身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

文字の大きさ
25 / 172
第二章 都へ

5.輾転反側

しおりを挟む
 その夜はよく眠れなかった。
 にぃ兄様のこと、兄様を助けたという貴婦人のこと、都ゆきのこと、そしてエルヴィーノ様のことを考えてしまって、寝つけなかった。

 にぃ兄様は都へ連れていかれたのだろうか。
 ご無事なら、都へ行けば会えるのかもしれない…?
 だけど、都に何のコネも持たない私のような田舎娘が、どうやって探せるのだろう。
 
 『いずれ名のある貴族だろうから、案外簡単に見つかるかもしれない』
 とエルヴィーノ様は言っていた。
 名のある貴族なら見つけられて兄様を取り戻せるという意味だろうか。
 いったい、エルヴィーノ様とはどのような方なのだろう…

 謎と言えば。
 エルヴィーノ様は最初のとき以降、私の素性を訊こうとしない。
 恐らく私が偽名を言ったのも判っていたのだろう。
 本当の名前だって、山賊から聞いたのを私に確かめただけだ。
 山の中で偶然拾った、氏姓うじかばねも判らない女に対する処置としては、寛大すぎるのではないだろうか…
 
 にぃ兄様を私と共に探すために一緒に都へ行こうと提案しながらも、私が家に帰りたがっている気持ちを尊重して、猶予をくれた。
 何故…そんなことをしてくれるのかな。

 『お前に興味を引かれる』と何度も口にするけれど…どういう意味なのだろう。
 迷子になった子供の親を探してやるような庇護者的なものなのか。
 女性として…なんてことは、まずないだろう。
 アドルナートの勘違いを、思い切り否定してたし。

 都にはとても素敵な女性がたくさんいるんだろうな~。
 エルヴィーノ様にも『婚約者殿』がいるらしいし、私くらいの年齢の貴族の女性ならもう誰かの奥さんになって、子供の一人や二人、産んでいるのが当然だ。
 にぃ兄様どころか、レオ兄様のお嫁さん探しに苦慮しているような貧乏貴族では、女とはいえ第三子の結婚なんてお母様の頭をかすめたこともないだろう。

 日々の生活に追われ、またあんな田舎では素敵な出会いなどあるわけもなく。
 私はこの年まで恋など知らずに生きてきた。
 
 そんな生活が嫌だったというわけではない。
 お母様やお兄様方、それから周囲の人たちとそれなりに楽しい毎日だったと思う。
 だけど、田舎のどうしようもない閉塞感、このままここで朽ちていくだけなのかという、諦めを伴った絶望感。
 そういう感情が、私の中に確かにあった。

 お館様から最初に都ゆきの話があったとき、私は確かに、少し嬉しかった。
 戸惑いとか不安とか、そういう感情が大きかったけど、だけどやっぱり都への憧れが自分にもあったことを自覚したんだ。

 今は、あの時よりは、不安はない。
 エルヴィーノ様がいてくれるから。
 厚意に甘えてしまうのは、お返しできるものが何もないだけにとても気が引けるけれど、都に行ってにぃ兄様を探したい。
 にぃ兄様と二人で一緒に、シエーラのあの家へ帰るんだ。

 お母様とレオ兄様に手紙を送りたい。
 きっとご心配なさっているだろう。
 だけど、住所がこの邸の人たちに、エルヴィーノ様に知られてしまう。
 
 知られたら…私はどうなってしまうんだろう。
 申請とは全く別人の、しかも当人とは姉妹でも従姉妹でもない女が、図々しくご愛妾候補でございと都へ上がろうとしていたことがバレてしまったら…
 
 お館様が罰を受けるのはともかく、お母様やレオ兄様にまで累が及んでしまうのでは…
 そう思うと恐ろしくて、手紙を書くことすらできなかった。

 ごめんなさい、お母様、レオ兄様。
 必ず、にぃ兄様を連れて帰りますから。
 もう少しだけ、待っていてくださいね。

 しかしこの後。
 私は思ってもみなかった方向で、また強引に都へ連れていかれることになるのだった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する

タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。 社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。 孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。 そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。 追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ

蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。 とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。 どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。 など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。 そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか? 毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

処理中です...