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第一章 辺境の地
14.バルトロ
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それから私は、あの目つきの悪い部下の人に連れられて部屋を出た。
今度は来た時よりもずっと短い距離、つまりご主人様の部屋の近くの、小部屋に案内された。
「ここが今からお前の部屋だ、クラリッサ。
仕事内容については、アドルナートさんとエルダが決めるからそれに従え」
扉を開けて私を通しながら、部下の人は言った。
「はい、…かしこまりました」
不承不承といった私の言い方が気に入らなかったのか、その人は扉を閉めて私に向き直って「お前、勘違いすんなよ」と凄む。
「隊長がいつもあんなに機嫌良くしてると思うなよ。
普段はそりゃあ怖い人なんだから。
あんな口答えしてとんでもないことを面と向かって言って無事だったなんて、マジで信じられねえ」
最後は呆れたような感じで言って、私を見下ろす。
あ…そうなんだ。怖い人なのね。
たしかに気が短そうな感じよね。
肝に銘じておこう。
そう思って、私はその呼び方に気づいた。
「隊長?」
「ああ。都じゃ偉い人なんだよ」
へえ…あんな粗野な感じで…
隊長ってことは、軍人さんかな。
さもありなん。
「俺は、あんたの面倒を見ることになった、バルトロだ。
余計なことばっかり言って、困らせないでくれよ」
心底困惑した表情のバルトロを見て、私は思わず少し笑ってしまった。
「笑うな」
バルトロは怒ったふうでもなく、私の額を人差し指で小突く。
「故郷に帰りたいとか兄貴を探したいとかいろいろあるだろうけど。
突然、逃げ出したりしないでくれよ、俺の責任問題になっちまう」
「あ…はい、わかりました」
私がうなずくと、バルトロはふっと笑った。
「要るもの、欲しいものがあれば、俺かエルダに言えよ」
私の頭をポンと叩いて「じゃまた後で来るから」と言って部屋を出て行った。
私は狭い部屋の中を見回す。
ご主人様(隊長)の部屋と同じ並びにあるようで、すごく日当たりが良い。
狭いけれど、ベッドや家具は装飾が施してあり、壁はむき出しの木材ではなく可愛らしい壁紙が張ってある。
エルダさんの部屋よりも、数段上等なようだ。
なんだか申し訳ない気がする。
ベッドに座ってみると、ふかふかでガチョウの羽でも使われているのだろうか、とても軽い。
ステファネッリの邸のベッドの硬いマットレスよりすごくよく眠れそうだわ。
燦々と陽が差し込む窓の外を眺めながらぼんやりと考える。
最初に見た時は、目つきが悪くて怖い人だと思ったけど、意外と優しくて良い人そうだ。
バルトロ。
にぃ兄様のことも知っているようだった。
もっと詳しく話が聞きたい。
心地よい風に吹かれ、何となく眠くなってうとうとしかけた時。
部屋の扉がノックされ、私ははっと起きて「はい、どうぞ」と答える。
バルトロかな。ずいぶん早いのね。
「失礼します」
と声をかけて入ってきたのは、バルトロではないけども若い男性だった。
「隊長から命じられて参りました、シプリアノと申します。
クラリッサ殿に、発音の高低をご教授申し上げるようにと。
この先、隊長のお供で公式な場に出るかもしれないということで」
「えっ?!」
私はツッコミどころ満載な、シプリアノと名乗る青年が放った言葉に思わず問い返す。
痩せぎすでインテリ風のシプリアノは、眼鏡をずりあげ生真面目に「ですから、隊長から命じられて」と繰り返そうとし、私は「いえ、言葉は聞こえたわ」と遮った。
確かに、私の発音は南部訛りなところがあるかも。
言葉は都の人と同じでも、アクセントやイントネーションが違えば、方言をしゃべっているのと大差ないかもしれない。
いやでも、その先よ。
『隊長のお供で正式な場に』って…どういうこと?!
さっきご主人様は『しばらくここにいろ』って言ったと思うんだけど。
私は長くて1か月くらいだと思ってたわ!
大体、ここはどこなのだろう。
シエーラを出てから、一晩も経っていない深更に山賊に襲われた。
だからせいぜい、州境をまたぐ山中くらいだと思っていたのだけど…
領主館の御者と小姓もそのあたりで頻繁に山賊が出没していると言っていたし。
実はもっと、都に近づいているの?
頭の中をさまざまなことがいっぺんに駆け回り、立ったままあわあわしている私を怪訝そうに眺めて口を開く。
「ではクラリッサ殿、こちらにご移動願います」
「あ、…はい」
この人に何かを尋ねても恐らく、私の期待する答えは返ってこないだろう。
私は諦めて、大人しく小さな椅子とテーブルの方へ移動した。
椅子に座ると、シプリアノは私の前に立ち「では始めますね」と言った。
今度は来た時よりもずっと短い距離、つまりご主人様の部屋の近くの、小部屋に案内された。
「ここが今からお前の部屋だ、クラリッサ。
仕事内容については、アドルナートさんとエルダが決めるからそれに従え」
扉を開けて私を通しながら、部下の人は言った。
「はい、…かしこまりました」
不承不承といった私の言い方が気に入らなかったのか、その人は扉を閉めて私に向き直って「お前、勘違いすんなよ」と凄む。
「隊長がいつもあんなに機嫌良くしてると思うなよ。
普段はそりゃあ怖い人なんだから。
あんな口答えしてとんでもないことを面と向かって言って無事だったなんて、マジで信じられねえ」
最後は呆れたような感じで言って、私を見下ろす。
あ…そうなんだ。怖い人なのね。
たしかに気が短そうな感じよね。
肝に銘じておこう。
そう思って、私はその呼び方に気づいた。
「隊長?」
「ああ。都じゃ偉い人なんだよ」
へえ…あんな粗野な感じで…
隊長ってことは、軍人さんかな。
さもありなん。
「俺は、あんたの面倒を見ることになった、バルトロだ。
余計なことばっかり言って、困らせないでくれよ」
心底困惑した表情のバルトロを見て、私は思わず少し笑ってしまった。
「笑うな」
バルトロは怒ったふうでもなく、私の額を人差し指で小突く。
「故郷に帰りたいとか兄貴を探したいとかいろいろあるだろうけど。
突然、逃げ出したりしないでくれよ、俺の責任問題になっちまう」
「あ…はい、わかりました」
私がうなずくと、バルトロはふっと笑った。
「要るもの、欲しいものがあれば、俺かエルダに言えよ」
私の頭をポンと叩いて「じゃまた後で来るから」と言って部屋を出て行った。
私は狭い部屋の中を見回す。
ご主人様(隊長)の部屋と同じ並びにあるようで、すごく日当たりが良い。
狭いけれど、ベッドや家具は装飾が施してあり、壁はむき出しの木材ではなく可愛らしい壁紙が張ってある。
エルダさんの部屋よりも、数段上等なようだ。
なんだか申し訳ない気がする。
ベッドに座ってみると、ふかふかでガチョウの羽でも使われているのだろうか、とても軽い。
ステファネッリの邸のベッドの硬いマットレスよりすごくよく眠れそうだわ。
燦々と陽が差し込む窓の外を眺めながらぼんやりと考える。
最初に見た時は、目つきが悪くて怖い人だと思ったけど、意外と優しくて良い人そうだ。
バルトロ。
にぃ兄様のことも知っているようだった。
もっと詳しく話が聞きたい。
心地よい風に吹かれ、何となく眠くなってうとうとしかけた時。
部屋の扉がノックされ、私ははっと起きて「はい、どうぞ」と答える。
バルトロかな。ずいぶん早いのね。
「失礼します」
と声をかけて入ってきたのは、バルトロではないけども若い男性だった。
「隊長から命じられて参りました、シプリアノと申します。
クラリッサ殿に、発音の高低をご教授申し上げるようにと。
この先、隊長のお供で公式な場に出るかもしれないということで」
「えっ?!」
私はツッコミどころ満載な、シプリアノと名乗る青年が放った言葉に思わず問い返す。
痩せぎすでインテリ風のシプリアノは、眼鏡をずりあげ生真面目に「ですから、隊長から命じられて」と繰り返そうとし、私は「いえ、言葉は聞こえたわ」と遮った。
確かに、私の発音は南部訛りなところがあるかも。
言葉は都の人と同じでも、アクセントやイントネーションが違えば、方言をしゃべっているのと大差ないかもしれない。
いやでも、その先よ。
『隊長のお供で正式な場に』って…どういうこと?!
さっきご主人様は『しばらくここにいろ』って言ったと思うんだけど。
私は長くて1か月くらいだと思ってたわ!
大体、ここはどこなのだろう。
シエーラを出てから、一晩も経っていない深更に山賊に襲われた。
だからせいぜい、州境をまたぐ山中くらいだと思っていたのだけど…
領主館の御者と小姓もそのあたりで頻繁に山賊が出没していると言っていたし。
実はもっと、都に近づいているの?
頭の中をさまざまなことがいっぺんに駆け回り、立ったままあわあわしている私を怪訝そうに眺めて口を開く。
「ではクラリッサ殿、こちらにご移動願います」
「あ、…はい」
この人に何かを尋ねても恐らく、私の期待する答えは返ってこないだろう。
私は諦めて、大人しく小さな椅子とテーブルの方へ移動した。
椅子に座ると、シプリアノは私の前に立ち「では始めますね」と言った。
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