117 / 172
第六章 シエーラの戦闘
17.デメトリア
しおりを挟む
その日の夕方には、私の準備は調って出発を待つばかりになった。
デメトリアも一旦下がって、自分の支度を済ませた。
アンナベッラはとても恐縮していたけれど、聞けばまだ5歳の男の子がいるそうで、とてもではないけど遠く離れたしかも戦場に連れて行けるわけがない。
デメトリアが自分から申し出てくれて本当に助かった。
行軍の予定ではデメトリアの故郷の近くも通るけど、敵の進軍いかんによってはルートが変更されるかもしれない。
デメトリアは領主(男爵)のお嬢さんだそうで、私よりはずっと裕福で豊かな生活をしていたようだ。
今回のご愛妾候補にも、お父上から打診があったそうだけど断ったと言っていた。
侍従が呼びに来て、私は侍女たち小姓たちに見送られて部屋を出た。
足早に歩いていく侍従の後をついて行く。
デメトリアは少し息を切らしていたが、それでも黙ってついてきた。
外へ出ると、残照が消えてもう辺りは薄闇に包まれていた。
私は畏まって立っている御者に手を取られて、スタイリッシュな感じの馬車に乗り込む。
後で聞いたらこれは軍用の馬車で、スピードと強度重視のもので乗り心地はあまり良くないそうだけど、農馬の牽く屋根もないただの木製の箱みたいな馬車に乗り慣れている私としては、充分だった。
二人乗りだそうで、私はデメトリアと並んで乗った。
宰相を始め、たくさんの人が見送る中、馬車は静かに動き出す。
アレク様はどこにいらっしゃるんだろう。
デメトリアは「ちょっと椅子が硬いですわね、大丈夫でございますか?」と心配してくれたけど、私は「えっそうかしら」と本気で答えて、デメトリアを驚かせてしまった。
「あ、あの…わたくしは、シエーラの田舎育ちで…
貧しくてこんな馬車に乗ったこともほとんどないの。
領主館で働いていたのよ」
私がしどろもどろに説明すると、デメトリアは手を口に当てて、私を見つめる。
「…まあ…
あら、でも、子爵様のお嬢様だって…お聞きしましたけど」
「それはそうなんだけど…私の曾祖父の代に反乱があって、伯爵の地位を追われてしまったの。
それからは子爵に落とされて、農民と変わらない暮らしをしているのよ」
「やだ…噂は本当だったのね…」
デメトリアは目を瞠ったまま小さく呟く。
「噂?」
私が言葉の意味を測りかねて尋ねると、「いえ、何でもありません」と慌てたように顔を背けた。
それからは車内は無言になり、かなり速度の速い馬車は暮れなずむ首都を進んで行く。
だんだん道が悪くなってきて、馬車は時折、ガタンと大きく揺れるようになってきた。
それでも、お館様の馬車の乗り心地よりはずっと良い。
緩衝材が車体のどこかに入っているのだろうと考える。
音を聞いている限り、車軸もしっかりしているようだ。ブレがない。
私は喉が渇いてきて、デメトリアに声をかけた。
「デメトリアは喉が渇かないかしら。
わたくし、ちょっと…」
と言いながら、しっかりと固定されている水差しを取ろうとした。
「今はおやめください。
こぼしたら、私の仕事が増えますわ」
先ほどまでとは打って変わって、冷たい口調でデメトリアは言い、私はビックリして手を止めた。
デメトリアはふんと息をつくと、また無言で馬車の外を眺めている。
仕方なく、私も飲み物は諦めて椅子に座りなおした。
なんだろう…
私、何か気に障るようなこと言ったかしら。
少し不安になって声をかけようとするけれど、デメトリアの頑なな横顔に言葉を失う。
それからだいぶ経って、馬車は漸く止まった。
既に都からはかなり離れ、広大な野原の真ん中で野営するようだ。
何輌もの馬車が停まっていて、兵士たちが行き来して火を焚いている。
私はちょっと前から頭痛と吐き気がして、ぐったりと椅子に寄り掛かっていた。
御者がドアを開け、デメトリアがさっさと降りる。
と、「クレメンティナ、大丈夫か」と言いながらアレク様が馬車の入り口に足をかけて半身を入れてきた。
私の顔色を見て「おい、どうした、具合悪いか」と焦ったように言って私を抱き上げて外に出る。
火の傍に設えられた椅子に降ろし、アレク様は心配そうに私の顔を撫でた。
「酔ったか、ちょっとスピード上げすぎたな」
「いえ、大丈夫です
お水を頂戴できますか」
私が言うと、アレク様は背後にいるデメトリアを一瞥して口を開いた。
「お前ちゃんとクレメンティナの世話をしてたのか」
凍るように冷たいアレク様の声に、デメトリアは真っ青になった。
「いえ、あの…申し訳ありません」
頭を下げて、急いで馬車に戻って水を取りに行き、私に手渡した。
冷たいとは言えない水だったけど、私は美味しくてすべて飲み干してしまう。
「あ…ごめんなさい、デメトリアの分が」
「デメトリア!」
アレク様が大きな声で言うと、デメトリアは震えあがってその場に立ちすくむ。
「そちは帰れ。
すぐに他のものを寄こすように伝えろ!」
最後は恫喝するような大声でアレク様は怒鳴り、その迫力に周りにいた者たちはすべて「はっ!」と答えて走り出した。
デメトリアは「申し訳ありません!」と泣き声で言い、膝から頽れて座り込む。
「どうぞ、どうぞお許しください。
私は…」
「デメトリアは悪くありませんわ。
わたくしがきちんと自分の体調管理をしていなかったのでございます。
デメトリアをお叱りにならないでくださいまし」
私は懸命にとりなす。
デメトリアも一旦下がって、自分の支度を済ませた。
アンナベッラはとても恐縮していたけれど、聞けばまだ5歳の男の子がいるそうで、とてもではないけど遠く離れたしかも戦場に連れて行けるわけがない。
デメトリアが自分から申し出てくれて本当に助かった。
行軍の予定ではデメトリアの故郷の近くも通るけど、敵の進軍いかんによってはルートが変更されるかもしれない。
デメトリアは領主(男爵)のお嬢さんだそうで、私よりはずっと裕福で豊かな生活をしていたようだ。
今回のご愛妾候補にも、お父上から打診があったそうだけど断ったと言っていた。
侍従が呼びに来て、私は侍女たち小姓たちに見送られて部屋を出た。
足早に歩いていく侍従の後をついて行く。
デメトリアは少し息を切らしていたが、それでも黙ってついてきた。
外へ出ると、残照が消えてもう辺りは薄闇に包まれていた。
私は畏まって立っている御者に手を取られて、スタイリッシュな感じの馬車に乗り込む。
後で聞いたらこれは軍用の馬車で、スピードと強度重視のもので乗り心地はあまり良くないそうだけど、農馬の牽く屋根もないただの木製の箱みたいな馬車に乗り慣れている私としては、充分だった。
二人乗りだそうで、私はデメトリアと並んで乗った。
宰相を始め、たくさんの人が見送る中、馬車は静かに動き出す。
アレク様はどこにいらっしゃるんだろう。
デメトリアは「ちょっと椅子が硬いですわね、大丈夫でございますか?」と心配してくれたけど、私は「えっそうかしら」と本気で答えて、デメトリアを驚かせてしまった。
「あ、あの…わたくしは、シエーラの田舎育ちで…
貧しくてこんな馬車に乗ったこともほとんどないの。
領主館で働いていたのよ」
私がしどろもどろに説明すると、デメトリアは手を口に当てて、私を見つめる。
「…まあ…
あら、でも、子爵様のお嬢様だって…お聞きしましたけど」
「それはそうなんだけど…私の曾祖父の代に反乱があって、伯爵の地位を追われてしまったの。
それからは子爵に落とされて、農民と変わらない暮らしをしているのよ」
「やだ…噂は本当だったのね…」
デメトリアは目を瞠ったまま小さく呟く。
「噂?」
私が言葉の意味を測りかねて尋ねると、「いえ、何でもありません」と慌てたように顔を背けた。
それからは車内は無言になり、かなり速度の速い馬車は暮れなずむ首都を進んで行く。
だんだん道が悪くなってきて、馬車は時折、ガタンと大きく揺れるようになってきた。
それでも、お館様の馬車の乗り心地よりはずっと良い。
緩衝材が車体のどこかに入っているのだろうと考える。
音を聞いている限り、車軸もしっかりしているようだ。ブレがない。
私は喉が渇いてきて、デメトリアに声をかけた。
「デメトリアは喉が渇かないかしら。
わたくし、ちょっと…」
と言いながら、しっかりと固定されている水差しを取ろうとした。
「今はおやめください。
こぼしたら、私の仕事が増えますわ」
先ほどまでとは打って変わって、冷たい口調でデメトリアは言い、私はビックリして手を止めた。
デメトリアはふんと息をつくと、また無言で馬車の外を眺めている。
仕方なく、私も飲み物は諦めて椅子に座りなおした。
なんだろう…
私、何か気に障るようなこと言ったかしら。
少し不安になって声をかけようとするけれど、デメトリアの頑なな横顔に言葉を失う。
それからだいぶ経って、馬車は漸く止まった。
既に都からはかなり離れ、広大な野原の真ん中で野営するようだ。
何輌もの馬車が停まっていて、兵士たちが行き来して火を焚いている。
私はちょっと前から頭痛と吐き気がして、ぐったりと椅子に寄り掛かっていた。
御者がドアを開け、デメトリアがさっさと降りる。
と、「クレメンティナ、大丈夫か」と言いながらアレク様が馬車の入り口に足をかけて半身を入れてきた。
私の顔色を見て「おい、どうした、具合悪いか」と焦ったように言って私を抱き上げて外に出る。
火の傍に設えられた椅子に降ろし、アレク様は心配そうに私の顔を撫でた。
「酔ったか、ちょっとスピード上げすぎたな」
「いえ、大丈夫です
お水を頂戴できますか」
私が言うと、アレク様は背後にいるデメトリアを一瞥して口を開いた。
「お前ちゃんとクレメンティナの世話をしてたのか」
凍るように冷たいアレク様の声に、デメトリアは真っ青になった。
「いえ、あの…申し訳ありません」
頭を下げて、急いで馬車に戻って水を取りに行き、私に手渡した。
冷たいとは言えない水だったけど、私は美味しくてすべて飲み干してしまう。
「あ…ごめんなさい、デメトリアの分が」
「デメトリア!」
アレク様が大きな声で言うと、デメトリアは震えあがってその場に立ちすくむ。
「そちは帰れ。
すぐに他のものを寄こすように伝えろ!」
最後は恫喝するような大声でアレク様は怒鳴り、その迫力に周りにいた者たちはすべて「はっ!」と答えて走り出した。
デメトリアは「申し訳ありません!」と泣き声で言い、膝から頽れて座り込む。
「どうぞ、どうぞお許しください。
私は…」
「デメトリアは悪くありませんわ。
わたくしがきちんと自分の体調管理をしていなかったのでございます。
デメトリアをお叱りにならないでくださいまし」
私は懸命にとりなす。
0
あなたにおすすめの小説
無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する
タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。
社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。
孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。
そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。
追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる