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第二章 都へ
9.セッション
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歌い終わってお辞儀をすると、しんとした中にアレク様の声が響く。
「お前…クラリッサと言ったか。
その歌は」
「もういいクラリッサ、部屋へ戻れ」
アレク様の声に思いきり被せるようにエルヴィーノ様が大きな声で言った。
私は戸惑い、アレク様はビックリしたように「おい、エルヴィーノ…」と言いかけるが、エルヴィーノ様は鬘もかぶらず梳き流した髪を激しく横に振って「アドルナート!」と呼んだ。
「はい、さ、クラリッサ、部屋へ」
アドルナートはいつものように落ち着き払って私を促し、私は訳が判らないながらも促されるままに部屋を出ようとしたとき、よく響く声が遮った。
「クラリッサ、ちょっと待て。
せっかく来て、1曲だけってことはないだろう。
田舎の娘にしては、まあ聞ける歌声だった。
首は刎ねないでやる。
褒美が欲しかったら、あと何曲か歌え」
「アレク、それだけは勘弁してくれないか」
懇願するような声音でエルヴィーノ様がうつむいたまま口を開く。
「まあそう言うな。
あの歌のことはもう訊かないから。
オレは純粋に、コイツの歌の余興が気に入ったのさ」
エルヴィーノ様は苦しそうに黙ってしまい、アレク様はパンパンと手を叩いた。
「皆、余興はこれからだ。
クラリッサ、もう少し楽しい歌を歌え。
誰か踊れる奴はいないのか?」
私はヴァイオリニストとチェリストに引き戻され、また曲の打ち合わせをする。
今現在、都で流行っているような歌は私が知らないので、少し前に流行った明るく楽しい歌を3曲ほどチョイスした。
若い男の人が二人、前に出てきている。
私を見て、ぺこりと頭を下げ、にこっと笑った。
私も少し微笑んで会釈をする。
この人たちがダンサーなのだろう。
ヴァイオリニストがつま先でトントンと拍子を取り、チェリストと併せて陽気で美しい調べを奏でる。
私は、先ほどから頭を抱えるようにしてテーブルに突っ伏しているエルヴィーノ様を元気づけたくて、にこやかに楽しそうに意識して歌い始めた。
同時にダンサーの二人も軽やかに踊り始めた。
広間にいる大勢の人たちが、すぐに反応して手拍子を始める。
お酒もだいぶ入っているのだろう、むくつけき兵士のおじ様たちが楽しそうに笑っている。
私も本当に楽しくなってきて、身体で拍子をとりながら声が遠くに響くように発声した。
立て続けに2曲歌って、私は息が切れてしまった。
あまりこんなに歌ったことないからなぁ…しかも大勢の人の前で。
人がたくさんいると、驚くほど声って響かないものなんだ…
喉が痛くなりそう。
アレク様はくすくす笑って拍手した。
皆もわーっと声を上げ、大きく手を叩いた。
私は慌ててアレク様の方を向いて、深くお辞儀した。
顔を上げると、ヴァイオリニストとチェリストが笑いながら握手を求めてきた。
私は「すみません、喉が…」と謝ろうとするとヴァイオリニストは「いえとんでもない、素晴らしかったですよ」と温かく手を握って言ってくれた。
「あなたの声はとても透明感があって美しい。
それに何とも言えない情感があって、聴く人の心を魅了する。
都でもっとちゃんとしたレッスンを受ければ、宮廷の歌手にだってなれるかも知れない」
年嵩のチェリストがパチンとウィンクした。
まさか…
私は笑って、冗談みたいに大袈裟なお世辞を受け流した。
都でレッスンを受けるなんてことが可能だとはとても思えないし、受けられたとしても、その歌の先生を失望させるのが目に見えているわ。
「歌の者、これへ」
アレク様の従者とみられる、ちょっと尊大な人が呼ぶ。
私はヴァイオリニストの顔を見て、彼が目顔で促すのに頷き、急いでアレク様の方へ行って額ずいた。
「顔をあげろ」
アレク様の声がする。
目を上げると、先程よりは優しい笑顔のアレク様が、私を見ていた。
エルヴィーノ様は頭を抱えたままだ。
ああ、理由は判らないけれどひどく落ち込んでしまったエルヴィーノ様を、私の歌でお慰めすることはできなかったんだ。
私はよく判らないけど、悲しみが胸の中に広がっていくのを感じた。
「お前の度胸は、戦場の兵士たちに勝るとも劣らないな。
あの状況でよく物怖じせず、歌いきった。
歌の出来不出来以前に、感心したよ、やはりただの田舎娘じゃないなお前は…」
エルヴィーノ様が何か言おうとするのを片手で制して、アレク様は言葉を続けた。
「褒美を取らせよう。
追って沙汰するから、今日は下がって良い」
私は二人の間に流れる、あまり良くない雰囲気に怖気づきながらまたお辞儀する。
何だろう…エルヴィーノ様の闊達な笑顔が見られないと、不安になる。
お兄様のこと、訊いてくださったんだろうか。
「クラリッサ」
アドルナートに呼ばれ、私はしおしおと広間を後にした。
私、どうなるんだろう…
私は何故かその時、そう思った。
何か、大いなるものの力が働き、大きな渦のようなものに抗いようなく巻き込まれていく予感。
止まっていた巨大な歯車が、軋みながら大きな音を立てて回りだしたような感じがした。
「お前…クラリッサと言ったか。
その歌は」
「もういいクラリッサ、部屋へ戻れ」
アレク様の声に思いきり被せるようにエルヴィーノ様が大きな声で言った。
私は戸惑い、アレク様はビックリしたように「おい、エルヴィーノ…」と言いかけるが、エルヴィーノ様は鬘もかぶらず梳き流した髪を激しく横に振って「アドルナート!」と呼んだ。
「はい、さ、クラリッサ、部屋へ」
アドルナートはいつものように落ち着き払って私を促し、私は訳が判らないながらも促されるままに部屋を出ようとしたとき、よく響く声が遮った。
「クラリッサ、ちょっと待て。
せっかく来て、1曲だけってことはないだろう。
田舎の娘にしては、まあ聞ける歌声だった。
首は刎ねないでやる。
褒美が欲しかったら、あと何曲か歌え」
「アレク、それだけは勘弁してくれないか」
懇願するような声音でエルヴィーノ様がうつむいたまま口を開く。
「まあそう言うな。
あの歌のことはもう訊かないから。
オレは純粋に、コイツの歌の余興が気に入ったのさ」
エルヴィーノ様は苦しそうに黙ってしまい、アレク様はパンパンと手を叩いた。
「皆、余興はこれからだ。
クラリッサ、もう少し楽しい歌を歌え。
誰か踊れる奴はいないのか?」
私はヴァイオリニストとチェリストに引き戻され、また曲の打ち合わせをする。
今現在、都で流行っているような歌は私が知らないので、少し前に流行った明るく楽しい歌を3曲ほどチョイスした。
若い男の人が二人、前に出てきている。
私を見て、ぺこりと頭を下げ、にこっと笑った。
私も少し微笑んで会釈をする。
この人たちがダンサーなのだろう。
ヴァイオリニストがつま先でトントンと拍子を取り、チェリストと併せて陽気で美しい調べを奏でる。
私は、先ほどから頭を抱えるようにしてテーブルに突っ伏しているエルヴィーノ様を元気づけたくて、にこやかに楽しそうに意識して歌い始めた。
同時にダンサーの二人も軽やかに踊り始めた。
広間にいる大勢の人たちが、すぐに反応して手拍子を始める。
お酒もだいぶ入っているのだろう、むくつけき兵士のおじ様たちが楽しそうに笑っている。
私も本当に楽しくなってきて、身体で拍子をとりながら声が遠くに響くように発声した。
立て続けに2曲歌って、私は息が切れてしまった。
あまりこんなに歌ったことないからなぁ…しかも大勢の人の前で。
人がたくさんいると、驚くほど声って響かないものなんだ…
喉が痛くなりそう。
アレク様はくすくす笑って拍手した。
皆もわーっと声を上げ、大きく手を叩いた。
私は慌ててアレク様の方を向いて、深くお辞儀した。
顔を上げると、ヴァイオリニストとチェリストが笑いながら握手を求めてきた。
私は「すみません、喉が…」と謝ろうとするとヴァイオリニストは「いえとんでもない、素晴らしかったですよ」と温かく手を握って言ってくれた。
「あなたの声はとても透明感があって美しい。
それに何とも言えない情感があって、聴く人の心を魅了する。
都でもっとちゃんとしたレッスンを受ければ、宮廷の歌手にだってなれるかも知れない」
年嵩のチェリストがパチンとウィンクした。
まさか…
私は笑って、冗談みたいに大袈裟なお世辞を受け流した。
都でレッスンを受けるなんてことが可能だとはとても思えないし、受けられたとしても、その歌の先生を失望させるのが目に見えているわ。
「歌の者、これへ」
アレク様の従者とみられる、ちょっと尊大な人が呼ぶ。
私はヴァイオリニストの顔を見て、彼が目顔で促すのに頷き、急いでアレク様の方へ行って額ずいた。
「顔をあげろ」
アレク様の声がする。
目を上げると、先程よりは優しい笑顔のアレク様が、私を見ていた。
エルヴィーノ様は頭を抱えたままだ。
ああ、理由は判らないけれどひどく落ち込んでしまったエルヴィーノ様を、私の歌でお慰めすることはできなかったんだ。
私はよく判らないけど、悲しみが胸の中に広がっていくのを感じた。
「お前の度胸は、戦場の兵士たちに勝るとも劣らないな。
あの状況でよく物怖じせず、歌いきった。
歌の出来不出来以前に、感心したよ、やはりただの田舎娘じゃないなお前は…」
エルヴィーノ様が何か言おうとするのを片手で制して、アレク様は言葉を続けた。
「褒美を取らせよう。
追って沙汰するから、今日は下がって良い」
私は二人の間に流れる、あまり良くない雰囲気に怖気づきながらまたお辞儀する。
何だろう…エルヴィーノ様の闊達な笑顔が見られないと、不安になる。
お兄様のこと、訊いてくださったんだろうか。
「クラリッサ」
アドルナートに呼ばれ、私はしおしおと広間を後にした。
私、どうなるんだろう…
私は何故かその時、そう思った。
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止まっていた巨大な歯車が、軋みながら大きな音を立てて回りだしたような感じがした。
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