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第五章 宮廷
1.嘆き
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アレク様が慌ただしく帰っていき、私はエルヴィーノ様のお邸に行くか、このサン=バルロッテ館に残るか、迷っていた。
アレク様はここにいろって仰ったし、ジョルジーニやアリアンナやその他の使用人たちもこの2日間何事もなかったように、いつものように私に接してくれた。
だけど、夕食も一緒に、と朝仰っていたエルヴィーノ様に何も言わずに出てきてしまったし、急にいなくなってしまって、アドルナートやブリーツィオとかが心配していたらいけないなあ…と考えて、とりあえず一度エルヴィーノ様のお邸に行こうと思っていたところに。
ジョルジーニが慌てた様子で部屋の扉をノックして入ってきた。
「クラリッサ様、エルヴィーノ様のお邸から、お迎えの者が参っております。
それが…ちょっと、怪我をしておりまして」
いつになく歯切れの悪い言い方のジョルジーニの態度や、その話の内容の物騒さに私は驚いて「えっ、大丈夫なの?」と立ち上がって一緒に部屋を出た。
「バルトロ!」
裏口の扉に身体を凭せかけて、肩で息をしている人物に、私は驚いて駆け寄る。
「あ…クラリッサ…」
顔を上げたバルトロの唇の端から血が滴っていて、頬はひどく腫れあがり、私が触れると痛そうに顔を歪めた。
「どうしたの?!
事故にでも遭った?」
とにかく手当を、という私に、バルトロは強く首を振る。
「ディーノの伝言を…クラリッサに伝えたことが、隊長にバレて思い切り殴られた。
絶対にクラリッサを連れて帰って来いと鞘付きの剣で打たれた。
隊長が半狂乱になってるから、帰ってきてくれないか」
見ると、身体のあちこちにも怪我をしているようだった。
「ごめんなさいね、バルトロは全然悪くないのに…
そちらに行こうと思っていたのよ」
私はジョルジーニが用意してくれた馬車に、遠慮するバルトロを一緒に乗せてエルヴィーノ様のお邸へ行った。
「お帰りなさいませ!
クレメンティナ様!」
邸に着いて馬車を降りるなり、ブリーツィオが飛び出してきて、私の手を取って引っ張るようにエルヴィーノ様の居室へ向かった。
私は、エルヴィーノ様にどう説明しようかと、考える暇もあまりないままに、部屋の前に連れて行かれた。
「エルヴィーノ様、クレメンティナ様が」
ブリーツィオが言い終わらないうちに扉がばんっと開いて、エルヴィーノ様が真っ青な顔で「クレメンティナ!」と叫びながら私に駆け寄って抱きしめた。
「エルヴィーノ…様、くるしい…」
私は抱きしめる力のあまりの強さに身をよじりながら呻く。
しかしエルヴィーノ様は私を抱きしめたまま持ち上げるようにして、部屋の中へ入ってソファに投げ出すように座らせ、私の前に跪いた。
鬘を取って乱れた自毛の間から見える瞳に狂気が宿っていて、私は恐ろしくて身を縮める。
「あの…バルトロを叱らないで」
「アレクと!何があった!」
噛みつくように尋ねるエルヴィーノ様の声音に、怒りだけではない、悲しみの色が混ざっているのに、私は胸を衝かれる。
きちんと話さなければ。
エルヴィーノ様の、こんなに真剣なお気持ちに、ちゃんと向き合わなければ。
私は居住まいを正して、エルヴィーノ様に正面から向き合った。
「わたくしは、エルヴィーノ様と結婚することはできません。
何故ならわたくしは、アレク様をお慕いし」
「やめろっ!」
言葉の途中で両目をぎゅっと閉じたエルヴィーノ様は叫ぶ。
私の両手を取り、ご自分の額に押しあてて、呻くように言う。
「何故だ…どうして、俺じゃなくてアレクなんだ。
身分が上だからか?
莫大な資産を持っているからか?
血筋のせいか?」
「アレク様が、どこのどなたなのか、わたくしは存じません。
アレク様も未だに『クラリッサ』とお呼びになります。
ですから、地位とか身分などではなく、アレク様のお人柄そのものに惹かれたのです」
「…サン=バルロッテ館にいる間に、何があったんだ?
アレクは最初からお前を気に入っていた。
あいつは人の好き嫌いが激しくて、女は特に、女だというだけで寄せ付けないほどに嫌っていたのに」
理解できないというように、首を横に振っている。
「特に、何があったということはございません。
わたくしがおります間に、アレク様がサン=バルロッテ館にいらっしゃったことは、片手で数えるほどしかございませんし。
でも、日々、お心遣いをいただき、そのお優しさに気づいたら」
「もういい。
なんで惚気を聴かされなきゃならないんだ」
私の両手を離さないまま、エルヴィーノ様は腹立たしそうに言い、両手に力を籠める。
「やっぱり、アレクにクレメンティナを預けるんじゃなかった。
どんなことをしても、アドルナートにこの邸に連れてこさせるんだった…
今までどんなことにも本気になれず、山賊討伐隊でも全然真面目にやってなかった報いか」
そう言って私の手を離し、そのまま両手でご自分の顔を覆ってしまった。
「今日はアレクや味方の重鎮たちと打ち合わせに行っていた。
なかなかアレクが現れなくて(いつものことだが)、仕方ないから他の人たちと打ち合わせを済ませて戻ってきたらお前がいなくて…
誰に訊いても知らないと言うし、探し回っていたら、バルトロが、クラリッサはサン=バルロッテ館に行ったと…」
「一瞬、本当に目の前が真っ暗になって、気づいたらバルトロを殴っていた。
頭の中が血でいっぱいになったように、赤い視界の中でバルトロに剣の鞘を何度も何度も打ち下ろして打擲していた。
抵抗できない人間に対して俺は…」
苦しげに言って静かに泣き出す。
私は言葉のかけようもなく、エルヴィーノ様の頭を撫でながら一緒に涙を流した。
ごめんなさい、私のせいで…
アレク様はここにいろって仰ったし、ジョルジーニやアリアンナやその他の使用人たちもこの2日間何事もなかったように、いつものように私に接してくれた。
だけど、夕食も一緒に、と朝仰っていたエルヴィーノ様に何も言わずに出てきてしまったし、急にいなくなってしまって、アドルナートやブリーツィオとかが心配していたらいけないなあ…と考えて、とりあえず一度エルヴィーノ様のお邸に行こうと思っていたところに。
ジョルジーニが慌てた様子で部屋の扉をノックして入ってきた。
「クラリッサ様、エルヴィーノ様のお邸から、お迎えの者が参っております。
それが…ちょっと、怪我をしておりまして」
いつになく歯切れの悪い言い方のジョルジーニの態度や、その話の内容の物騒さに私は驚いて「えっ、大丈夫なの?」と立ち上がって一緒に部屋を出た。
「バルトロ!」
裏口の扉に身体を凭せかけて、肩で息をしている人物に、私は驚いて駆け寄る。
「あ…クラリッサ…」
顔を上げたバルトロの唇の端から血が滴っていて、頬はひどく腫れあがり、私が触れると痛そうに顔を歪めた。
「どうしたの?!
事故にでも遭った?」
とにかく手当を、という私に、バルトロは強く首を振る。
「ディーノの伝言を…クラリッサに伝えたことが、隊長にバレて思い切り殴られた。
絶対にクラリッサを連れて帰って来いと鞘付きの剣で打たれた。
隊長が半狂乱になってるから、帰ってきてくれないか」
見ると、身体のあちこちにも怪我をしているようだった。
「ごめんなさいね、バルトロは全然悪くないのに…
そちらに行こうと思っていたのよ」
私はジョルジーニが用意してくれた馬車に、遠慮するバルトロを一緒に乗せてエルヴィーノ様のお邸へ行った。
「お帰りなさいませ!
クレメンティナ様!」
邸に着いて馬車を降りるなり、ブリーツィオが飛び出してきて、私の手を取って引っ張るようにエルヴィーノ様の居室へ向かった。
私は、エルヴィーノ様にどう説明しようかと、考える暇もあまりないままに、部屋の前に連れて行かれた。
「エルヴィーノ様、クレメンティナ様が」
ブリーツィオが言い終わらないうちに扉がばんっと開いて、エルヴィーノ様が真っ青な顔で「クレメンティナ!」と叫びながら私に駆け寄って抱きしめた。
「エルヴィーノ…様、くるしい…」
私は抱きしめる力のあまりの強さに身をよじりながら呻く。
しかしエルヴィーノ様は私を抱きしめたまま持ち上げるようにして、部屋の中へ入ってソファに投げ出すように座らせ、私の前に跪いた。
鬘を取って乱れた自毛の間から見える瞳に狂気が宿っていて、私は恐ろしくて身を縮める。
「あの…バルトロを叱らないで」
「アレクと!何があった!」
噛みつくように尋ねるエルヴィーノ様の声音に、怒りだけではない、悲しみの色が混ざっているのに、私は胸を衝かれる。
きちんと話さなければ。
エルヴィーノ様の、こんなに真剣なお気持ちに、ちゃんと向き合わなければ。
私は居住まいを正して、エルヴィーノ様に正面から向き合った。
「わたくしは、エルヴィーノ様と結婚することはできません。
何故ならわたくしは、アレク様をお慕いし」
「やめろっ!」
言葉の途中で両目をぎゅっと閉じたエルヴィーノ様は叫ぶ。
私の両手を取り、ご自分の額に押しあてて、呻くように言う。
「何故だ…どうして、俺じゃなくてアレクなんだ。
身分が上だからか?
莫大な資産を持っているからか?
血筋のせいか?」
「アレク様が、どこのどなたなのか、わたくしは存じません。
アレク様も未だに『クラリッサ』とお呼びになります。
ですから、地位とか身分などではなく、アレク様のお人柄そのものに惹かれたのです」
「…サン=バルロッテ館にいる間に、何があったんだ?
アレクは最初からお前を気に入っていた。
あいつは人の好き嫌いが激しくて、女は特に、女だというだけで寄せ付けないほどに嫌っていたのに」
理解できないというように、首を横に振っている。
「特に、何があったということはございません。
わたくしがおります間に、アレク様がサン=バルロッテ館にいらっしゃったことは、片手で数えるほどしかございませんし。
でも、日々、お心遣いをいただき、そのお優しさに気づいたら」
「もういい。
なんで惚気を聴かされなきゃならないんだ」
私の両手を離さないまま、エルヴィーノ様は腹立たしそうに言い、両手に力を籠める。
「やっぱり、アレクにクレメンティナを預けるんじゃなかった。
どんなことをしても、アドルナートにこの邸に連れてこさせるんだった…
今までどんなことにも本気になれず、山賊討伐隊でも全然真面目にやってなかった報いか」
そう言って私の手を離し、そのまま両手でご自分の顔を覆ってしまった。
「今日はアレクや味方の重鎮たちと打ち合わせに行っていた。
なかなかアレクが現れなくて(いつものことだが)、仕方ないから他の人たちと打ち合わせを済ませて戻ってきたらお前がいなくて…
誰に訊いても知らないと言うし、探し回っていたら、バルトロが、クラリッサはサン=バルロッテ館に行ったと…」
「一瞬、本当に目の前が真っ暗になって、気づいたらバルトロを殴っていた。
頭の中が血でいっぱいになったように、赤い視界の中でバルトロに剣の鞘を何度も何度も打ち下ろして打擲していた。
抵抗できない人間に対して俺は…」
苦しげに言って静かに泣き出す。
私は言葉のかけようもなく、エルヴィーノ様の頭を撫でながら一緒に涙を流した。
ごめんなさい、私のせいで…
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