身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第六章 シエーラの戦闘

6.ダイアナ様

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 晩夏の風が吹き抜ける窓辺に立っていたダイアナ様は、透き通るように白いお肌と、緩やかに風に舞う薄い生地のドレス、それに華奢で捉えどころのない雰囲気を醸し出していて、まるでこの世の者ならざる者のようだった。

 ダイアナ様は「あら、陛下も…?」と驚いたように呟いて、慌ててお辞儀する。
 エセルバート様がわははと空気を震わせて笑い「先程、使いの者がそう申しておりましたよ」と言った。
 「まあ、そうだったかしら」
 ダイアナ様は可愛らしく首を傾げる。

 そして私の方へ近づいてきて、「今朝はごめんなさい。大事な時間をお邪魔してしまって」と申し訳なさそうに微笑んだ。
 私は「とんでもないことでございます。わたくしのほうこそ、大変失礼を申し上げました」とお辞儀した。

 「そんなに畏まらないでちょうだい。
 わたくしは、あなたとお友達になりたいと思っているのだから」
 ね?アレク様、とダイアナ様はアレク様を見上げてニコッと微笑む。
 
 アレク様もダイアナ様を見下ろし、苦笑してうなずいた。
 「意外と似ているみたいだから、仲良くなれるんじゃないか?」
 
 ええ~?
 私はお二人の会話の意味がまったく理解できず、困惑して立ち尽くす。
 ダイアナ様と私が、お友達…??
 昨夜、あんな風に国民の面前で婚姻の破棄を宣言されて、気を失いそうになっていたのに…
 その後すぐに、私がお妃として、教皇様に祝福をいただいた。
 そんな二人が、お友達になんて、なれるのかしら?
 私がどうこうではなく、ダイアナ様の心情として。

 「ほら、クラリッサが訳わかんないという顔してるぞ。
 可哀想だから説明してやれよ」
 くっくっと笑ってアレク様は私の肩を抱く。

 ダイアナ様もくすくすと笑って、私の両手を取り、お茶と軽い食事の支度のしてあるテーブルへといざなった。
 「一緒にいただこうと思って、里で流行っているというアフタヌーン・ティーを用意してみたの。
 クラリッサのお菓子もあるのよ」

 「里」って、グレート・スカイルランド国か…
 あそこは、このダリスカーナ大公国に比肩する、現代文化の発祥の地よね。
 王家ではなく、富豪で政治家の一家にお生まれだと、さっきアレク様から聞いた。
 だからかな、名前だけ貴族の、思い切り庶民の私と肌感覚が合いそう。

 「…と、あ、そうだわ。
 その前にお礼を言わなくちゃね」
 突然足を止めてダイアナ様はくるりと振り返り、美しいお辞儀カーテシーを披露する。

 「アレク様、この度は、離縁してくださってありがとうございました。
 まさか本当に、こんなにうまくいくとは思っていなかったので、嬉しくて。
 それから、クラリッサ。
 アレク様のプロポーズに応えてくださってありがとう。
 アレク様がお幸せになることがわたくしの願いだったから、あなたがアレク様を好きになってくださって安堵しましたわ」

 …まったく、なにを、仰っているのか判らない。
 どういう話なんだろうこれは。

 ぼんやりと佇む私に、アレク様は爆笑する。
 「ほら、クラリッサ。
 とりあえず座ろう。
 まったく、ダイアナの話術には毎回笑わされるなあ…
 宮廷の重鎮たちの前でもこんなかんじだから、俺はいつも笑いをこらえるのが大変なんだよ」

 椅子に腰かけて、ダイアナ様付きの執事が、手早く熱々のお茶を注いでくれる。
 ダイアナ様はお茶を口に含んで、私の方を見てにこっと微笑む。

 「最初から話すわね。
 わたくしは、グレート・スカイルランド国、ヘザリントン家の出身です」

 ヘザリントン家…
 私は内心、息を呑む。
 グレート・スカイルランド国のみならず、世界中を股にかけて商売する一族。
 過去には何度か教皇様も出した、世界一の名門一族のお嬢様なんだ…
 言うまでもなく、途方もないお金持ちで、世界中に領地があり、国のようになっているところもある。

 「一応、本家の娘なのだけれど…
 本当は長姉が、このダリスカーナ大公国へ嫁いでくるはずだったの。
 だけど、長女、次女、三女のお姉様方は、その時々の国政や諸外国との関係によって、コロコロ嫁入り先を変えられて、それぞれ別の国や、国内の主だった貴族に嫁がされてしまって、四女のわたくしにお鉢が回ってきた」

 ん~ああ~…
 そういうこともあるだろうなあ、ここまでの重鎮であり富裕層だと…
 ご当主も当然、国の中枢を担う政治家でいらっしゃるだろうし。

 ダイアナ様はそこで小さくため息をつき、薄く切ったパーネで具材を挟んだ、不思議な食べ物を口に運んだ。
 私の隣に陣取ったアレク様も同じものをパクパク食べて、思い出したように私の口にも入れる。
 わあなんだろこれ…美味しい。
 パーネがしっとりして、挟んである野菜やハムとすごく合う。

 「わたくしは、幼いころからすごく好きな方がいて…
 4~5歳のころに、お父様に命がけでお願いして、婚約者にしていただいたの」
 命がけ?
 首を傾げる私に、アレク様が苦笑いして言う。

 「ハンストして、挙句に窓から飛び降りようとしたそうだ。
 我が強いにもほどがあるよなあ、たった4~5歳で。
 しかも理由が、好きな男と結婚したいって」
 
 うわあ…
 私はパーネを飲み込むことも忘れて、ダイアナ様をみつめた。
 この嫋やかで華奢で美しいお嬢様に、そんな熱いお気持ちが秘められているなんて…

 「クラリッサ、茶を飲め」
 アレク様が甲斐甲斐しく、私の手元にカップを持ってくる。
 
 そんなアレク様と私を見て、ダイアナ様はコロコロと笑った。
 「まあ…アレク様がそんなふうに誰かの世話をお焼きになっていらっしゃるお姿、初めて拝見しましたわ。
 本当にお好きでいらっしゃるのねえ」
 
 感じ入ったような声に、私は赤くなってお茶を飲んだ。
 もう…アレク様といい、エルヴィーノ様といい、何故私の世話を焼きたがるのか…
 そんなに頼りないかなあ、私。

 「彼は、わたくしの幼馴染のお兄様で、貴族でもあり都の中心にいる政治家のご子息なの。
 わたくしの気持ちを、最初は疎ましく思っていらっしゃったのだけど、何年か経つうちに、次第に打ち解けてついには恋人になったの」
 
 ダイアナ様の話は続く。
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