身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第一章 辺境の地

18.歌

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 メインディッシュを出して、パンのお代わりを配っているとき、それは起こった。
 いい加減お酒が回り、酩酊状態になりつつある討伐隊の人たちは食事を楽しむどころか、大声で話し笑い、とても晩餐会という雰囲気ではなくなっていた。

 幸い、私に絡む人はいなかったので、私は給仕に専念することができた。
 私は段取りを厨房やアドルナートと手早く打ち合わせながら、次々に料理をサーブしていく。
 田舎とはいいながら、動物や鳥の肉や木の実を上手に使った料理がとても美味しそうで、私は味見したい衝動に駆られてしまう気持ちをなんとか我慢していた。

 そのうち、「誰か、何か余興をやれ!」という声が上がり、そうだそうだという雰囲気になった。
 するとシプリアノが、お酒で真っ赤になった顔で「クラリッサ殿の詩の暗唱は素晴らしいですよ!」と言い出した。
 「私は心から感動しました。
 詩の解釈を判りやすく伝えてくれる、またその解釈も素晴らしい。
 あの難解な詩を、一言一句違えずに覚えているとは…」
 熱っぽい口調で語るシプリアノを、皆は冷めた目で見て、私に視線を移す。

 「詩なんかつまんねえ、歌を歌え!」
 「そうだ歌がいい、そこの姐さん、ちょっと歌ってくれよ」
 
 私は困惑してご主人様を見るけれど、ご主人様は隣席の紳士と話し込んでいるようで、気づいていないみたいだ。
 「減るもんじゃなし、ちょっとは協力してくれよ」
 「そうだぞ~オレらはこれから命がけで山賊を捕らえにいくんだから」

 私は観念してトレーを横の小さなテーブルに置いた。
 実は幼いころから歌うことが好きで、ヴァネッサと一緒に声楽をやっていた。
 というか、ヴァネッサの先生が私も一緒にと言ってくださったのだ。
 ヴァネッサは何によらず飽き性で、あまり続かなかったのだが。

 両手を身体の前で組み、息を大きく吸う。
 曲はダリスカーナに古くから伝わる民謡。
 ダリスカーナの人ならば一度は聞いたことのある、戦士を励ます歌詞の郷愁溢れるメロディーの歌である。
 子守歌にされることもある。

 歌いだすと、わいわいと騒いでいた人々が徐々に静まり、いつしかしんとなった。
 私の歌に聞き入っているのが判る。
 先生もよく褒めてくださった、高音の伸びを意識して歌う。

 ご主人様もビックリしたように、ぽかんと私を見ている。
 少し口が開いてしまっているのが可笑しい。
 私は最後のビブラートに気をつけて、歌い終わった。

 皆、しんとして私を見たまま、誰も動かない。
 私はそろそろと動き、トレーを持とうとした。
 
 「ブラーヴォ!」
 と大きな声を上げて拍手してくれたのは、バルトロ。
 それを合図にしたように一斉に拍手と声が上がった。
 立ち上がっている人もいる。

 私は慌ててお辞儀して立ち去ろうとした。
 アドルナートは怒ってないかな、いきなり勝手なことして。
 と探すと、なんとアドルナートまでワゴンから手を離して拍手してくれている。

 「もう一曲!」
 「ancoraアンコーラ!」
 あちこちから声が上がる。
 
 私は戸惑ってトレーを胸の前で抱きしめた。
 その時、ご主人様が大きな声で言った。
 「もう、下がって良い。
 今日はご苦労だった」

 ご主人様の言葉にホッとして私はもう一度ぺこりとお辞儀すると、そそくさと部屋を後にした。
 胸がまだドキドキしている。
 私の歌を、皆が聞いてくれて、称賛してくれた。
 それが、こんなに嬉しいことだなんて。
 
 
 
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