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第四章 謎解き
10.過去
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がちゃん!と大きな音がして、振り返るとアドルナートがワゴンの横に座り込んでいた。
「おい…アドルナート、大丈夫か?!」
「大丈夫でございます…大丈夫です…大丈夫です…」
立ち上がろうとするエルヴィーノ様を押しとどめて、アドルナートは譫言のように呟く。
「しかし顔色が…真っ青だぞ…」
少し座ったらどうだ、とエルヴィーノ様に言われて、アドルナートは腰を上げてふらふらと近くの椅子にドスンという感じで腰を落とした。
いつも謹厳実直で滅多に顔の筋肉すら動かさないアドルナートの、そんな姿を見たのは初めてで、私は驚いてエルヴィーノ様を見る。
エルヴィーノ様の顔色も白っぽくなり、上品な薄い唇も色を失っている。
「何か…心当たりがあるようだな、アドルナート」
呟くように言って、エルヴィーノ様は黙り込む。
私はまだにぃ兄様の言葉の意味を理解できず、何度か言葉を反芻して漸く、意味を持った言葉として頭の中に入ってきた。
「えっでも…そんなこと一度も…誰も…
わたくしも知らなかったし」
私がどうしても信じられなくて呟くと、にぃ兄様は苦笑した。
「私がシエーラのステファネッリ家に連れてこられたとき、まだクレメンティナは生まれたばかりだった。
私もおぼろげな記憶しかないけれど…
父上と母上は、最初から私を『セノフォンテ』とお呼びになった。
兄上が『セノフォンテは死んだでしょう』と仰ったように思う。
クレメンティナの上に夭折したお子がいらして、私はその子の代わりだったのかもしれない」
「そんな…」
「だからなのかな、私は、クレメンティナに『セノ兄様』と呼ばれることに抵抗があった…と思う。
『にぃ兄たま』と回らぬ舌で呼ぶクレメンティナが本当に可愛くて愛しかったせいだと思っていたんだが…
しかしいずれにせよ、私が両親と思っているのはステファネッリのお二方だし、兄上と妹を心から愛しく思っている。
家族には感謝しかない」
にぃ兄様がきっぱりと言い切る。
エルヴィーノ様は顔をあげ、「…証拠は?」と枯れた声で訊いた。
「さようですね、書簡といったようなものは何も。
私の記憶、しかありません。
侯爵様にも確かめようがない。
否定されるに決まっていますしね」
にぃ兄様は肩をすくめるようにして苦笑いする。
「この邸の中なら、少しは覚えているのでご案内できるかとは思います。
よく、誰かとかくれんぼをして遊んだ」
「わたくし…でございます」
嗄れた声で急に口を開いたのは、アドルナートだった。
「ステファノ坊ちゃまのことを知っているのは、もう、わたくしだけでございます。
奥様もお亡くなりになり、当時を知っている者はすべて解雇いたしましたし、ステファノ坊ちゃまのその後は誰も知りません」
「旦那様(ヴァラリオーティ侯爵)と、故ステファネッリ子爵様も、双子でいらっしゃいました。
ご幼少のころからアルフレード様(旦那様)は、生まれた時間がたった数分遅かっただけで長子とその他に分けられて、長子には絶大な権力と莫大な財産が約束され、その他にはそれなりのものしか与えられないのは不公平に過ぎるというのが口癖でございました」
「キアッフレード様(ステファネッリ様)は幼いころからとにかく勉学が優秀でいらして、また知識欲旺盛で、常に机に向かっていることに何ら苦痛をお感じにならない方でございました。
家庭教師が口を極めてお兄上ばかりを褒めるのを、面白くないとお思いでいらっしゃったのでしょう。
悪さばかりして、手の付けられない悪童でございました」
アドルナートの言葉に、エルヴィーノ様は明後日の方を向いて頬を掻く。
アドルナートは少し微笑み、また話し始める。
「キアッフレード様には、生まれた時からの許嫁がいらっしゃいました。
公爵令嬢のフィアンメッタ様…エルヴィーノ様とステファノ様のお母上でいらっしゃいます。
それは美しいお方で、社交界の華でいらっしゃいました。
首都の貴公子の誰もが憧れる存在だったのでございます」
「アルフレード様も、フィアンメッタ様を熱烈に愛しておられました。
フィアンメッタ様がどう思われていたのかは、わたくしのような使用人には判りかねますが…
フィアンメッタ様がアルフレード様のお子様をご懐妊なさったとき、キアッフレード様は表立っては何も仰らず首都を去って行かれました」
「おい…アドルナート、大丈夫か?!」
「大丈夫でございます…大丈夫です…大丈夫です…」
立ち上がろうとするエルヴィーノ様を押しとどめて、アドルナートは譫言のように呟く。
「しかし顔色が…真っ青だぞ…」
少し座ったらどうだ、とエルヴィーノ様に言われて、アドルナートは腰を上げてふらふらと近くの椅子にドスンという感じで腰を落とした。
いつも謹厳実直で滅多に顔の筋肉すら動かさないアドルナートの、そんな姿を見たのは初めてで、私は驚いてエルヴィーノ様を見る。
エルヴィーノ様の顔色も白っぽくなり、上品な薄い唇も色を失っている。
「何か…心当たりがあるようだな、アドルナート」
呟くように言って、エルヴィーノ様は黙り込む。
私はまだにぃ兄様の言葉の意味を理解できず、何度か言葉を反芻して漸く、意味を持った言葉として頭の中に入ってきた。
「えっでも…そんなこと一度も…誰も…
わたくしも知らなかったし」
私がどうしても信じられなくて呟くと、にぃ兄様は苦笑した。
「私がシエーラのステファネッリ家に連れてこられたとき、まだクレメンティナは生まれたばかりだった。
私もおぼろげな記憶しかないけれど…
父上と母上は、最初から私を『セノフォンテ』とお呼びになった。
兄上が『セノフォンテは死んだでしょう』と仰ったように思う。
クレメンティナの上に夭折したお子がいらして、私はその子の代わりだったのかもしれない」
「そんな…」
「だからなのかな、私は、クレメンティナに『セノ兄様』と呼ばれることに抵抗があった…と思う。
『にぃ兄たま』と回らぬ舌で呼ぶクレメンティナが本当に可愛くて愛しかったせいだと思っていたんだが…
しかしいずれにせよ、私が両親と思っているのはステファネッリのお二方だし、兄上と妹を心から愛しく思っている。
家族には感謝しかない」
にぃ兄様がきっぱりと言い切る。
エルヴィーノ様は顔をあげ、「…証拠は?」と枯れた声で訊いた。
「さようですね、書簡といったようなものは何も。
私の記憶、しかありません。
侯爵様にも確かめようがない。
否定されるに決まっていますしね」
にぃ兄様は肩をすくめるようにして苦笑いする。
「この邸の中なら、少しは覚えているのでご案内できるかとは思います。
よく、誰かとかくれんぼをして遊んだ」
「わたくし…でございます」
嗄れた声で急に口を開いたのは、アドルナートだった。
「ステファノ坊ちゃまのことを知っているのは、もう、わたくしだけでございます。
奥様もお亡くなりになり、当時を知っている者はすべて解雇いたしましたし、ステファノ坊ちゃまのその後は誰も知りません」
「旦那様(ヴァラリオーティ侯爵)と、故ステファネッリ子爵様も、双子でいらっしゃいました。
ご幼少のころからアルフレード様(旦那様)は、生まれた時間がたった数分遅かっただけで長子とその他に分けられて、長子には絶大な権力と莫大な財産が約束され、その他にはそれなりのものしか与えられないのは不公平に過ぎるというのが口癖でございました」
「キアッフレード様(ステファネッリ様)は幼いころからとにかく勉学が優秀でいらして、また知識欲旺盛で、常に机に向かっていることに何ら苦痛をお感じにならない方でございました。
家庭教師が口を極めてお兄上ばかりを褒めるのを、面白くないとお思いでいらっしゃったのでしょう。
悪さばかりして、手の付けられない悪童でございました」
アドルナートの言葉に、エルヴィーノ様は明後日の方を向いて頬を掻く。
アドルナートは少し微笑み、また話し始める。
「キアッフレード様には、生まれた時からの許嫁がいらっしゃいました。
公爵令嬢のフィアンメッタ様…エルヴィーノ様とステファノ様のお母上でいらっしゃいます。
それは美しいお方で、社交界の華でいらっしゃいました。
首都の貴公子の誰もが憧れる存在だったのでございます」
「アルフレード様も、フィアンメッタ様を熱烈に愛しておられました。
フィアンメッタ様がどう思われていたのかは、わたくしのような使用人には判りかねますが…
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