身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第二章 都へ

4.エルヴィーノ様

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 エルヴィーノ様は自分の肩に私の頭を引き寄せて寄り掛からせ、髪を優しく撫でる。
 私は最初こそ心臓が踊りまわってしまうのに困って体を起こそうとしていたけど、慈しむように触れるエルヴィーノ様の温かい手の感触に、いつしか力を抜いてもたれていた。

 「…落ち着いたか。
 もう大丈夫だから、そんなに怖がらなくていい、忘れてしまえよ。
 といっても、そう簡単なことでもないだろうが…」

 エルヴィーノ様が囁く声は私を心配してくれているのが判るような、低く優しい響きで、私の心を落ち着かせてくれる。
 私は寄り掛かったまま、こくりと頷いた。
 エルヴィーノ様は「良い子だ」と、僅かに声に笑いを含ませて言った。

 「じゃあ、話の続きをしよう。
 クレメンティナ、お前の兄は、ここから逃げ出した後に、また山賊に襲われたようだ。
 特に狙われるような装束や装飾品は持っていなかったから、どうも、妹はどこだとかなんとか、自分から山賊に詰め寄っていったみたいだな。
 兄妹してなかなか無鉄砲なようだ」

 冗談めかしてエルヴィーノ様は言うけれど、私は笑うどころではなかった。
 にぃ兄様…私を心配して…そんな無謀なことを…
 涙があふれてきて、私は顔を両手で覆った。

 エルヴィーノ様は「あ、いけね。俺はどうも話が下手だな」と慌てたように私の頭を撫でていた手を降ろして背をさする。
 「泣くな。お前に泣かれると俺はどうしていいか…」

 「だ、大丈夫です…
 お話をお続けくださいませ」
 私は何とか声を絞り出す。
 にぃ兄様は?行方は?

 「そこへ通りがかった一台の馬車と、それを護衛していた屈強な兵士たちに、お前の兄は助けられたようだ。
 兵士たちに山賊はひとたまりもなく蹴散らされて逃げ出したその後に、馬車から降りてきたのは、貴人と思われる豪奢な身なりの若い女性だったそうだ。
 その女性は兵士たちに命じて、お前の兄を馬車に運びこんでどこかへ連れ去って行った。
 山賊どもはそう言っていた」

 え…
 私は、エルヴィーノ様が差し出してくれたハンカチで懸命に涙を拭いながら聞いていたが、思わぬ話の展開に顔を上げてエルヴィーノ様を見た。

 「そ、それで、兄はどこへ…」
 「それが判らんのだ。
 山賊に話を聞いて、周辺(と言っても、全然人気ひとけのない山中)を探したり、人家に聞き込みに行ったりしたが、手掛かりはなかった」

 エルヴィーノ様は私の身体を離して、困惑したように梳き流した長い栗色の髪をかき上げる。
 「山賊が跋扈している山中を通るのだから、もちろん馬車に紋章付きの旗などは掲げていなかったようだし、掲げてあったとしても山賊ごときに理解はできないだろう。
 ただ走り去っていった方向から考えて、恐らく都へ向かっているものと思われる。
 もう一週間以上、経っているから、真っすぐに都へ向かったのならもう、到着したころだろう」

 そう言って、身体の向きを変え、私の正面から見つめる。
 「今回の討伐で、山賊はあらかた捕らえ、首領や頭目といった者たちも拿捕だほすることができた。
 今まで結構苦戦していたのだが…
 応援隊のお陰もあるが、俺としてはクレメンティナ、お前の存在が大きかったと思っている」
 「え?」

 突然、自分の名前が出てきて、私は驚いて問い返す。
 エルヴィーノ様は少し笑って、私の頬に手を伸ばした。
 「お前のようなか弱い存在の女性を、簡単に慰み者にして恐らく殺してしまう山賊というやつらを、俺は心底軽蔑し憎悪した。
 お前は最初から俺を惹きつけた。
 風貌もそうだが、その辺境の者に似合わぬ素養や振る舞いそれに歌声…」

 赤くなってしまう私を、エルヴィーノ様は優しく見つめる。
 「クレメンティナに帰りたい家があるのは判る。
 ここから這ってでも逃げ出すのではないかと、毎日心配だった。
 だが、恐らく都に連れていかれた兄を探しに、俺と一緒に首都へ行かないか?
 俺は討伐隊の解散と同時に隊長の任は解かれるから、兄探しに協力する。
 いずれ名のある貴族だろうから、案外簡単に見つかるかもしれない」
 
 「都へ…」
 私は思ってもみなかったエルヴィーノ様の提案に、呆然と呟く。
 「事後処理であと何日かはここにいるから、よく考えてみてくれ」
 エルヴィーノ様はそう言って、私の髪を撫でた。
 
 「はい…考えてみます」
 私は頷いた。
 エルヴィーノ様は「遅くなってしまった、もう休まないとだろう」と言って立ち上がり、ふと気づいたように私を見下ろした。

 「そうだ、クレメンティナが身に着けていたネックレスは…」
 「見つかりましたか?!」
 私が勢い込んで訊くと、エルヴィーノ様はちょっと目を瞠って「いや…見つかってはないが」と顔を逸らした。
 
 「あれは、どうやって手に入れた?」
 「父の形見で、母と結婚するときに母に贈ったものだそうです。
 大事なものなのです、見つかったらぜひお返しくださいませ」
 そう言って私は頭を下げた。

 「そうか…やはり…」
 小さく呟く声が聞こえ、私が顔を上げると、もうエルヴィーノ様は扉を開けて「アドルナート!」と大きな声で呼んでいた。

 私は駆けつけてきたアドルナートと一緒に部屋に戻りながら、考えていた。
 本当にネックレスは見つかっていないのかしら…?

 

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