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第六章 シエーラの戦闘
9.戦地の現状
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「クラリッサ、来い」
アレク様は短く言うと、エセルバート様と一緒に足早に部屋を出て行った。
私は、立ちすくむダイアナ様にお辞儀して、急いで後を追う。
アレク様は侍従に耳打ちし、侍従は「畏まりました」と言って広い廊下を走っていく。
「扉のある部屋の方がいいか」
「さようでございますね、できれば」
アレク様は凄い速足で歩きながら、エセルバート様と小さな声で会話を交わす。
引きずられている可哀想な兵士の着ている鎧が、ガシャンガシャンと耳障りな音を立てて廊下に響く。
私はドレスのスカートを持ち上げ、懸命に後を追って走るように歩く。
上等のコルセットで、すごく軽量とはいえ、締め付けられながら走るのはつらい…
先ほどの侍従が待っている部屋の前に着いて、開けられた扉から飛び込むように中に入った。
閉められそうになったドアの隙間から私も中に滑りこんだ。
ここは普段使っていない部屋のようだ。
埃っぽい匂いが漂っている。
「クラリッサ様、よく付いてきましたね」
閉じられたドアの前で大きく深呼吸を繰り返している私を見て、エセルバート様はビックリしたように言った。
「俺のクラリッサだからな、ま、当然だろ」
私の方を見て短く感想を述べたアレク様は、エセルバート様の大きな手から解放されて床にへたり込んでいる兵士の前にかかんだ。
「シエーラで何が起きている?
簡潔に話せ、直に話すことを許す」
「は、はい!
隣国の領主と結託したペデルツィーニが、シエーラの砦を開き、なだれ込んだ敵軍と市街戦に発展しています!
傭兵はもはや役に立たず、敵軍兵士と一緒になってただの略奪者と化しています」
「・・・・」
ぎりっと歯ぎしりし、アレク様は「今朝シエーラに向かった軍はどうなってる!」と噛みつくように訊いた。
「途中ですれ違ったので報告しました!
隊長殿が行軍のスピードを上げ、ご自身は精鋭兵だけを引き連れて更に先に向かうと仰っていました」
アレク様は立ち上がりざまに「弓兵を送る!俺も行くぞ」と大きな声で言った。
先ほどの侍従が黙って一礼し、ぱっと部屋から出て行った。
「ちょ、待ってくださいアレク様!
またですか?!」
大きな目を剥いてエセルバート様がアレク様に詰め寄る。
「山賊討伐隊を援護すると仰って、勝手にお城を出て行ってしまってここがどれだけ大変だったか。
ダイアナ様も懸命に、激昂する貴族たちをなだめていらっしゃった」
「わかっている!
しかし、これは山賊討伐などではない、外国との戦争だ。
わが国の威信がかかっているし、何より領土がどんどん侵食されているのだ、大公として黙って見ていられるか」
「今回は貴族も戦闘に参加させる。
急いで召集しろ、晩餐会にもう集まり始めているだろう、そこで通達すればいい。
急げ、明日明後日には出発する」
そこにいた侍従が皆、ばらばらと部屋を出て行って、部屋の中は私たちだけになる。
エセルバート様は「ご苦労だった、よく休め」と言って疲れ切った様子の兵士に声をかける。
大きな鎧の中でもがくようにして立ち上がり、兵士はガチャガチャ音を立てて礼をしてよろよろと扉の向こうに消えた。
「判りました、アレク様。
今回は私も参加いたします。
傭兵としてお雇いくだされば良い」
エセルバート様は盛大にため息をつき、大きな声で言った。
「えっ…でも、ダイアナの…」
アレク様は驚くと言うより呆気にとられた感じで問う。
「元々は、ダイアナ様にアレク様の護衛を頼まれ申して、海峡を渡ってこの国に来ました。
アレク様は実戦のご経験は少ない。
剣や兵法の師としては、弟子の成長も見届けなくては」
ふんぞり返って腕組みするエセルバート様の腕に手を置いて、アレク様は少し笑って呟いた。
「助かる。あなたなら兵士百人分の戦力に相当する」
私はずっといつ声をかけようかタイミングを見計らっていたが、そこで大きな声を出す。
「わ、わたくしもお供いたします!」
「は?」
必死の表情で声をかけた私を、アレク様とエセルバート様はぽかんとして眺める。
「クラリッサ、何を言ってる」
「そうですよ、新婚でアレク様と離れるのはお寂しいだろうが、あなたは」
「わたくしの故郷の話です!
黙ってこんなところに居るわけにはまいりません!
それに、わたくしだってエセルバート様の弟子でございます。
成長を見届けていただかなくては」
エセルバート様の言葉が終わらないうちに強引に話す私を、お二人は唖然として見つめていたが、やがてどちらからともなくくつくつと笑い出し、大笑した。
「とんでもねえじゃじゃ馬だ。
よし、そこまで言うならついてこい。
足手まといになることは許さぬぞ」
「安全な都に居られれば良いものを…
こんなところ、と評されましたな」
ゲラゲラ笑うお二人の横で、私はぎゅっと拳を握りしめた。
私だって故郷を守る戦士だ。
シエーラの皆、どうか無事で!
アレク様は短く言うと、エセルバート様と一緒に足早に部屋を出て行った。
私は、立ちすくむダイアナ様にお辞儀して、急いで後を追う。
アレク様は侍従に耳打ちし、侍従は「畏まりました」と言って広い廊下を走っていく。
「扉のある部屋の方がいいか」
「さようでございますね、できれば」
アレク様は凄い速足で歩きながら、エセルバート様と小さな声で会話を交わす。
引きずられている可哀想な兵士の着ている鎧が、ガシャンガシャンと耳障りな音を立てて廊下に響く。
私はドレスのスカートを持ち上げ、懸命に後を追って走るように歩く。
上等のコルセットで、すごく軽量とはいえ、締め付けられながら走るのはつらい…
先ほどの侍従が待っている部屋の前に着いて、開けられた扉から飛び込むように中に入った。
閉められそうになったドアの隙間から私も中に滑りこんだ。
ここは普段使っていない部屋のようだ。
埃っぽい匂いが漂っている。
「クラリッサ様、よく付いてきましたね」
閉じられたドアの前で大きく深呼吸を繰り返している私を見て、エセルバート様はビックリしたように言った。
「俺のクラリッサだからな、ま、当然だろ」
私の方を見て短く感想を述べたアレク様は、エセルバート様の大きな手から解放されて床にへたり込んでいる兵士の前にかかんだ。
「シエーラで何が起きている?
簡潔に話せ、直に話すことを許す」
「は、はい!
隣国の領主と結託したペデルツィーニが、シエーラの砦を開き、なだれ込んだ敵軍と市街戦に発展しています!
傭兵はもはや役に立たず、敵軍兵士と一緒になってただの略奪者と化しています」
「・・・・」
ぎりっと歯ぎしりし、アレク様は「今朝シエーラに向かった軍はどうなってる!」と噛みつくように訊いた。
「途中ですれ違ったので報告しました!
隊長殿が行軍のスピードを上げ、ご自身は精鋭兵だけを引き連れて更に先に向かうと仰っていました」
アレク様は立ち上がりざまに「弓兵を送る!俺も行くぞ」と大きな声で言った。
先ほどの侍従が黙って一礼し、ぱっと部屋から出て行った。
「ちょ、待ってくださいアレク様!
またですか?!」
大きな目を剥いてエセルバート様がアレク様に詰め寄る。
「山賊討伐隊を援護すると仰って、勝手にお城を出て行ってしまってここがどれだけ大変だったか。
ダイアナ様も懸命に、激昂する貴族たちをなだめていらっしゃった」
「わかっている!
しかし、これは山賊討伐などではない、外国との戦争だ。
わが国の威信がかかっているし、何より領土がどんどん侵食されているのだ、大公として黙って見ていられるか」
「今回は貴族も戦闘に参加させる。
急いで召集しろ、晩餐会にもう集まり始めているだろう、そこで通達すればいい。
急げ、明日明後日には出発する」
そこにいた侍従が皆、ばらばらと部屋を出て行って、部屋の中は私たちだけになる。
エセルバート様は「ご苦労だった、よく休め」と言って疲れ切った様子の兵士に声をかける。
大きな鎧の中でもがくようにして立ち上がり、兵士はガチャガチャ音を立てて礼をしてよろよろと扉の向こうに消えた。
「判りました、アレク様。
今回は私も参加いたします。
傭兵としてお雇いくだされば良い」
エセルバート様は盛大にため息をつき、大きな声で言った。
「えっ…でも、ダイアナの…」
アレク様は驚くと言うより呆気にとられた感じで問う。
「元々は、ダイアナ様にアレク様の護衛を頼まれ申して、海峡を渡ってこの国に来ました。
アレク様は実戦のご経験は少ない。
剣や兵法の師としては、弟子の成長も見届けなくては」
ふんぞり返って腕組みするエセルバート様の腕に手を置いて、アレク様は少し笑って呟いた。
「助かる。あなたなら兵士百人分の戦力に相当する」
私はずっといつ声をかけようかタイミングを見計らっていたが、そこで大きな声を出す。
「わ、わたくしもお供いたします!」
「は?」
必死の表情で声をかけた私を、アレク様とエセルバート様はぽかんとして眺める。
「クラリッサ、何を言ってる」
「そうですよ、新婚でアレク様と離れるのはお寂しいだろうが、あなたは」
「わたくしの故郷の話です!
黙ってこんなところに居るわけにはまいりません!
それに、わたくしだってエセルバート様の弟子でございます。
成長を見届けていただかなくては」
エセルバート様の言葉が終わらないうちに強引に話す私を、お二人は唖然として見つめていたが、やがてどちらからともなくくつくつと笑い出し、大笑した。
「とんでもねえじゃじゃ馬だ。
よし、そこまで言うならついてこい。
足手まといになることは許さぬぞ」
「安全な都に居られれば良いものを…
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