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第六章 シエーラの戦闘
16.随行人
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それから出発まで、私はアレク様と会うことはできなかった。
なにしろ、通称「贈り物部屋」から出た途端、幾人もの侍従や執事がばばっと群がってきて、誰もが自分の用件を我先に話そうとしだしたからだ。
アレク様はうんざりした顔になって彼らを手で押しやって「判ってるよ、ゆっくりしすぎたな」と嫌そうに言った。
それでも差し出される書類を受け取りながらぼやく。
「クレメンティナといられるのが嬉しすぎて、羽目を外したなあ…
こんな仕事辞めたいけど…そうもいかないしなあ」
想像以上にお忙しいんだなあ大公様って…
私は驚くと同時に、辞めたいとかぼやきながらもきちんとお仕事を全うしようとしているアレク様を改めて尊敬した。
「しばらく城を空けるから、少し先の案件まで片付けてしまわないとな。
クレメンティナ、必要なものがあったらアンナベッラかデメトリアに言えよ。
二人のどちらかを随行に加えようと思ってる」
アレク様は私を見下ろして言い、私は「ありがとうございます」と答えながらお辞儀した。
「じゃまた後で」
そう言ってアレク様は屈んで私の頬にキスして、侍従たちと一緒に足早に歩いて行ってしまった。
私はいつのまにか傍に来ていたデメトリアと一緒に、自分の居室に戻った。
朝、フランシスカと一緒にいたアンナベッラという侍女が、他の侍女たちに指示しながらてきぱきと旅の準備を進めている。
「お妃様、何かご所望のものはございますか?
お望みになるものはなるべく持っていくようにとご下命がございました」
アンナベッラは30歳くらいの落ち着いた風貌の聡明そうな女性だった。
他の侍女が「Signora」と呼んでいたので既婚女性と判り、私は考える。
夫のある人を戦場に連れて行くのはちょっとどうなのかしら。
デメトリアは…私より少し年上って感じだ。
もう結婚している女性も多いだろうけど…
私は旅装の相談をするために呼んだデメトリアに「あなたに同行して欲しいと思うのだけど、どうかしら」と尋ねてみた。
デメトリアは「もちろんでございますわ」とにっこり笑って答える。
「ボルディーガ夫人にはお子さんもいらっしゃるし、とても随行はできませんわ。
私が同行させていただきたいと申し出るつもりでおりました」
次々と実用的でありながらも可愛らしい装飾の施されたドレスを並べて見せながら、デメトリアは話す。
私は心強く思い「ありがとう、わたくしの我儘につきあわせてしまってごめんなさいね」とデメトリアの傍に行ってお礼を述べた。
デメトリアはちょっと驚いたように漆黒の瞳を見開き、白い頬にぱっと赤みがさした。
わぁ、可愛いな、と私が思っていると、デメトリアは照れたように「とんでもないことですわ」と少し笑った。
「実は私も出身は南部に近いのでございます。
里が戦禍に巻き込まれはしないかと、日々心配で…
随行に加えて頂けるのは、幸いなのでございますわ」
「まあ、そうなのね…
お里の方は大丈夫なのかしら?」
私も心配になって訊くと「手紙では大丈夫とのことですけど…」と沈んだ様子で言う。
そうよね、誰も離れた家族に心配かけたくないよね。
私は慰めたいと思い、努めて明るく声をかけた。
「ではわたくしの準備が遅くて、出発を遅らせてしまわないように急ぎましょう。
わたくしは貧乏貴族の出身で、来るときも身一つだったし、欲しいものは特にないわ。
あなた方が揃えてくださるもので十分すぎるくらいよ」
「畏まりました、お妃様」
デメトリアは小さく微笑み、アンナベッラと相談しながら手早く準備を進めていった。
甲冑は大きな樽みたいな箱に入れられて部屋に届いた。
甲冑の色に合わせた細身の綺麗な剣が一振り、中に入っていて、私は行き届いたアレク様の配慮に感謝する。
私が確認すると、運んできた兵士がまた持ち上げてえっほえっほと運び出して行った。
私も支度を終えて、鏡の前に立つ。
体形に合わせた、簡素だけれど凝ったデザインのドレスはパニエが殆ど無く、軽くて動きやすい。
髪は邪魔にならないよう、結って頭に沿わせて装飾を施したピンで留める。
よし。
私は鏡の中の自分に向かって、心の中で呟いた。
ようやく帰れる、私の故郷シエーラへ。
ペデルツィーニを斃して、守り抜くわよ、大事な大事な家族をふるさとを。
なにしろ、通称「贈り物部屋」から出た途端、幾人もの侍従や執事がばばっと群がってきて、誰もが自分の用件を我先に話そうとしだしたからだ。
アレク様はうんざりした顔になって彼らを手で押しやって「判ってるよ、ゆっくりしすぎたな」と嫌そうに言った。
それでも差し出される書類を受け取りながらぼやく。
「クレメンティナといられるのが嬉しすぎて、羽目を外したなあ…
こんな仕事辞めたいけど…そうもいかないしなあ」
想像以上にお忙しいんだなあ大公様って…
私は驚くと同時に、辞めたいとかぼやきながらもきちんとお仕事を全うしようとしているアレク様を改めて尊敬した。
「しばらく城を空けるから、少し先の案件まで片付けてしまわないとな。
クレメンティナ、必要なものがあったらアンナベッラかデメトリアに言えよ。
二人のどちらかを随行に加えようと思ってる」
アレク様は私を見下ろして言い、私は「ありがとうございます」と答えながらお辞儀した。
「じゃまた後で」
そう言ってアレク様は屈んで私の頬にキスして、侍従たちと一緒に足早に歩いて行ってしまった。
私はいつのまにか傍に来ていたデメトリアと一緒に、自分の居室に戻った。
朝、フランシスカと一緒にいたアンナベッラという侍女が、他の侍女たちに指示しながらてきぱきと旅の準備を進めている。
「お妃様、何かご所望のものはございますか?
お望みになるものはなるべく持っていくようにとご下命がございました」
アンナベッラは30歳くらいの落ち着いた風貌の聡明そうな女性だった。
他の侍女が「Signora」と呼んでいたので既婚女性と判り、私は考える。
夫のある人を戦場に連れて行くのはちょっとどうなのかしら。
デメトリアは…私より少し年上って感じだ。
もう結婚している女性も多いだろうけど…
私は旅装の相談をするために呼んだデメトリアに「あなたに同行して欲しいと思うのだけど、どうかしら」と尋ねてみた。
デメトリアは「もちろんでございますわ」とにっこり笑って答える。
「ボルディーガ夫人にはお子さんもいらっしゃるし、とても随行はできませんわ。
私が同行させていただきたいと申し出るつもりでおりました」
次々と実用的でありながらも可愛らしい装飾の施されたドレスを並べて見せながら、デメトリアは話す。
私は心強く思い「ありがとう、わたくしの我儘につきあわせてしまってごめんなさいね」とデメトリアの傍に行ってお礼を述べた。
デメトリアはちょっと驚いたように漆黒の瞳を見開き、白い頬にぱっと赤みがさした。
わぁ、可愛いな、と私が思っていると、デメトリアは照れたように「とんでもないことですわ」と少し笑った。
「実は私も出身は南部に近いのでございます。
里が戦禍に巻き込まれはしないかと、日々心配で…
随行に加えて頂けるのは、幸いなのでございますわ」
「まあ、そうなのね…
お里の方は大丈夫なのかしら?」
私も心配になって訊くと「手紙では大丈夫とのことですけど…」と沈んだ様子で言う。
そうよね、誰も離れた家族に心配かけたくないよね。
私は慰めたいと思い、努めて明るく声をかけた。
「ではわたくしの準備が遅くて、出発を遅らせてしまわないように急ぎましょう。
わたくしは貧乏貴族の出身で、来るときも身一つだったし、欲しいものは特にないわ。
あなた方が揃えてくださるもので十分すぎるくらいよ」
「畏まりました、お妃様」
デメトリアは小さく微笑み、アンナベッラと相談しながら手早く準備を進めていった。
甲冑は大きな樽みたいな箱に入れられて部屋に届いた。
甲冑の色に合わせた細身の綺麗な剣が一振り、中に入っていて、私は行き届いたアレク様の配慮に感謝する。
私が確認すると、運んできた兵士がまた持ち上げてえっほえっほと運び出して行った。
私も支度を終えて、鏡の前に立つ。
体形に合わせた、簡素だけれど凝ったデザインのドレスはパニエが殆ど無く、軽くて動きやすい。
髪は邪魔にならないよう、結って頭に沿わせて装飾を施したピンで留める。
よし。
私は鏡の中の自分に向かって、心の中で呟いた。
ようやく帰れる、私の故郷シエーラへ。
ペデルツィーニを斃して、守り抜くわよ、大事な大事な家族をふるさとを。
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