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第七章 焦土
17.不安
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私はヴァネッサの肩を抱いて「いえ、わたくしも行きます」と声を上げた。
レオ兄様は険しい表情になる。
「それなら、俺も行かない。
ヴァネッサ嬢ちゃんもここにいろ」
私はぐっと黙り込み、ヴァネッサは両手を握りしめて大きな声で言う。
「いえ、私は一人で行きます。
ご迷惑はかけられません」
「どうやって行くんだ。
クレメンティナのように馬に乗れるのか?
馬車を御せるのか?
威張ってるだけで自分じゃ何もできない、ワガママ嬢ちゃんが」
レオ兄様は、ヴァネッサを睨み据えるようにして低く問うた。
「大丈夫です、歩いて行きます。
あの黒い煙の上がっている方へ向かって歩けばいいんですよね」
ヴァネッサは涙を手の甲で拭って私の方へ向き直り、腫れた目で私を見つめてにっこり笑う。
「クレメンティナ、今まで本当にありがとう。
私、クレメンティナのことが大好きだった。
言うこと聞かなくてごめんなさい。
私の甘えを全部受け止めてくれること、当たり前だと思ってたの」
「ヴァネッサ、ちょっと待って」
「大公様とお幸せに。
私のワガママに振り回されてたクレメンティナが手の届かない人になっちゃってびっくりだけど、あなたの幸せをずっと祈ってる」
「ヴァネッサ!」
私が大きな声を出したとき、外から「失礼いたします!大公妃様に申し上げます!」と衛兵の声が聞こえた。
「なあに?」
「先程、衛生兵をお呼びでしたが、少し前に入りました報告で、ここにいる衛生兵はすべて戦地へ向かうようにと緊急臨時招集がかかりました。
そこで只今、衛生兵がおりません」
えっ…
私は思わず立ち上がり、レオ兄様と顔を見合わせる。
「何かあったの?」
「詳しいことは判りかねますが…
味方に多数の負傷者が出ている模様でございます」
アレク様!
私はいてもたってもいられない気持ちになる。
「レオ兄様…」
「落ち着け、クレメンティナ。
大丈夫だよ、セノフォンテやエルヴィーノ様だっていらっしゃる」
レオ兄様は落ち着いた声で、宥めるように話しかける。
「そう、そうよね、大丈夫よね」
私は自分に言い聞かせるように言った。
「デメトリア、あなた傷の手当はできる?」
「あ、はい、簡単なものでしたら」
控えていたデメトリアに声をかけると、デメトリアはすぐに答えた。
天幕の外へ出て、救護の道具を受け取りヴァネッサの前に跪いて、てきぱきと手当てを始めた。
私は、天幕の端に置いてあった、自分の甲冑に近づいた。
「レオ兄様、ちょっと外へ出てくださる?」
「おい!クレメンティナ!」
レオ兄様の焦って叱責するような大きな声には取り合わず、私はドレスのホックを外し始める。
デメトリアが慌てて、ヴァネッサに薬を押し付けて私の方へ駆け寄ってくる。
「ここまできて、わたくしだけ皆と離れて安全地帯にいるなんて耐えられない。
アレク様の傍にいたいの。
アレク様に何かあったら…わたくし」
ぎゅっと口元を引き締めて、こぼれそうな涙をこらえる。
背後で大きなため息が聞こえる。
「…判った。
俺も支度してくるから、それまでは絶対ここにいろよ」
「ありがとう、お兄様」
レオ兄様は「まったくもう…適わんなあ」とぶつぶつ文句を言いながらも、急いで出て行った。
私はホッとして、唖然と見ているヴァネッサに少し笑った。
「さあ、ヴァネッサも鎖帷子くらいは羽織ってもらわないとね。
でないと連れて行けないわ」
「あの、お妃様…
私、甲冑の付け方が判らないんですけど」
デメトリアが困惑したように呟く。
そりゃそうよね。
私はデメトリアに優しくうなずいてみせる。
「わたくしが指示するから、その通りに着せてくれれば結構よ」
まあ、基本的に被って留める、って感じだから、そんなに難しいものではないけれど。
私はデメトリアに指示しながら甲冑を着け終えた。
ヴァネッサにも重い鎖帷子を羽織らせ、金属で出来た帽子を被せる。
待つほどもなく天幕の外からレオ兄様の声が聞こえた。
「クレメンティナ、準備できたか」
「はい、大丈夫よ、お兄様」
天幕の入り口がバサッと開いて、大きな胸当てと簡易的な籠手やすね当てを身につけたレオ兄様が入ってきた。
「!
すごいな、完璧な鎧だ。
女性用のこんなもの、初めて見た」
驚いたように言い、レオ兄様は私を促して外へ出る。
私も逆に、レオ兄様の簡素な出で立ちに驚く。
「俺はゲリラ戦が主だからな。
動きやすさ重視だ」
レオ兄様は照れたように笑って言った。
レオ兄様の部下(うちの小作人の一人だ)がヴァネッサを一緒に馬に乗せ、私たちは戦場に向かって出発した。
レオ兄様は険しい表情になる。
「それなら、俺も行かない。
ヴァネッサ嬢ちゃんもここにいろ」
私はぐっと黙り込み、ヴァネッサは両手を握りしめて大きな声で言う。
「いえ、私は一人で行きます。
ご迷惑はかけられません」
「どうやって行くんだ。
クレメンティナのように馬に乗れるのか?
馬車を御せるのか?
威張ってるだけで自分じゃ何もできない、ワガママ嬢ちゃんが」
レオ兄様は、ヴァネッサを睨み据えるようにして低く問うた。
「大丈夫です、歩いて行きます。
あの黒い煙の上がっている方へ向かって歩けばいいんですよね」
ヴァネッサは涙を手の甲で拭って私の方へ向き直り、腫れた目で私を見つめてにっこり笑う。
「クレメンティナ、今まで本当にありがとう。
私、クレメンティナのことが大好きだった。
言うこと聞かなくてごめんなさい。
私の甘えを全部受け止めてくれること、当たり前だと思ってたの」
「ヴァネッサ、ちょっと待って」
「大公様とお幸せに。
私のワガママに振り回されてたクレメンティナが手の届かない人になっちゃってびっくりだけど、あなたの幸せをずっと祈ってる」
「ヴァネッサ!」
私が大きな声を出したとき、外から「失礼いたします!大公妃様に申し上げます!」と衛兵の声が聞こえた。
「なあに?」
「先程、衛生兵をお呼びでしたが、少し前に入りました報告で、ここにいる衛生兵はすべて戦地へ向かうようにと緊急臨時招集がかかりました。
そこで只今、衛生兵がおりません」
えっ…
私は思わず立ち上がり、レオ兄様と顔を見合わせる。
「何かあったの?」
「詳しいことは判りかねますが…
味方に多数の負傷者が出ている模様でございます」
アレク様!
私はいてもたってもいられない気持ちになる。
「レオ兄様…」
「落ち着け、クレメンティナ。
大丈夫だよ、セノフォンテやエルヴィーノ様だっていらっしゃる」
レオ兄様は落ち着いた声で、宥めるように話しかける。
「そう、そうよね、大丈夫よね」
私は自分に言い聞かせるように言った。
「デメトリア、あなた傷の手当はできる?」
「あ、はい、簡単なものでしたら」
控えていたデメトリアに声をかけると、デメトリアはすぐに答えた。
天幕の外へ出て、救護の道具を受け取りヴァネッサの前に跪いて、てきぱきと手当てを始めた。
私は、天幕の端に置いてあった、自分の甲冑に近づいた。
「レオ兄様、ちょっと外へ出てくださる?」
「おい!クレメンティナ!」
レオ兄様の焦って叱責するような大きな声には取り合わず、私はドレスのホックを外し始める。
デメトリアが慌てて、ヴァネッサに薬を押し付けて私の方へ駆け寄ってくる。
「ここまできて、わたくしだけ皆と離れて安全地帯にいるなんて耐えられない。
アレク様の傍にいたいの。
アレク様に何かあったら…わたくし」
ぎゅっと口元を引き締めて、こぼれそうな涙をこらえる。
背後で大きなため息が聞こえる。
「…判った。
俺も支度してくるから、それまでは絶対ここにいろよ」
「ありがとう、お兄様」
レオ兄様は「まったくもう…適わんなあ」とぶつぶつ文句を言いながらも、急いで出て行った。
私はホッとして、唖然と見ているヴァネッサに少し笑った。
「さあ、ヴァネッサも鎖帷子くらいは羽織ってもらわないとね。
でないと連れて行けないわ」
「あの、お妃様…
私、甲冑の付け方が判らないんですけど」
デメトリアが困惑したように呟く。
そりゃそうよね。
私はデメトリアに優しくうなずいてみせる。
「わたくしが指示するから、その通りに着せてくれれば結構よ」
まあ、基本的に被って留める、って感じだから、そんなに難しいものではないけれど。
私はデメトリアに指示しながら甲冑を着け終えた。
ヴァネッサにも重い鎖帷子を羽織らせ、金属で出来た帽子を被せる。
待つほどもなく天幕の外からレオ兄様の声が聞こえた。
「クレメンティナ、準備できたか」
「はい、大丈夫よ、お兄様」
天幕の入り口がバサッと開いて、大きな胸当てと簡易的な籠手やすね当てを身につけたレオ兄様が入ってきた。
「!
すごいな、完璧な鎧だ。
女性用のこんなもの、初めて見た」
驚いたように言い、レオ兄様は私を促して外へ出る。
私も逆に、レオ兄様の簡素な出で立ちに驚く。
「俺はゲリラ戦が主だからな。
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