身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第七章 焦土

18.戦場

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 私たちの隊列(といっても目立たないように少人数)は速足で進んで行く。
 あまり道は良くなかったが、私の愛馬は落ち着いてレオ兄様の馬の後について行った。
 本当に賢い馬だ。

 私たちの本拠地ベースのあった山を下りると、きなくさい煙のにおいが風に乗って漂ってくる。
 「火薬、すごい量だな…」
 私の後ろにいる、ヴァネッサを乗せてくれている部下のトーニオが呟く。

 弓兵が現地に到着しているはずだけど…
 戦況は今、どうなっているんだろう。
 私の不安は募る。

 レオ兄様のところには、戦況を伝える兵が次々とやってくる。
 私は聞きたくて、少しスピードを上げてレオ兄様の馬に並んだ。

 「…隣国からたくさんの敵兵が援護に来たらしい。
 苦戦というほどでもないようだが…
 大公様自ら、先頭に立って戦っておられるそうだ」
 苦い顔でレオ兄様は、前を向いたまま私に話す。

 「エルヴィーノ様やにぃ兄様は?」
 「セノフォンテも最前線にいるようだ。
 オズヴァルド様と共に、怪我人の治療とペデルツィーニに投降を促しているらしい」

 最前線…
 にぃ兄様のことだから、ご自分から志願なさったのだろうけど。
 オズヴァルド様ってそういうタイプではなさそうだから、それでも前線にいらっしゃるということは、戦況は悪いのだろうか。

 不安は募るばかりで、私は無意識に馬のスピードを上げてしまい「そんなに速度を上げたら馬が疲れるぞ!」と幾度となくレオ兄様に怒られてしまった。
 
 短い小休止を取りながら、見知った風景に近づいていく。
 晩秋の風に乗って、砲弾がぶつかる音、人の大声、金属の触れ合う音がかすかに聞こえてきた。
 
 日が暮れ始めて、風が冷たさを増していく。
 「ヴァネッサ、大丈夫?」
 「大丈夫です」
 馬を替えて、農耕馬のようなどっしりした馬に乗せられているヴァネッサは、寒さのためかそれとも精神的なものか、唇を紫色にしながらも気丈に答える。

 「そろそろ、一旦停戦になると思うが…」
 トーニオが言う。
 日が暮れてしまうと、普通は戦いは休止になる。

 だけど、もう、双方とも決着をつけたいだろう。
 わが国の援軍も底を尽きている。
 これ以上の増兵は望めない。
 
 「日が暮れる前に、総攻撃をかけるかもしれない」
 レオ兄様が言い「俺はちょっと先に行く。クレメンティナはゆっくり来い。少し急いだからと言って戦況は変わらん」と馬に鞭をくれた。

 そんなこと言って、ご自分だって急いでいるじゃないのよ。
 私は素知らぬ顔でレオ兄様の馬に並ぶ。

 レオ兄様は苦笑して「まったく、どうしようもないな。クレメンティナがこんなに強情だとは知らなかった」と呟いて並走していく。
 「山賊に襲われて、よく判らない人たちに救われながらひとりで生き抜いてきたんですもの」
 私が兜の中から大きな声で言うと、「それもそうか、よし、行くぞクレメンティナ」とレオ兄様は笑った。

 夜空に立ち上る炎で明るい領主館付近の、戦線の後方に到着する。
 火の粉が舞い、熱波が吹きすさぶ、酷い光景だった。
 木や草の燃える臭いだけではない、金属が焦げる臭いと肉の焼けるような臭いも充満していて、私は吐き気を催す。
 愛馬も異変を感じたのか、落ち着かない様子でいなないた。

 少し開けた場所にはものすごい数の兵士が、呻き声を上げながら横たわっていた。
 レオ兄様は「…どうしたんだ、こんなに…」と呟く。
 
 私は傷を負った兵士達の様子を見て、あることに気づいて一瞬、ぞっとした。
 敵兵(隣国の甲冑を来た兵士)がいるわ…
 間違って、敵の陣地に来ちゃったの?

 いえ、でも違うわ。
 手当てに走り回っているのは、我が軍の兵士のようだ。
 
 「ねえ、レオ兄様。
 あそこにいるの、ラッザロじゃない?」

 レオ兄様は、えっと言って私の指差す方へ目を凝らす。
 「あ、本当だ…怪我してるのか。
 えーと、あれ?
 じゃあ、ここにいるのは」

 「兄上!クレメンティナ!」
 驚いたように大声で言いながら、怪我人を飛び越えてにぃ兄様が走ってきた。

 「セノフォンテ!
 これはどうしたことだ?」
 レオ兄様も大声で尋ねる。

 にぃ兄様がガシャガシャと鎧の音を立てながら近づいてきて、「ここにいるのは救護を必要とする敵兵です」と話し始めたとき、遠くからオズヴァルド様の大声が聞こえた。

 「セノフォンテ!
 アレクが!
 怪我したらしい来てくれ!」

 
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