身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第一章 辺境の地

15.詩の暗唱と仕立て屋

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 小さな本を差し出され、「これを読んでみてください」と言われる。
 それはここダリスカーナ大公国の誇る、有名な詩人の詩集だった。
 私もヴァネッサのために、わざわざ都から取り寄せて読ませたものだ。
 自分でも端から端まで読みこんだ。

 私は本をほとんど見ることなく、暗唱する。
 そして暗唱しているうちに、お父様が昔、教えてくださったことを思い出した。
 読み方だけではなく、発音も結構細かく教えてくださったわそういえば。
 
 お父様の言葉を思い出しながら、発音を変えてみる。
 シプリアノは驚いたように、眼鏡の奥の瞳を見開いている。
 綺麗なブルーの瞳。
 名前も外国風だし、ダリスカーナの人ではないのかな。

 一通り暗唱すると、シプリアノは「’bravo!」と言って拍手した。
 「こう言っては失礼だが。
 こんな田舎に、そのような教養をお持ちの女性がいらっしゃるとは驚きました」
 何だか急に言葉がへりくだっている。

 「しかも、南部言葉の癖も途中から消えましたね。
 この発音で話すことはできますか?」
 「はい、大丈夫と思います」
 私が答えると、シプリアノは満足げにうなずいた。

 「このような田舎に連れてこられて滅入っておりましたが私も楽しみができました。
 暗唱までできる方には初めて会いましたよ。
 いろんなお話をいたしましょう」
 私も嬉しくなって「はい」とうなずいた。

 しかし、ご主人様とそれよりもっと面倒な人物に、そんなささやかな期待も裏切られることになる。
 
 それから程なくして、エルダさんがえっちらおっちら大きな体躯を揺らしながらやってきた。
 ひげを蓄えたおじさんを伴っている。
 「ご主人様から突然、クラリッサに合うドレスをいくつか誂えろって言われて、びっくりしちまったよ。
 ここらにはまともな店もないから…とりあえず仕立て屋を連れてきたんだ」

 そう言うと、おじさんを振り返り「頼みますよ」と促す。
 ひげのおじさんは無表情に「初めまして、ウルビーニと申します。早速ですが始めます」と言って窓とカーテンを閉めるようにエルダさんにお願いした。
 エルダさんが言われた通りにして部屋の隅に立つと、ウルビーニは私に今着ているドレスを脱ぐように促した。

 私は傷んだ下着を見られるのが恥ずかしくて躊躇したが、重ねて促され、仕方なく渋々ドレスを脱ぐ。
 ウルビーニは眉一つ動かさず、淡々とメジャーで私の身体を採寸していく。
 「あの…ここはどこなのですか?」
 私が沈黙に耐えかねて訊くと、初めて驚いたように私の顔を見た。

 「わたくしは…山賊に襲われていたところを、ここのご主人様に助けていただいたので…」
 しどろもどろに説明すると、ウルビーニは「さようでございましたか」と大きく合点した。
 「ここはマルカ州のレッツェにほど近い、小さな山村でございますよ」
 「レッツェ…」
 
 やっぱり、州境に近い、隣州だったか。
 都まではまだかなり遠いわ。
 私は頷き「そうなんですね、ありがとうございます」と礼を言った。

 「クラリッサはどこに行こうとしてたんだい?
 家に帰ろうとしていたのかい?」
 エルダさんが声をかけてくる。
 私は、咄嗟にどう答えていいか判らず、うつむいてしまってウルビーニに「お顔を上げてください、デコルテを採寸できません」と怒られてしまった。

 「まあ、答えたくなきゃ訊かないけど…
 なんか訳ありなんだろうとは思うしね」
 「すみません、何をどう話して良いか…」
 私は正直に言って頭を下げた。

 「気持ちが落ち着いたら話してごらん。
 何か手伝えることがあるかもしれないし。
 ご主人様も、理由を聞けばあんたを故郷へ返してくれるかもしれないよ」
 「ありがとうございます」

 「終わりましたので、服をお召しになっていただいて結構でございます」
 何かを考えるようにウルビーニは言って、私は急いでドレスを着た。

 「わたくしが想定しておりましたより、クラリッサ殿はずいぶん痩せておられる。
 とりあえず持参しましたお召し物を手直ししたいので、どこか場所を貸していただけますか」
 ウルビーニはそう言って、エルダさんを見た。
 エルダさんは「ああ構わないよ、こっちですよ」と言いながらウルビーニを案内して部屋を出て行こうとした。

 扉を閉める前に振り返って「この後アドルナートさんが来るから」と言い置いて「あ、ウルビーニさんこっち」と声をかけながらドアを閉めた。

 アドルナートさん…あの偉そうな執事(っぽい人)かぁ…
 なんかちょっと苦手。
 お父様もレオ兄様も、にぃ兄様も一度も怒鳴ったり手をあげたりしたことはなかった。
 だからお館様の気が違ったように怒鳴る声や常軌を逸したような表情が本当に怖かった。
 トラウマになりつつあるような気がする。

 私はため息をついてベッドに腰かけた。

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