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第四章 謎解き
17.ヴァネッサの話
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朝食を済ませると、エルヴィーノ様は今日はいろいろとやることがあるから、夕食をまた一緒に摂ろうと言って、私をまた抱きしめて「愛しいクレメンティナ、また後で」と言い、食堂を出て行った。
私はアドルナートに、今日はエセルバート様から連絡が来ているか尋ねると、特に連絡は来ておりませんとの返事だった。
後でサン=バルロッテ館に問合せしましょうと言ってくれた。
だけど、そうなると、私やることないなあ…
そう思いながら、先ほどは部屋に帰されてしまったらしいヴァネッサのところへ行く。
ノックすると「はい」という返事があって「ヴァネッサ?開けて良い?」と問うと、扉が開いてヴァネッサが顔をのぞかせる。
「良かったら私の部屋に来ない?
シエーラのお館様と奥方様にお手紙を書いたらどうかしらと思うんだけど」
私もお母様とレオ兄様にお手紙を書こう。
今までは身バレするのが怖くて、手紙は一切書けなかったのだけど、もう今はそういう障壁はない。
にぃ兄様は、書いていらっしゃるのかしら。
昨日はそういう話は聞かなかったけれど…
ヴァネッサはぱっと顔を輝かせ、それから急に表情を曇らせてうつむく。
「今更…どんなことを書けばいいか判らないわ。
あんなふうに迷惑をかけちゃって、許してはくれないわきっと」
出た。
私は内心、ため息をつく。
ヴァネッサは極度の面倒くさがりで、謝るとか感謝するとかお願いするとかそういう面倒なことは、言い訳を駆使してとことん回避しようとする。
だからこそ、駆け落ちなんてしたのが本当にびっくりだった。
「そういうことを言っていては、シエーラに帰れなくなっちゃうわよ」
「…クレメンティナからも書いて。
それなら大丈夫だと思うから。お願い」
手を合わせるヴァネッサに、私は少し成長を感じて「判ったわ」と頷いた。
二人で私の部屋に行く。
「わぁ…すごいお部屋!」
入るなり、ヴァネッサは歓声をあげる。
私には分不相応すぎる立派な貴婦人のような室礼の部屋の、真ん中に立ってぐるりと周りを見回している。
「クレメンティナは、あのお貴族様…侯爵様?と結婚するの?」
無邪気な問いに、私は答えに窮する。
「あんなに立派なお貴族様と従姉妹だったなんて…
全然知らなかったわ。
だってステファネッリって、あまりお金がありそうじゃなかったし」
それはまあ、あなたのお父様のせいでもあるんだけどねえ。
領地の規模からいえばおかしいほどの重税を課せられているのよ。
複雑な私の表情をどう読み取ったのか、ヴァネッサは慌てたように言い足す。
「あ、でも、ステファネッリ一家は、皆、すごい教養があって礼儀も完璧だし、お父様はいつも悔しがっていたわ。
お母様はいつも、クレメンティナの綺麗な所作や知識欲を見習なさいって言っていたし」
私が勧めた椅子に腰かけながら、ヴァネッサはため息をついた。
「さっき、あの…エルヴィーノ様?は、ホントにクレメンティナが大好きって感じで、あたしのことなんか部屋の家具ほどにも気にかけてないんだなあと思った」
「あ、ごめんなさい、あれはちょっと…」
先ほどのエルヴィーノ様の態度を思い出して、私は恐縮する。
下々の者に対する、高貴な上つ方の振る舞いそのものだった。
初対面の時の私や、アドルナート、バルトロにもあんなに優しかったのに。
「違うの。
やっぱり、あたしとクレメンティナは生まれからして違うんだなって思ったの。
エルヴィーノ様に助けられたのがあたしだったら、娼婦とはいかないまでも、せいぜい下働きの小女くらいにしかしてもらえてない。
あたしは、クレメンティナみたいな気高さとか気品みたいなものは、生まれつき持ってないのよ。
あたしのお父様がクレメンティナのお父様のようには、逆立ちしてもなれないみたいに」
そう言って私が用意したレターセットの中から、便箋を一枚とって、ペンにインクをつけた。
「クレメンティナのことは好きだったけど、厳しく言われるのが嫌だった。
いつも正しいクレメンティナに、息が詰まりそうになる時があった。
でも、こうなってみると…あたしがやっぱり間違ってたんだと思う。
自分を律するのって大事なんだってよく判ったわ。
娼婦たちと過ごすのも意外と楽しかったけど、そこに完全に埋没するのも無理だった」
便箋に向かって文字を書き始める。
「字すら書けない、読めない底辺の人たちの人生観ってすさまじかった。
あたし、シエーラに帰ったら、セノフォンテのように人に文字や計算を教えたりしたいと思うの。
もっと皆が、幸せになれるように、教会にも真面目に行って奉仕したい」
急に老成したような、大人びた表情でぽつぽつと語るヴァネッサの話に、私は言葉も出ずただ聞き入っていた。
きっと言葉では言い表せないような、苦しい辛酸を舐めたのだろう。
だけどそこからこうやって、しっかりと自分の生き方をつかみ取ろうとしているヴァネッサを尊敬した。
「私もお手伝いするわ」
気づくと私はそう言って、ヴァネッサの髪を撫でていた。
「え?でも、クレメンティナは…」
「エルヴィーノ様のことは、好きなのかどうなのか、まだ私にもよく判ってなくて。
実はお返事は保留している状態なの。
エルヴィーノ様の距離感に、戸惑ってるのよね…」
私は正直に言って、ため息をつく。
ヴァネッサは「え~~?」と驚いたように声を上げ、しばらく口を開けたまま固まっていたが、やがて可笑しそうに笑いだした。
「なんかそれ、すっごいクレメンティナっぽい!
恋したことないよね、クレメンティナって!
ウケる~~」
「そ、そんな言い方しなくても…」
困り果てる私に、ヴァネッサは可笑しそうに笑い続けていた。
私はアドルナートに、今日はエセルバート様から連絡が来ているか尋ねると、特に連絡は来ておりませんとの返事だった。
後でサン=バルロッテ館に問合せしましょうと言ってくれた。
だけど、そうなると、私やることないなあ…
そう思いながら、先ほどは部屋に帰されてしまったらしいヴァネッサのところへ行く。
ノックすると「はい」という返事があって「ヴァネッサ?開けて良い?」と問うと、扉が開いてヴァネッサが顔をのぞかせる。
「良かったら私の部屋に来ない?
シエーラのお館様と奥方様にお手紙を書いたらどうかしらと思うんだけど」
私もお母様とレオ兄様にお手紙を書こう。
今までは身バレするのが怖くて、手紙は一切書けなかったのだけど、もう今はそういう障壁はない。
にぃ兄様は、書いていらっしゃるのかしら。
昨日はそういう話は聞かなかったけれど…
ヴァネッサはぱっと顔を輝かせ、それから急に表情を曇らせてうつむく。
「今更…どんなことを書けばいいか判らないわ。
あんなふうに迷惑をかけちゃって、許してはくれないわきっと」
出た。
私は内心、ため息をつく。
ヴァネッサは極度の面倒くさがりで、謝るとか感謝するとかお願いするとかそういう面倒なことは、言い訳を駆使してとことん回避しようとする。
だからこそ、駆け落ちなんてしたのが本当にびっくりだった。
「そういうことを言っていては、シエーラに帰れなくなっちゃうわよ」
「…クレメンティナからも書いて。
それなら大丈夫だと思うから。お願い」
手を合わせるヴァネッサに、私は少し成長を感じて「判ったわ」と頷いた。
二人で私の部屋に行く。
「わぁ…すごいお部屋!」
入るなり、ヴァネッサは歓声をあげる。
私には分不相応すぎる立派な貴婦人のような室礼の部屋の、真ん中に立ってぐるりと周りを見回している。
「クレメンティナは、あのお貴族様…侯爵様?と結婚するの?」
無邪気な問いに、私は答えに窮する。
「あんなに立派なお貴族様と従姉妹だったなんて…
全然知らなかったわ。
だってステファネッリって、あまりお金がありそうじゃなかったし」
それはまあ、あなたのお父様のせいでもあるんだけどねえ。
領地の規模からいえばおかしいほどの重税を課せられているのよ。
複雑な私の表情をどう読み取ったのか、ヴァネッサは慌てたように言い足す。
「あ、でも、ステファネッリ一家は、皆、すごい教養があって礼儀も完璧だし、お父様はいつも悔しがっていたわ。
お母様はいつも、クレメンティナの綺麗な所作や知識欲を見習なさいって言っていたし」
私が勧めた椅子に腰かけながら、ヴァネッサはため息をついた。
「さっき、あの…エルヴィーノ様?は、ホントにクレメンティナが大好きって感じで、あたしのことなんか部屋の家具ほどにも気にかけてないんだなあと思った」
「あ、ごめんなさい、あれはちょっと…」
先ほどのエルヴィーノ様の態度を思い出して、私は恐縮する。
下々の者に対する、高貴な上つ方の振る舞いそのものだった。
初対面の時の私や、アドルナート、バルトロにもあんなに優しかったのに。
「違うの。
やっぱり、あたしとクレメンティナは生まれからして違うんだなって思ったの。
エルヴィーノ様に助けられたのがあたしだったら、娼婦とはいかないまでも、せいぜい下働きの小女くらいにしかしてもらえてない。
あたしは、クレメンティナみたいな気高さとか気品みたいなものは、生まれつき持ってないのよ。
あたしのお父様がクレメンティナのお父様のようには、逆立ちしてもなれないみたいに」
そう言って私が用意したレターセットの中から、便箋を一枚とって、ペンにインクをつけた。
「クレメンティナのことは好きだったけど、厳しく言われるのが嫌だった。
いつも正しいクレメンティナに、息が詰まりそうになる時があった。
でも、こうなってみると…あたしがやっぱり間違ってたんだと思う。
自分を律するのって大事なんだってよく判ったわ。
娼婦たちと過ごすのも意外と楽しかったけど、そこに完全に埋没するのも無理だった」
便箋に向かって文字を書き始める。
「字すら書けない、読めない底辺の人たちの人生観ってすさまじかった。
あたし、シエーラに帰ったら、セノフォンテのように人に文字や計算を教えたりしたいと思うの。
もっと皆が、幸せになれるように、教会にも真面目に行って奉仕したい」
急に老成したような、大人びた表情でぽつぽつと語るヴァネッサの話に、私は言葉も出ずただ聞き入っていた。
きっと言葉では言い表せないような、苦しい辛酸を舐めたのだろう。
だけどそこからこうやって、しっかりと自分の生き方をつかみ取ろうとしているヴァネッサを尊敬した。
「私もお手伝いするわ」
気づくと私はそう言って、ヴァネッサの髪を撫でていた。
「え?でも、クレメンティナは…」
「エルヴィーノ様のことは、好きなのかどうなのか、まだ私にもよく判ってなくて。
実はお返事は保留している状態なの。
エルヴィーノ様の距離感に、戸惑ってるのよね…」
私は正直に言って、ため息をつく。
ヴァネッサは「え~~?」と驚いたように声を上げ、しばらく口を開けたまま固まっていたが、やがて可笑しそうに笑いだした。
「なんかそれ、すっごいクレメンティナっぽい!
恋したことないよね、クレメンティナって!
ウケる~~」
「そ、そんな言い方しなくても…」
困り果てる私に、ヴァネッサは可笑しそうに笑い続けていた。
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