33 / 172
第二章 都へ
13.出発
しおりを挟む
その夜は壮行会とかで、また宴会があったようだけど私は招ばれなかった。
バルトロが「もう二度と会えないかもしれない」と言っていたのは、エルヴィーノ様について新たな戦地へ行くからなんだ…
戦地ってどこなんだろう。
今、我が国ダリスカーナ大公国がどこかの国と開戦しているという情報は聞かないけれど…
ってことは、内戦だろうか。
二度と会えないかもって…死んでしまうかもしれないってこと?
そう考えてぞっとした。
両腕で身体を抱き、私は狭い部屋の中を歩き回った。
大丈夫よきっと。
頭を振って懸命に昏い想像を振り払う。
エルヴィーノ様は「すぐに迎えに行くから」って仰ってくださった。
私はその言葉を信じたい。
アレク様ってどんな立場の方なんだろう。
都の貴族であるエルヴィーノ様の幼馴染で親友、とご本人は仰っていたけれど、エルヴィーノ様はアレク様の仰ることには逆らえないようだった。
確かに仲は良さそうだけど、厳然たる上下関係が存在しているようだった。
しかし国内がそんな不穏な状況なのに、暢気にご愛妾探しとかなさっている大公様ってどんな方なのかしら…
国内に蔓延っている山賊やら不穏分子を刷掃してからにして欲しいわ。
私は一人憤慨し、ベッドに入って手燭を吹き消した。
明日には出発と仰っていたけれど、貴族なんて大抵、午前中いっぱいはベッドで過ごすのだから、きっと早くて夕方くらいでしょう。
少し早起きして、エルヴィーノ様やバルトロに挨拶しよう。
…なんて悠長に考えていた私が甘かったことを思い知らされた。
アレク様という方は、無類のせっかちの猪突猛進であることを私は後から知る。
翌朝は、まだ暗いうちにアドルナートに叩き起こされた。
頑張って鎧戸を開けてみると(私の腕力もだいぶ戻ってきたらしい)、夜明けの靄に霞む庭にはもう、すごい数の兵士がいた。
騎士もいるみたい、馬のいななきが遠くに聞こえる。
私は誂えてもらった数着のドレスを、アドルナートに渡されたスーツケースに押し込み、幾ばくかの化粧品と装飾品も入れた。
そして、シプリアノからもらった詩集を胸に抱いて部屋の扉を開けた。
兵士のひとりが「失礼いたします」と入ってきて、スーツケースを持ち上げる。
私は部屋を出るときに振り返って、ぺこりと一礼した。
少しの間だったけど、ありがとうございました。
恐らくもう二度とここへ来ることはない。
アドルナートの姿はなく、どこへ行けば良いか判らなかったので、とりあえず裏口へ回る。
裏口が開いてエルダさんが忙しそうに入ってきて、私に気づいて驚いたように立ち止まった。
「クラリッサ!
どうしてこんなところに?!」
「あ…アドルナートさんがいなくて、どこに行っていいのか…」
えーっとエルダさんは声を上げ、そりゃ困ったねえと本当に困ったように呟く。
「あたしみたいな女中にゃ、そういうことは知らされないしねぇ…
表玄関の方へ行った方がいいと思うよ。
アドルナートさんもそっちにいる可能性が高いし」
私は「そうします」と言い、エルダさんに改めて頭を下げた。
「エルダさん、大変お世話になりました。
御恩は忘れません」
エルダさんはビックリしたように、頭を下げる私の肩に手をかける。
「ちょっと、やめておくれよ。
あたしはそういうガラじゃないし…ご主人様に言われたからその通りにしただけで」
私の身体を起こして、少し笑う。
「あたしの方こそ、あんたに会えて楽しかったよ。
ここらの娘たちにも礼儀作法を教えてくれてありがとうね。
またいつかどこかで会いたいねえ」
私はエルダさんが差し出した、温かく荒れている大きな手を握った。
「ありがとうございます…
またいつかどこかで、必ずお目にかかりましょう」
もう一度お辞儀して、私は表玄関の方へ行った。
たくさんの人が忙しなく歩き回っていて、アドルナートと従者の人が何かを話していた。
「アドルナートさん」
声をかけると、アドルナートは「おお、来たか」と言い、私の背後にいる兵士に「荷物を2台目の馬車の上に積め」と指示する。
兵士が出て行き、アドルナートは従者の人と話を終えて私の方を向いた。
「クラリッサは、先頭から2台目の馬車に乗るようにとのことだ。
…まったく、ご主人様と言い、賓客のお方と言い、どうしてお前をそんなにお気に召したのか、まったく判らないが…
とにかく、こうなったからにはお前の運命だと思って従容と受け入れるしかないよ。
逆らおうなんて夢にも思ってはいけない。
判ったね?」
呆れたように言いながらも、声に混ざる若干の気遣いの色に、私はお礼を言った。
「わたくしにも状況はまったく理解できませんが…
お世話になりました」
「都で会うことがあるかもしれないが…どうだろうな。
ともあれ、達者で」
そう言うと、私の肩をぽんぽんと叩いた。
私はお辞儀して、踵を返して外へ出た。
太陽が昇ってきて、低い位置から差してくる陽の光に目を細める。
5月も終わりに近づいているが、山中の明け方はまだ寒い。
私は身震いすると、言われた通り2台目の馬車に近寄り、御者に手伝ってもらって乗り込んだ。
私はどこへ行くのだろう…
不安に胸が押しつぶされそうになる。
アレク様は、私を奴隷のように扱うのだろうか。
そうだとしても、文句は言えないのだけれど…
素性も身元も明かさない、ただ兄を探していると言うだけの女を、信じろという方がどうかしている。
お館様やステファネッリ家に累を及ぼさないと判ったら、ちゃんと言おう。
バルトロが「もう二度と会えないかもしれない」と言っていたのは、エルヴィーノ様について新たな戦地へ行くからなんだ…
戦地ってどこなんだろう。
今、我が国ダリスカーナ大公国がどこかの国と開戦しているという情報は聞かないけれど…
ってことは、内戦だろうか。
二度と会えないかもって…死んでしまうかもしれないってこと?
そう考えてぞっとした。
両腕で身体を抱き、私は狭い部屋の中を歩き回った。
大丈夫よきっと。
頭を振って懸命に昏い想像を振り払う。
エルヴィーノ様は「すぐに迎えに行くから」って仰ってくださった。
私はその言葉を信じたい。
アレク様ってどんな立場の方なんだろう。
都の貴族であるエルヴィーノ様の幼馴染で親友、とご本人は仰っていたけれど、エルヴィーノ様はアレク様の仰ることには逆らえないようだった。
確かに仲は良さそうだけど、厳然たる上下関係が存在しているようだった。
しかし国内がそんな不穏な状況なのに、暢気にご愛妾探しとかなさっている大公様ってどんな方なのかしら…
国内に蔓延っている山賊やら不穏分子を刷掃してからにして欲しいわ。
私は一人憤慨し、ベッドに入って手燭を吹き消した。
明日には出発と仰っていたけれど、貴族なんて大抵、午前中いっぱいはベッドで過ごすのだから、きっと早くて夕方くらいでしょう。
少し早起きして、エルヴィーノ様やバルトロに挨拶しよう。
…なんて悠長に考えていた私が甘かったことを思い知らされた。
アレク様という方は、無類のせっかちの猪突猛進であることを私は後から知る。
翌朝は、まだ暗いうちにアドルナートに叩き起こされた。
頑張って鎧戸を開けてみると(私の腕力もだいぶ戻ってきたらしい)、夜明けの靄に霞む庭にはもう、すごい数の兵士がいた。
騎士もいるみたい、馬のいななきが遠くに聞こえる。
私は誂えてもらった数着のドレスを、アドルナートに渡されたスーツケースに押し込み、幾ばくかの化粧品と装飾品も入れた。
そして、シプリアノからもらった詩集を胸に抱いて部屋の扉を開けた。
兵士のひとりが「失礼いたします」と入ってきて、スーツケースを持ち上げる。
私は部屋を出るときに振り返って、ぺこりと一礼した。
少しの間だったけど、ありがとうございました。
恐らくもう二度とここへ来ることはない。
アドルナートの姿はなく、どこへ行けば良いか判らなかったので、とりあえず裏口へ回る。
裏口が開いてエルダさんが忙しそうに入ってきて、私に気づいて驚いたように立ち止まった。
「クラリッサ!
どうしてこんなところに?!」
「あ…アドルナートさんがいなくて、どこに行っていいのか…」
えーっとエルダさんは声を上げ、そりゃ困ったねえと本当に困ったように呟く。
「あたしみたいな女中にゃ、そういうことは知らされないしねぇ…
表玄関の方へ行った方がいいと思うよ。
アドルナートさんもそっちにいる可能性が高いし」
私は「そうします」と言い、エルダさんに改めて頭を下げた。
「エルダさん、大変お世話になりました。
御恩は忘れません」
エルダさんはビックリしたように、頭を下げる私の肩に手をかける。
「ちょっと、やめておくれよ。
あたしはそういうガラじゃないし…ご主人様に言われたからその通りにしただけで」
私の身体を起こして、少し笑う。
「あたしの方こそ、あんたに会えて楽しかったよ。
ここらの娘たちにも礼儀作法を教えてくれてありがとうね。
またいつかどこかで会いたいねえ」
私はエルダさんが差し出した、温かく荒れている大きな手を握った。
「ありがとうございます…
またいつかどこかで、必ずお目にかかりましょう」
もう一度お辞儀して、私は表玄関の方へ行った。
たくさんの人が忙しなく歩き回っていて、アドルナートと従者の人が何かを話していた。
「アドルナートさん」
声をかけると、アドルナートは「おお、来たか」と言い、私の背後にいる兵士に「荷物を2台目の馬車の上に積め」と指示する。
兵士が出て行き、アドルナートは従者の人と話を終えて私の方を向いた。
「クラリッサは、先頭から2台目の馬車に乗るようにとのことだ。
…まったく、ご主人様と言い、賓客のお方と言い、どうしてお前をそんなにお気に召したのか、まったく判らないが…
とにかく、こうなったからにはお前の運命だと思って従容と受け入れるしかないよ。
逆らおうなんて夢にも思ってはいけない。
判ったね?」
呆れたように言いながらも、声に混ざる若干の気遣いの色に、私はお礼を言った。
「わたくしにも状況はまったく理解できませんが…
お世話になりました」
「都で会うことがあるかもしれないが…どうだろうな。
ともあれ、達者で」
そう言うと、私の肩をぽんぽんと叩いた。
私はお辞儀して、踵を返して外へ出た。
太陽が昇ってきて、低い位置から差してくる陽の光に目を細める。
5月も終わりに近づいているが、山中の明け方はまだ寒い。
私は身震いすると、言われた通り2台目の馬車に近寄り、御者に手伝ってもらって乗り込んだ。
私はどこへ行くのだろう…
不安に胸が押しつぶされそうになる。
アレク様は、私を奴隷のように扱うのだろうか。
そうだとしても、文句は言えないのだけれど…
素性も身元も明かさない、ただ兄を探していると言うだけの女を、信じろという方がどうかしている。
お館様やステファネッリ家に累を及ぼさないと判ったら、ちゃんと言おう。
1
あなたにおすすめの小説
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
私は私で幸せになりますので
あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。
ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。
それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。
最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる