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第九章 逃亡の終着点
1.アレク様の思い
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私たちがそれぞれ抱える感情に沈み、しんとした空気の中、エルヴィーノ様と共に入ってきた侍従が遠慮がちに声をかけてきた。
『あの…宜しければ朝食のお支度をさせていただきたいのですが…』
『あ、ああ、そうだな、頼む』
アレク様が答えたとき、「アレク、起きてるか?」と言いながら扉を開けてオズヴァルド様とシプリアノが入ってきて、私とエセルバート様の姿を見て驚いたように立ち止まった。
「あ…失礼、まさかいるとは思わず…」
「おはようございます、突然すみません」
二人は恐縮したようにこもごもに謝る。
「オレはクレメンティナと一緒に休んだんだよ」
アレク様は笑って言い、侍従に二人の分の朝食もこの部屋に運ぶように言いつけた。
二人は「えっ?!」と驚いて私を見て、何故か赤くなりつつごにょごにょと顔を見合わせて言いあっている。
「いや…さすがと言おうか、よくぞこの状況でそんな…元気だなあ」
「昨夜はクレメンティナ様の教養深さに本当に感心しましたが、いやはや、なんともはや」
「ちっがう!お前ら何考えてんだ!」
アレク様が顔を赤くして怒鳴り、私もおふたりの聞こえよがしの内緒話の内容に気づいて赤面した。
「オレは、クレメンティナと一緒じゃないと眠れないんだよ」
「そうでしょうとも」
「そう強調しなくても、判ってるって」
アレク様の言葉にお二人はにやにやしながら答える。
あー…わざと言ってるわね、これ。
「こら、そこのふたり、アレク様が羨ましいのは判るが、あまりからかうものではない」
くつくつと笑いながらエセルバート様が叱り、お二人は首を竦めた。
「これくらい言わせてくれよな~
こっちはなんだか隅っこの部屋ですごい固いベッドでひどく寝にくかったんだぜ」
オズヴァルド様が肩を回しながら言う。
簡単な朝食が調えられ、私たちは席に着いた。
「さっき、エルヴィーノが来て王様と王女様を護衛して首都へ行くって…
そう言えば朝早くから何だか城の中がざわついていたようだし、何があったんだ?」
オズワルド様が首にナプキンをかけながらアレク様に訊いた。
アレク様は長い指で小さくちぎったパーネ(パン)を私の口に入れて、ご自分はお茶をお口に含んで飲み下してから経緯を話した。
オズヴァルド様もシプリアノも目を丸くして聞いていたが、話を聞き終わると「そうか…そういうことか」と呟いて私をちらっと見る。
「クレメンティナを頼むって何度も言うんだよ」
「そう、私たちも訳が判らなくてただ頷くことしかできなかったんだけど」
アレク様はそんなお二人を見て、腕を伸ばして私の肩を引き寄せた。
「オレだってエルヴィーノに対して罪悪感がないわけじゃない。
もとはと言えば、エルヴィーノ(の率いる討伐隊)がクレメンティナを助けて、出自の謎に気づいて首都まで連れてこようとしていたのを、横槍入れて攫うように自分の館に住まわせたんだから」
「オレは…だけどオレはどうしてもクレメンティナが欲しかった。
幼馴染で、心から信じられる数少ない人間であるエルヴィーノの気持ちを知っていても猶、譲れなかった。
こんなに女性に心揺さぶられたのは初めてで…一時は本当に大公の地位を捨ててもいいと思ったんだ」
苦しげに気持ちを吐露するアレク様がお気の毒でならなくて、私はそっと頬を寄せる。
エルヴィーノ様に対する多大な罪悪感は私も同じだ。
私なんかをあんなに想ってくださるエルヴィーノ様のことを私は愛することができなかった。
アレク様に心を奪われてしまった…
私たちを見て、オズワルド様とシプリアノは気まずそうな表情になる。
「いや…別に、二人を責めているわけじゃない」
「そうです、人の心は思い通りにはならぬものですから」
「さあ、急いで食べて、これからの戦いに備えましょう」
エセルバート様が暗くなってしまった雰囲気を変えるように大きな声で言う。
「これからの戦い…?」
「領地の陣取り合戦さ。
ロレンシオ王子は大きく出てくるだろうが、シエーラは絶対に渡さない。
国境の位置も変えさせない。
愛するクレメンティナの故郷に、毛筋ほども侵略させないから」
最後の言葉は私に向かって、アレク様は力強く言う。
あ、…そうか。
私は遅れ馳せながら、これから行われる協議の重大さに気づいて血の気が引く。
もし、戦勝国であるラ・カドリナの王(代理だけど)が、シエーラの領有権を主張してきたら。
最悪の場合、シエーラはラ・カドリナの領地になってしまうかもしれないんだ…
私にズッペ(スープ)を飲ませようとして私の顔を覗き込んだアレク様は、慌てたように私の頭を撫でる。
「大丈夫だ、今のはちょっと大袈裟に言っただけだよ。
そうならないためにエルヴィーノはレセンデス王の護衛を申し出たんだし、このアレッサンドロが誓ってそんなことにはしないと保証する」
私は、アレク様に余計な心配をかけてしまったことに申し訳なく思いながら、なんとかうなずいた。
アレク様…頑張って。
エルヴィーノ様…本当にありがとう。
『あの…宜しければ朝食のお支度をさせていただきたいのですが…』
『あ、ああ、そうだな、頼む』
アレク様が答えたとき、「アレク、起きてるか?」と言いながら扉を開けてオズヴァルド様とシプリアノが入ってきて、私とエセルバート様の姿を見て驚いたように立ち止まった。
「あ…失礼、まさかいるとは思わず…」
「おはようございます、突然すみません」
二人は恐縮したようにこもごもに謝る。
「オレはクレメンティナと一緒に休んだんだよ」
アレク様は笑って言い、侍従に二人の分の朝食もこの部屋に運ぶように言いつけた。
二人は「えっ?!」と驚いて私を見て、何故か赤くなりつつごにょごにょと顔を見合わせて言いあっている。
「いや…さすがと言おうか、よくぞこの状況でそんな…元気だなあ」
「昨夜はクレメンティナ様の教養深さに本当に感心しましたが、いやはや、なんともはや」
「ちっがう!お前ら何考えてんだ!」
アレク様が顔を赤くして怒鳴り、私もおふたりの聞こえよがしの内緒話の内容に気づいて赤面した。
「オレは、クレメンティナと一緒じゃないと眠れないんだよ」
「そうでしょうとも」
「そう強調しなくても、判ってるって」
アレク様の言葉にお二人はにやにやしながら答える。
あー…わざと言ってるわね、これ。
「こら、そこのふたり、アレク様が羨ましいのは判るが、あまりからかうものではない」
くつくつと笑いながらエセルバート様が叱り、お二人は首を竦めた。
「これくらい言わせてくれよな~
こっちはなんだか隅っこの部屋ですごい固いベッドでひどく寝にくかったんだぜ」
オズヴァルド様が肩を回しながら言う。
簡単な朝食が調えられ、私たちは席に着いた。
「さっき、エルヴィーノが来て王様と王女様を護衛して首都へ行くって…
そう言えば朝早くから何だか城の中がざわついていたようだし、何があったんだ?」
オズワルド様が首にナプキンをかけながらアレク様に訊いた。
アレク様は長い指で小さくちぎったパーネ(パン)を私の口に入れて、ご自分はお茶をお口に含んで飲み下してから経緯を話した。
オズヴァルド様もシプリアノも目を丸くして聞いていたが、話を聞き終わると「そうか…そういうことか」と呟いて私をちらっと見る。
「クレメンティナを頼むって何度も言うんだよ」
「そう、私たちも訳が判らなくてただ頷くことしかできなかったんだけど」
アレク様はそんなお二人を見て、腕を伸ばして私の肩を引き寄せた。
「オレだってエルヴィーノに対して罪悪感がないわけじゃない。
もとはと言えば、エルヴィーノ(の率いる討伐隊)がクレメンティナを助けて、出自の謎に気づいて首都まで連れてこようとしていたのを、横槍入れて攫うように自分の館に住まわせたんだから」
「オレは…だけどオレはどうしてもクレメンティナが欲しかった。
幼馴染で、心から信じられる数少ない人間であるエルヴィーノの気持ちを知っていても猶、譲れなかった。
こんなに女性に心揺さぶられたのは初めてで…一時は本当に大公の地位を捨ててもいいと思ったんだ」
苦しげに気持ちを吐露するアレク様がお気の毒でならなくて、私はそっと頬を寄せる。
エルヴィーノ様に対する多大な罪悪感は私も同じだ。
私なんかをあんなに想ってくださるエルヴィーノ様のことを私は愛することができなかった。
アレク様に心を奪われてしまった…
私たちを見て、オズワルド様とシプリアノは気まずそうな表情になる。
「いや…別に、二人を責めているわけじゃない」
「そうです、人の心は思い通りにはならぬものですから」
「さあ、急いで食べて、これからの戦いに備えましょう」
エセルバート様が暗くなってしまった雰囲気を変えるように大きな声で言う。
「これからの戦い…?」
「領地の陣取り合戦さ。
ロレンシオ王子は大きく出てくるだろうが、シエーラは絶対に渡さない。
国境の位置も変えさせない。
愛するクレメンティナの故郷に、毛筋ほども侵略させないから」
最後の言葉は私に向かって、アレク様は力強く言う。
あ、…そうか。
私は遅れ馳せながら、これから行われる協議の重大さに気づいて血の気が引く。
もし、戦勝国であるラ・カドリナの王(代理だけど)が、シエーラの領有権を主張してきたら。
最悪の場合、シエーラはラ・カドリナの領地になってしまうかもしれないんだ…
私にズッペ(スープ)を飲ませようとして私の顔を覗き込んだアレク様は、慌てたように私の頭を撫でる。
「大丈夫だ、今のはちょっと大袈裟に言っただけだよ。
そうならないためにエルヴィーノはレセンデス王の護衛を申し出たんだし、このアレッサンドロが誓ってそんなことにはしないと保証する」
私は、アレク様に余計な心配をかけてしまったことに申し訳なく思いながら、なんとかうなずいた。
アレク様…頑張って。
エルヴィーノ様…本当にありがとう。
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