身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第五章 宮廷

15.シエーラの内紛

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 レオ兄様は、声を出そうと口を開いたが、緊張でかすれてしまって慌てて咳払いした。
 「…大公陛下、父の侯爵への復権と名誉を回復してくださり、誠に有難うございます。
 亡き父に代わりまして、厚く御礼申し上げます」
 レオ兄様とお母様、にぃ兄様が深く頭を下げた。
 私も一緒に頭を下げる。

 顔を上げたレオ兄様は、自分を励ますように両手をぐっと握りしめ、話し出した。
 「そして私ごとき若輩者に、中央の侯爵の重責をお預けくださるというお言葉を賜り、身に余る光栄であります。
 しかし…私は、ご覧の通り南部の田舎者でございます。
 首都ピストリアで大公陛下のお傍に侍り、政治の中枢を担うなどということは、器量不足でございます。
 何卒、バルダッサーレ様にお願いいたしたく存じます」

 広間の聴衆がざわざわとざわめく。
 まさか、大公様から賜った中央の侯爵の地位を蹴るなんて、信じられないということなのだろう。
 ま…そうかもしれないなあ…
 だけど、そういうこと一番、仰りそうなお母様も顔を伏せて黙ったままだ。

 「それに、先ほどお聞きしました、叔父上と隣国との結託による、シエーラの蜂起という言葉が頭を離れません。
 豪族領主というのは、ペデルツィーニのことでしょうか。
 シエーラ一帯は、元々は私どもステファネッリ家が治めておりました。
 母の先々代に、ペデルツィーニ家に陥れられて奪われてしまいましたが、私どもはそこにずっと根を張り生きてまいりました」

 叔父上と言われて、ヴァラリオーティ(前)侯爵様は顔を上げ、力なくうなずいた。
 「ペデルツィーニ…と言ったと思う。
 自分では伯爵相当とやら言っていたが、どうも歯切れが悪かった。
 粗野で乱暴な感じの、色黒で太っていていつも噛みタバコを噛んでいる奴だ。
 南部のやつは皆そんな感じなのかと思ったが…さすが兄上と、義姉上だ。
 子供たちは皆、中央でも通用するほど立派に育っているな…」

 私の脳裏に、お館様と呼んでいた男の脂ぎった下品な顔が浮かんだ。
 最低最悪だわあの男…
 奥方様はご無事かしら。
 ヴァネッサを連れて帰っていいものなのかな、迷うわ。

 お母様は、最後の言葉に驚きまた感激したように両手を口に当てて、それからお辞儀した。
 レオ兄様はお母様の肩をぽんぽんと優しく叩いて、言葉を続ける。
 「私はすぐにもシエーラへ帰って、その蜂起を収め、またバルダッサーレ様やエルヴィーノ様のお力もお借りして、シエーラを守りたいと思っております。
 私の故郷はシエーラで、私はシエーラの土地を、人を愛しております。
 離れることは考えられません」

 握りしめた両手に力を込めて、レオ兄様は言葉を絞り出す。
 「故郷の家には今、身重の妻がひとりで農作業と家畜の世話をしております。
 今こうしている間にも、妻と子供の身に何かあったらと思うと…」

 えっ!!
 私とにぃ兄様は思わず顔を見合わせ、それからレオ兄様に視線を移した。
 そうか、婚約者の村娘とご結婚なさったのね。
 お腹に赤ちゃんが…それは、すぐにでも帰らないと。
 
 「そうか、そういうことなら、ヴァラリオーティ侯爵家は存続、当主はバルダッサーレということに致そう。
 追って書面にて正式に通知する」
 アレク様はそう言って、ヴァラリオーティ(前)侯爵様は頭を下げた。
 「ありがとうございます…
 陛下の温情を生涯忘れません」

 「べつにそなたのためではない。
 礼を言うなら、甥に言うんだな」
 冷たく言って、アレク様はレオ兄様に優しく声をかけた。

 「レオンツィオ、そなたがすぐにもシエーラに帰りたい気持ちは判るが…もうしばし、つきあってもらいたい。
 これからが今日のメインイベントだ」
 その言葉を合図にしたように、大きな松明のような明かりがバルコニーに運び込まれ、教皇様が前に出てくる。
 
 大公妃様はお疲れになってしまわれたのか、だいぶ前から椅子に腰かけていらっしゃったが、アレク様の言葉で立ち上がった。
 その後ろに、エセルバート様の大きな体躯が見えて、私はびっくりして目を見開く。
 エセルバート様は私を見て、お茶目に片目をつぶった。
 あ、…ウィンクか、あれ…

 「今日は、愛妾候補全員に集まってもらった。
 今までさんざん引き延ばしてきたが、今日この場で最終的に決めようと思う」
 バルコニーの突端に立ったアレク様は、凛とした声を張った。

 私はバルコニーから飛び降りてしまいたい衝動に駆られた。
 だって…アレク様は私を愛していると仰ったのに。
 愛妾を私の、お妃様の目の前で決めるって、どういうこと?
 

 
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