身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第二章 都へ

13.出発

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 その夜は壮行会とかで、また宴会があったようだけど私は招ばれなかった。
 バルトロが「もう二度と会えないかもしれない」と言っていたのは、エルヴィーノ様について新たな戦地へ行くからなんだ…

 戦地ってどこなんだろう。
 今、我が国ダリスカーナ大公国がどこかの国と開戦しているという情報は聞かないけれど…
 ってことは、内戦だろうか。
 
 二度と会えないかもって…死んでしまうかもしれないってこと?
 そう考えてぞっとした。
 両腕で身体を抱き、私は狭い部屋の中を歩き回った。

 大丈夫よきっと。
 頭を振って懸命に昏い想像を振り払う。
 エルヴィーノ様は「すぐに迎えに行くから」って仰ってくださった。
 私はその言葉を信じたい。
 
 アレク様ってどんな立場の方なんだろう。
 都の貴族であるエルヴィーノ様の幼馴染で親友、とご本人は仰っていたけれど、エルヴィーノ様はアレク様の仰ることには逆らえないようだった。
 確かに仲は良さそうだけど、厳然たる上下関係が存在しているようだった。

 しかし国内がそんな不穏な状況なのに、暢気にご愛妾探しとかなさっている大公様ってどんな方なのかしら…
 国内に蔓延はびこっている山賊やら不穏分子を刷掃してからにして欲しいわ。
 私は一人憤慨し、ベッドに入って手燭を吹き消した。

 明日には出発と仰っていたけれど、貴族なんて大抵、午前中いっぱいはベッドで過ごすのだから、きっと早くて夕方くらいでしょう。
 少し早起きして、エルヴィーノ様やバルトロに挨拶しよう。
 
 …なんて悠長に考えていた私が甘かったことを思い知らされた。
 アレク様という方は、無類のせっかちの猪突猛進であることを私は後から知る。
 
 翌朝は、まだ暗いうちにアドルナートに叩き起こされた。
 頑張って鎧戸を開けてみると(私の腕力もだいぶ戻ってきたらしい)、夜明けのもやかすむ庭にはもう、すごい数の兵士がいた。
 騎士もいるみたい、馬のいななきが遠くに聞こえる。

 私は誂えてもらった数着のドレスを、アドルナートに渡されたスーツケースに押し込み、幾ばくかの化粧品と装飾品も入れた。
 そして、シプリアノからもらった詩集を胸に抱いて部屋の扉を開けた。
 
 兵士のひとりが「失礼いたします」と入ってきて、スーツケースを持ち上げる。
 私は部屋を出るときに振り返って、ぺこりと一礼した。
 少しの間だったけど、ありがとうございました。
 恐らくもう二度とここへ来ることはない。

 アドルナートの姿はなく、どこへ行けば良いか判らなかったので、とりあえず裏口へ回る。
 裏口が開いてエルダさんが忙しそうに入ってきて、私に気づいて驚いたように立ち止まった。
 「クラリッサ!
 どうしてこんなところに?!」
 「あ…アドルナートさんがいなくて、どこに行っていいのか…」

 えーっとエルダさんは声を上げ、そりゃ困ったねえと本当に困ったように呟く。
 「あたしみたいな女中にゃ、そういうことは知らされないしねぇ…
 表玄関の方へ行った方がいいと思うよ。
 アドルナートさんもそっちにいる可能性が高いし」
 
 私は「そうします」と言い、エルダさんに改めて頭を下げた。
 「エルダさん、大変お世話になりました。
 御恩は忘れません」

 エルダさんはビックリしたように、頭を下げる私の肩に手をかける。
 「ちょっと、やめておくれよ。
 あたしはそういうガラじゃないし…ご主人様に言われたからその通りにしただけで」

 私の身体を起こして、少し笑う。
 「あたしの方こそ、あんたに会えて楽しかったよ。
 ここらの娘たちにも礼儀作法を教えてくれてありがとうね。
 またいつかどこかで会いたいねえ」

 私はエルダさんが差し出した、温かく荒れている大きな手を握った。
 「ありがとうございます…
 またいつかどこかで、必ずお目にかかりましょう」

 もう一度お辞儀して、私は表玄関の方へ行った。
 たくさんの人がせわしなく歩き回っていて、アドルナートと従者の人が何かを話していた。
 「アドルナートさん」
 声をかけると、アドルナートは「おお、来たか」と言い、私の背後にいる兵士に「荷物を2台目の馬車の上に積め」と指示する。
 
 兵士が出て行き、アドルナートは従者の人と話を終えて私の方を向いた。
 「クラリッサは、先頭から2台目の馬車に乗るようにとのことだ。
 …まったく、ご主人様と言い、賓客のお方と言い、どうしてお前をそんなにお気に召したのか、まったく判らないが…
 とにかく、こうなったからにはお前の運命だと思って従容と受け入れるしかないよ。
 逆らおうなんて夢にも思ってはいけない。
 判ったね?」

 呆れたように言いながらも、声に混ざる若干の気遣いの色に、私はお礼を言った。
 「わたくしにも状況はまったく理解できませんが…
 お世話になりました」

 「都で会うことがあるかもしれないが…どうだろうな。
 ともあれ、達者で」
 そう言うと、私の肩をぽんぽんと叩いた。
 私はお辞儀して、踵を返して外へ出た。

 太陽が昇ってきて、低い位置から差してくる陽の光に目を細める。
 5月も終わりに近づいているが、山中の明け方はまだ寒い。
 私は身震いすると、言われた通り2台目の馬車に近寄り、御者に手伝ってもらって乗り込んだ。 

 私はどこへ行くのだろう…
 不安に胸が押しつぶされそうになる。
 アレク様は、私を奴隷のように扱うのだろうか。
 そうだとしても、文句は言えないのだけれど…
 素性も身元も明かさない、ただ兄を探していると言うだけの女を、信じろという方がどうかしている。
 お館様やステファネッリ家に累を及ぼさないと判ったら、ちゃんと言おう。

 
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