136 / 172
第七章 焦土
16.ヴァネッサの思い
しおりを挟む
私は、ヴァネッサの顔を見て驚愕し、思わず立ち上がって駆け寄る。
「どうしたの、その顔!」
右頬に殴られたような大きな痣があり、右目も腫れてその他擦過傷が無数に走っている。
レオお兄様も「え…ヴァネッサ嬢ちゃんか?」と驚いたように立ち上がった。
「…お久しぶりです」
ヴァネッサはバスケットで顔を隠すようにしてお辞儀する。
そうか、首都ではヴァネッサはにぃ兄様のお邸(というかトランクウィッロ伯爵家)にいたし、帰郷の馬車も別だったから、最後に会ったのはまだ駆け落ち以前だったんだ。
にぃ兄様から話くらいは聞いていただろうけど…
この変わりようを目の当たりにしたらやっぱり驚くわよね。
「それが…
お父様の暴挙をなんとか止めたいと、避難所を抜け出してこの野営地まで来たのだそうです。
出陣する兵士に一緒に連れて行ってくれるように頼もうとして、気が立っている兵士に殴られたのだとか」
デメトリアがヴァネッサからバスケットを受け取り、お茶の支度を始めながら低い声で話す。
私は救護兵を呼ぶように外の衛兵に言い、ヴァネッサを隣に座らせる。
痛々しく腫れあがった顔を、とりあえず水に浸した布をあてて冷やす。
「どうしてそんな無茶を…
避難所からここまで歩いてくるのだって大変だったでしょう」
私が話しかけると、ヴァネッサは腫れた目からぽろっと涙をこぼした。
「さっき領主館で会ったお父様は、私が知っている優しいお父様じゃなかった。
お母様も、私の駆け落ち以後、お父様は人が変わってしまったようだと仰っていたわ。
周りの人が諫めても何を言っても聞く耳を持たず、侯爵様の奴隷みたいになっちゃったって。
挙句の果てにこんな…シエーラをめちゃくちゃにしてしまうような戦を始めてしまって」
手で涙を拭おうとするのを押しとどめて、私はそっと布をヴァネッサの目にあてる。
「全部、私のせいなんだって思ったら、いてもたってもいられなくて…
私が神様に生かされて、再びここに帰ってきたのはこの蜂起を止めるためなんじゃないかって思ったの。
殺されてもいいから、お父様を止めてこんな戦をやめなきゃって。
避難所の女の人たちも、私やお母様にすごく冷淡だった。
恨んでるのよ、当然だわ」
泣きながら話すヴァネッサの手を拭いて、デメトリアが淹れてくれた熱いお茶の入ったカップを手渡す。
「そんなふうに考えてはいけないわ。
確かに、一人娘で生まれた時から本当に可愛がっていたヴァネッサが使用人と駆け落ちしてしまったのは、非常にショックで時期が時期だけに痛手だったでしょうけど。
でも、侯爵様や隣国の領主の甘言に乗せられてしまったのは、お館様自身の心のありようの問題だと思うの。
何か、凄絶なコンプレックスを抱えておられたようだから」
「そうだ。
ペデルツィーニは、私たちステファネッリ家や都の従兄弟の家柄に、昔から常に嫉妬していた。
『足るを知る』ということが一度もない人だった。
今あるものに満足していれば、ヴァネッサ嬢ちゃんを大公様の愛妾候補にしようなんて思わなかったはずなんだ。
いくら侯爵様に入れ知恵されたからって、身の程知らずなんだよ」
吐き捨てるように言ってレオ兄様は熱いお茶を飲んで、また話す。
「嬢ちゃんが命を賭しても、あいつの心に巣くった悪魔はもう、ペデルツィーニ自身にも止められないと思う。
それに、俺の大事な妹が命がけで救ったあんたの命を、あんたが勝手に捨てることは俺が許さない。
結果がこうなったからと言って、俺が俺の大切な弟妹をこんな目に遭わせたペデルツィーニ家を許すと思うなよ」
低い声で言い、レオ兄様は見たこともないような怖い表情でヴァネッサを睨みつける。
ヴァネッサは怯えて、レオ兄様を見つめたままカップを取り落とす。
「ごめんなさい…本当に」
ヴァネッサは呟くように言い、その瞳からまた大粒の涙をこぼした。
「レオ兄様、ヴァネッサをあまり責めないで。
ヴァネッサだってずいぶん苦しんでここに来たと思うの。
レオ兄様の気持ちは嬉しく思うけど、今ここでヴァネッサを責めても仕方ないわ」
私はヴァネッサがあまりにも不憫で、ヴァネッサの肩を抱いてレオ兄様に嘆願する。
レオ兄様は大きくため息をつき「判った、悪かった」と小さく言った。
「俺が、嬢ちゃんを領主館まで連れて行こう。
クレメンティナが絶対ここを動かないと約束したら、の話だ」
「どうしたの、その顔!」
右頬に殴られたような大きな痣があり、右目も腫れてその他擦過傷が無数に走っている。
レオお兄様も「え…ヴァネッサ嬢ちゃんか?」と驚いたように立ち上がった。
「…お久しぶりです」
ヴァネッサはバスケットで顔を隠すようにしてお辞儀する。
そうか、首都ではヴァネッサはにぃ兄様のお邸(というかトランクウィッロ伯爵家)にいたし、帰郷の馬車も別だったから、最後に会ったのはまだ駆け落ち以前だったんだ。
にぃ兄様から話くらいは聞いていただろうけど…
この変わりようを目の当たりにしたらやっぱり驚くわよね。
「それが…
お父様の暴挙をなんとか止めたいと、避難所を抜け出してこの野営地まで来たのだそうです。
出陣する兵士に一緒に連れて行ってくれるように頼もうとして、気が立っている兵士に殴られたのだとか」
デメトリアがヴァネッサからバスケットを受け取り、お茶の支度を始めながら低い声で話す。
私は救護兵を呼ぶように外の衛兵に言い、ヴァネッサを隣に座らせる。
痛々しく腫れあがった顔を、とりあえず水に浸した布をあてて冷やす。
「どうしてそんな無茶を…
避難所からここまで歩いてくるのだって大変だったでしょう」
私が話しかけると、ヴァネッサは腫れた目からぽろっと涙をこぼした。
「さっき領主館で会ったお父様は、私が知っている優しいお父様じゃなかった。
お母様も、私の駆け落ち以後、お父様は人が変わってしまったようだと仰っていたわ。
周りの人が諫めても何を言っても聞く耳を持たず、侯爵様の奴隷みたいになっちゃったって。
挙句の果てにこんな…シエーラをめちゃくちゃにしてしまうような戦を始めてしまって」
手で涙を拭おうとするのを押しとどめて、私はそっと布をヴァネッサの目にあてる。
「全部、私のせいなんだって思ったら、いてもたってもいられなくて…
私が神様に生かされて、再びここに帰ってきたのはこの蜂起を止めるためなんじゃないかって思ったの。
殺されてもいいから、お父様を止めてこんな戦をやめなきゃって。
避難所の女の人たちも、私やお母様にすごく冷淡だった。
恨んでるのよ、当然だわ」
泣きながら話すヴァネッサの手を拭いて、デメトリアが淹れてくれた熱いお茶の入ったカップを手渡す。
「そんなふうに考えてはいけないわ。
確かに、一人娘で生まれた時から本当に可愛がっていたヴァネッサが使用人と駆け落ちしてしまったのは、非常にショックで時期が時期だけに痛手だったでしょうけど。
でも、侯爵様や隣国の領主の甘言に乗せられてしまったのは、お館様自身の心のありようの問題だと思うの。
何か、凄絶なコンプレックスを抱えておられたようだから」
「そうだ。
ペデルツィーニは、私たちステファネッリ家や都の従兄弟の家柄に、昔から常に嫉妬していた。
『足るを知る』ということが一度もない人だった。
今あるものに満足していれば、ヴァネッサ嬢ちゃんを大公様の愛妾候補にしようなんて思わなかったはずなんだ。
いくら侯爵様に入れ知恵されたからって、身の程知らずなんだよ」
吐き捨てるように言ってレオ兄様は熱いお茶を飲んで、また話す。
「嬢ちゃんが命を賭しても、あいつの心に巣くった悪魔はもう、ペデルツィーニ自身にも止められないと思う。
それに、俺の大事な妹が命がけで救ったあんたの命を、あんたが勝手に捨てることは俺が許さない。
結果がこうなったからと言って、俺が俺の大切な弟妹をこんな目に遭わせたペデルツィーニ家を許すと思うなよ」
低い声で言い、レオ兄様は見たこともないような怖い表情でヴァネッサを睨みつける。
ヴァネッサは怯えて、レオ兄様を見つめたままカップを取り落とす。
「ごめんなさい…本当に」
ヴァネッサは呟くように言い、その瞳からまた大粒の涙をこぼした。
「レオ兄様、ヴァネッサをあまり責めないで。
ヴァネッサだってずいぶん苦しんでここに来たと思うの。
レオ兄様の気持ちは嬉しく思うけど、今ここでヴァネッサを責めても仕方ないわ」
私はヴァネッサがあまりにも不憫で、ヴァネッサの肩を抱いてレオ兄様に嘆願する。
レオ兄様は大きくため息をつき「判った、悪かった」と小さく言った。
「俺が、嬢ちゃんを領主館まで連れて行こう。
クレメンティナが絶対ここを動かないと約束したら、の話だ」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる