね…
こんな片田舎の、教育だって礼儀作法だってとても行き届いているとは言い難い、しかもまだ15歳の子供が、外国から嫁してこられた王女様の代わりのご愛妾が務まるとは思えないわ。
《嫁入り前の花嫁修業くらいの気でいるんだろう》
スィニョーレ・パスクーリはそう言ったけれど、それでこんなに必死になるものかしら。
私みたいなただの小娘には判らないけれど。
何か、他に理由が…?
その時、広間の扉が開いて、満面の笑みを浮かべたお館様と奥方様が入ってきた。
皆は一斉にお辞儀する。
お館様はでっぷり太ったお腹を揺らし、満足げにチョッキを調えるとその場の皆に向かって話し始める。
「今夜は私たちの娘、ヴァネッサが大公陛下のご愛妾候補に選ばれた祝いの宴にお集まりいただき、ありがとう。
一粒種で、少し我儘なところもありますが私たちにとってはかけがえのない娘であります。
もし、ヴァネッサがご愛妾に選ばれたなら、ここシエーラの地はますます発展し、お集りの皆さんにも多大なる恩恵があることをお約束しましょう」
聴衆から拍手が起きる。
自分の演説に悦に入って両手を広げたお館様に、いつの間にか背後に来ていた執事が何事か耳打ちする。
途端にお館様と奥方様の顔色が変わり、奥方様はその場に卒倒して後ろに倒れた。
広間にいた人々からきゃあっと悲鳴が上がる。
私は奥方様の傍に駆け寄った。
小姓が奥方様を抱え上げるのに「お部屋へお連れして!」と指示する。
「…そんな馬鹿な!」
真っ青になったお館様が、執事のカミッロと一緒に広間を出て行こうとし、振り返って「クレメンティナ、ブリジッタの傍についていろ」と怒鳴って行ってしまった。
私は言い知れぬ不安を感じて、その場に座り込みそうになった。
「一緒に…きて」
奥方様が弱々しく言う声を聴いて、何とか立て直し「はい」と頷いて小姓と一緒に広間を出た。
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