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第六章 シエーラの戦闘
18.噂
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「デメトリアは、幼子のいるアンナベッラを行かせられないと、志願してくれたのです。
もとはといえば、わたくしがアレク様に同行したいなどと申し出たのが悪いのです。
デメトリアに帰れと仰るなら、わたくしも帰ります」
「クレメンティナ…」
私がきっぱりと言うと、アレク様は困ったように私を見る。
「申し訳ありません!
私が、仕事をちゃんとしておりませんでした。
お妃様は喉が渇いたと仰っていらしたのです!
本当にすみません…
二度といたしませんので、どうか…」
地面に膝をつき、深々と頭を下げて謝罪し懇願するデメトリアに視線を移したアレク様は、やがて大きくため息をついた。
「クレメンティナの愛らしい表情に免じて、今回だけは許してやる。
次はないぞ、判ったな!」
私の髪を撫でながら、アレク様は怖い顔で言う。
「はい!…ありがとうございます!
お妃様、申し訳ございませんでした」
泣き崩れるデメトリアの横に寄り添って、フランシスカがその背を優しくさすった。
「デメトリア、あちらで伯爵様のお食事の給仕をお願いするわ。
ここはわたくしとリーチェがお給仕いたします。
宜しいですわね?アレク様」
フランシスカの言葉に、アレク様は「良きに計らえ」と短く言い、私の横に腰を下ろした。
従者が慌てて椅子を持ってくる。
「アレク様、ありがとうございます」
私がまだちょっとふらつく身体でお礼を言いながら頭を下げると、アレク様は私の方に腕を回して抱き寄せた。
「急にあんなに水を飲んだら、気分が悪くならないか?
食事は摂れそうか?」
私はアレク様の声を間近に聴きアレク様の匂いを感じ、先ほどの言葉を思い出して赤面しながら、首を横に振る。
「頭痛も治まってまいりましたし、大丈夫でございます。
食事もいただきますわ」
私の頭をご自分の胸につけたアレク様は、くっくっと笑い出す。
私はその愉快そうで温かい声の響きにホッとした。
しばらくそうしていると、やがていい匂いが漂ってきて「お待たせいたしました~」と明るい声がした。
「リーチェ!
久しぶり!」
私はがばっと身を起こし、アレク様は「!…おい」と呆れたような声を出す。
「クラ…いえ、あの、お妃様、
お久、しぶりでござ…」
そこで、痛っと言って黙る。
どうやら唇を噛んでしまったらしい。
私とアレク様は笑い出し、私は「今まで通り、クラリッサと呼んでちょうだい」と、顰め面のリーチェに話しかける。
「えーでも、フランシスカ様が…」
兵士が私たちの前に小さなテーブルを据え、リーチェはその上に温かいスープを置きながら口を尖らせる。
リーチェの後ろからカトラリーを運んできたフランシスカは「当然でございますわ」と言って、スプーンをナプキンの上に置いた。
「まあ、リーチェは人前には出ないのだから、いいんじゃないか。
プライベートな空間でこっそり呼ぶ分には」
アレク様が私の首に大きなナプキンをかけながら言う。
「本当にアレク様はリーチェにはお甘いのだから…」
アレク様の背後に回ってナプキンを結びながら、フランシスカはため息交じりに呟いた。
ワインの入ったグラスが置かれ、お祈りをして食事が始まる。
アレク様は意外と敬虔な教徒だった。
いつも十字架を首にかけて、それに祈りを捧げている。
だから、教義を枉げてまで、ご愛妾に子供を産ませることを躊躇ったのだろう。
「クラリッサ様、もっと食べてください?
まだ強行軍は続くから、体力つけとかないと!」
リーチェは丸いパーネをいくつも私の皿の上に落とす。
私は「いえ、大丈夫よ、さっきはちょっと喉が渇いて具合が悪くなっただけだから」と言い、アレク様のお皿にパーネを移した。
「デメトリアと何があったんだ。
そんなに感情を露わにするタイプでもないと思うんだが」
アレク様はパーネをちぎって半分、私の口に入れ、残りはご自分の口に放り込みながら訊いた。
「あ…あの、何か噂がどうとかって…」
私が言って、何か知らないかとフランシスカとリーチェの顔を見ると、二人はふっと顔を見合わせた。
「何だ、何か知ってるなら言ってみろ」
アレク様が重ねて促すと、リーチェが彼女にしては非常に言いにくそうに話し出す。
「あの~…クラリッサ様が娼婦の出身だとか、卑しい身分だとか、そういう噂が…
ボッビオの娼館から出てきたところを見た、とか言う噂があって、大公様は娼婦に色仕掛けでたぶらかされたって」
「ボッビオの娼館…って、ああ、ヴァネッサがいたところね。
マルケッティ通りの」
私が言うと、アレク様が苦い顔で「クレメンティナはヴァネッサを助けに行っただけだろう。それを何か勘違いされたのか」と呟く。
「真実なんて多分どうでもいいのだと思います。
面白おかしく尾ひれをつけて言いふらす輩というのは、どこにでもおりますから」
フランシスカは憤慨したように言った。
私は気分が沈み込むのを感じた。
そうか…だから、デメトリアは私の馬車に関する言葉で、急に冷たくなったんだ。
色仕掛けで大公様を籠絡するような娼婦、そんな女に仕えるのは嫌だ、と。
もとはといえば、わたくしがアレク様に同行したいなどと申し出たのが悪いのです。
デメトリアに帰れと仰るなら、わたくしも帰ります」
「クレメンティナ…」
私がきっぱりと言うと、アレク様は困ったように私を見る。
「申し訳ありません!
私が、仕事をちゃんとしておりませんでした。
お妃様は喉が渇いたと仰っていらしたのです!
本当にすみません…
二度といたしませんので、どうか…」
地面に膝をつき、深々と頭を下げて謝罪し懇願するデメトリアに視線を移したアレク様は、やがて大きくため息をついた。
「クレメンティナの愛らしい表情に免じて、今回だけは許してやる。
次はないぞ、判ったな!」
私の髪を撫でながら、アレク様は怖い顔で言う。
「はい!…ありがとうございます!
お妃様、申し訳ございませんでした」
泣き崩れるデメトリアの横に寄り添って、フランシスカがその背を優しくさすった。
「デメトリア、あちらで伯爵様のお食事の給仕をお願いするわ。
ここはわたくしとリーチェがお給仕いたします。
宜しいですわね?アレク様」
フランシスカの言葉に、アレク様は「良きに計らえ」と短く言い、私の横に腰を下ろした。
従者が慌てて椅子を持ってくる。
「アレク様、ありがとうございます」
私がまだちょっとふらつく身体でお礼を言いながら頭を下げると、アレク様は私の方に腕を回して抱き寄せた。
「急にあんなに水を飲んだら、気分が悪くならないか?
食事は摂れそうか?」
私はアレク様の声を間近に聴きアレク様の匂いを感じ、先ほどの言葉を思い出して赤面しながら、首を横に振る。
「頭痛も治まってまいりましたし、大丈夫でございます。
食事もいただきますわ」
私の頭をご自分の胸につけたアレク様は、くっくっと笑い出す。
私はその愉快そうで温かい声の響きにホッとした。
しばらくそうしていると、やがていい匂いが漂ってきて「お待たせいたしました~」と明るい声がした。
「リーチェ!
久しぶり!」
私はがばっと身を起こし、アレク様は「!…おい」と呆れたような声を出す。
「クラ…いえ、あの、お妃様、
お久、しぶりでござ…」
そこで、痛っと言って黙る。
どうやら唇を噛んでしまったらしい。
私とアレク様は笑い出し、私は「今まで通り、クラリッサと呼んでちょうだい」と、顰め面のリーチェに話しかける。
「えーでも、フランシスカ様が…」
兵士が私たちの前に小さなテーブルを据え、リーチェはその上に温かいスープを置きながら口を尖らせる。
リーチェの後ろからカトラリーを運んできたフランシスカは「当然でございますわ」と言って、スプーンをナプキンの上に置いた。
「まあ、リーチェは人前には出ないのだから、いいんじゃないか。
プライベートな空間でこっそり呼ぶ分には」
アレク様が私の首に大きなナプキンをかけながら言う。
「本当にアレク様はリーチェにはお甘いのだから…」
アレク様の背後に回ってナプキンを結びながら、フランシスカはため息交じりに呟いた。
ワインの入ったグラスが置かれ、お祈りをして食事が始まる。
アレク様は意外と敬虔な教徒だった。
いつも十字架を首にかけて、それに祈りを捧げている。
だから、教義を枉げてまで、ご愛妾に子供を産ませることを躊躇ったのだろう。
「クラリッサ様、もっと食べてください?
まだ強行軍は続くから、体力つけとかないと!」
リーチェは丸いパーネをいくつも私の皿の上に落とす。
私は「いえ、大丈夫よ、さっきはちょっと喉が渇いて具合が悪くなっただけだから」と言い、アレク様のお皿にパーネを移した。
「デメトリアと何があったんだ。
そんなに感情を露わにするタイプでもないと思うんだが」
アレク様はパーネをちぎって半分、私の口に入れ、残りはご自分の口に放り込みながら訊いた。
「あ…あの、何か噂がどうとかって…」
私が言って、何か知らないかとフランシスカとリーチェの顔を見ると、二人はふっと顔を見合わせた。
「何だ、何か知ってるなら言ってみろ」
アレク様が重ねて促すと、リーチェが彼女にしては非常に言いにくそうに話し出す。
「あの~…クラリッサ様が娼婦の出身だとか、卑しい身分だとか、そういう噂が…
ボッビオの娼館から出てきたところを見た、とか言う噂があって、大公様は娼婦に色仕掛けでたぶらかされたって」
「ボッビオの娼館…って、ああ、ヴァネッサがいたところね。
マルケッティ通りの」
私が言うと、アレク様が苦い顔で「クレメンティナはヴァネッサを助けに行っただけだろう。それを何か勘違いされたのか」と呟く。
「真実なんて多分どうでもいいのだと思います。
面白おかしく尾ひれをつけて言いふらす輩というのは、どこにでもおりますから」
フランシスカは憤慨したように言った。
私は気分が沈み込むのを感じた。
そうか…だから、デメトリアは私の馬車に関する言葉で、急に冷たくなったんだ。
色仕掛けで大公様を籠絡するような娼婦、そんな女に仕えるのは嫌だ、と。
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