身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第五章 宮廷

19.家族

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 部屋の中に入ると「クレメンティナ!」と大きな声がして、お母様が駆け寄ってきた。
 私も「お母様!」と駆け出し、私たちは固く抱き合った。

 レオ兄様も傍に来て「クレメンティナ、よく無事で…」と私の背を撫でながら涙声で言う。
 「レオ兄様、ご心配かけました…」
 しがみついてくるお母様の背を撫でて私が顔を上げると、レオ兄様は「いやいや」と首を横に振る。

 「元はといえば、私が日々の租税や重労働から家族を開放したくて(もちろん、自分もラクになりたかった)、あのペデルツィーニなんかの言葉にうかうかと乗せられたのが悪かったんだ。
 あんなやつ、信じても良いかと、一瞬でも思った私が浅はかだった。
 まさかこんなことになるなんて…セノフォンテも無事で、本当に良かった。
 父上に何と申し開きしたらよいかと…毎日自分を責めて、ご自分もお辛いだろうに、母上にまでご心配をかけた」

 お母様も顔を上げて、涙の伝う頬を少し笑わせて、私の髪を撫でた。
 「クレメンティナの供をして行った御者たちが山賊が出たと言って命からがら帰ってきて。
 あの日、ペデルツィーニの館から薬を盛られたレオンツィオを担いで帰ってきて、そのまま家を飛び出して行ったセノフォンテも帰って来なくて。
 本当に、生きた心地がしなかったわ。
 レオンツィオがあんなに落ち込むのを初めて見て、げっそり痩せてしまって小作人たちからも心配されて…」

 「でもわたくしは、あなたとセノフォンテは絶対に生きていると思っていた。
 わたくしとキアッフレードの可愛い子供たちが、こんなことで人生に負けるわけはない。
 だから、あなたたちが元気に帰ってくる家をしっかり守っておかなくちゃと」

 力強く言うお母様に、私は、ああ、本当にお母様に会えたんだと、変に安堵した。
 お母様は、いつでもお母様だ。
 お父様亡き後、ひとりで子育てしながら家の仕事も全部やって、ステファネッリ家の名前と領地を守ってきた『シエーラの女丈夫』こと女子爵バイカウンテスはずっと健在だわ。

 「母上に尻を叩かれる感じで、結婚した。
 カルロッタもクレメンティナとセノフォンテのことはすごく心配していた。
 今ではクレメンティナと同じくらいよく働いてくれているよ」
 「!!そうよ!
 さっき、すごいビックリしたわ! 
 おめでとうございます、レオ兄様」

 私が大きな声で言うと、レオ兄様は照れたように「ありがとう」と笑った。
 わぉ、いつも厳ついレオ兄様が、こんな顔なさるのねぇ…
 カルロッタ義姉様ってどんな方なのかしら。
 ざっくりとしたことしか知らないから、ゆっくりお話してみたいわ。

 「明日には帰られてしまうそうだよ。
 私も一緒にシエーラに戻ろうと思っている」
 今まで黙ってお母様の後ろにいたにぃ兄様が口を開く。

 「ペデルツィーニが、隣国ラ・カドリナの豪族と手を組んで、ラ・カドリナの兵が国境を越えてシエーラに入り込み、今、シエーラは混乱してるんだ。
 主だった貴族たちは応戦しているが…逃げ出す者も出始めている。
 私たちのような農兵では、職業軍人には太刀打ちできない」
 レオ兄様が苦渋の表情で話す。

 「今回、私と母上が、カルロッタだけを置いて首都に来たのは、もちろん、クレメンティナとセノフォンテに会うためだけれど。
 あともうひとつ理由があって。
 大公陛下に、もしもお目通りが叶ったら、シエーラに派兵して援護を嘆願するためだったんだ」

 そう言ってふうとため息をつく。
 「手紙では詳しい話はできないって、セノフォンテからの文に書いてあったから、取るものも取り敢えず、母上と励まし合いながら首都に来たんだが…」

 「もしかしたら、生きてはいても酷い境遇に置かれているのではないかと危惧していたのだが。
 まさか、セノフォンテが自分の出自を知って、クレメンティナが大公妃になるなんて展開は考えたこともなかった」

 それは…私もそう。
 私は思わず知らず、深くうなずいていて、レオ兄様とにぃ兄様に笑われてしまう。

 「詳しい経緯はセノフォンテから聞いた。
 エルヴィーノ様や陛下のお陰でお前が生き延びて、こんな境遇に置かれるとは、ちょっと信じられないけど。
 父上と神のお導きだったんだな」

 「わたくしも、シエーラに帰ります」
 レオ兄様の言葉にまたうなずいて私が言うと、その場がえっ?という空気になった。

 「だって、わたくしはにぃ兄様とヴァネッサと一緒にシエーラに帰る、それだけをずっと考えてこの5ヶ月を過ごして来たのですもの。
 シエーラが戦場になっていて、レオ兄様のお嫁様がおひとりで家にいらっしゃるなんて伺ったら、尚更帰らなくては」

 自分の馬だって居るんだし。
 すぐにも帰りたい。

 驚愕する家族の顔を不審に思って見ていると、背後から可笑しそうに笑う、低い声が聞こえた。
 「落ち着けクラリッサ。
 そなたの気持ちは判ったが…それは許可できぬ」

 
 
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