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第八章 領主館
20.エルヴィーノ様との別れ
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『ロレンシオ殿下、宜しければこのエルヴィーノ・ヴァラリオーティをお貸ししよう。
この男がいれば、レセンデス陛下やセレスティナ王女殿下の身の安全は保障されるといっても良い』
アレク様の言葉に、エルヴィーノ様は片腕を胸に当ててロレンシオ王子に向かってお辞儀する。
『おお、それは良い。
殿下もご承知の通り、エルヴィーノは私の弟子の中では一番の剣の遣い手で、頭も良いし胆力もある。
少し前まで素行の悪さが際立っていたが、それもクレメンティナ様のお陰ですっかり真人間になった。
私からも随行を推薦します』
エセルバート様が大笑して言い、エルヴィーノ様は「言い方!真人間って…」と吐き捨てる。
ロレンシオ王子は驚いて目を瞠った。
『え…しかし…それでは大公陛下は…』
切れ切れに呟く王子に、アレク様はにこやかに答える。
『ご心配には及びません。
我々にはエセルバートがいるし、余もそれから妃も自分の身くらいは自分で守れる』
そうか、エセルバート様はグレート・スカイルランド国からダイアナ様の護衛のためにいらっしゃった、いわば借り物だから、さすがに同行していただくわけにはいかないわよね…
ロレンシオ王子は目を見開いたまま何か言おうとして口を開け、言葉は発さずにまた閉じて、それから深く首を垂れた。
『ありがとうございます。
すぐに父に報せてまいります!』
『ご一緒します』
エルヴィーノ様がすぐに言い、二人は連れ立って部屋を出て行った。
「このタイミングでそんなことが起こるなんてなあ…
しかしこれでだいぶこちらに有利になったな」
アレク様は腕を組んでニヤッと笑う。
「さようですな。
あのロレンシオ殿下なら、アレク様の敵ではないですね。
老獪なレセンデス陛下はちと厄介だなと思っておりましたが」
エセルバート様もにんまり笑って口髭に触れる。
そして二人でテーブルに広げた地図の上に屈みこむと、何やらひそひそ話しはじめる。
悪だくみをする少年のような二人の表情に私が呆れていると、扉がノックされて「おはようございます、大公様お妃様、お目覚めでしょうか」とデメトリアの声がした。
「あ、デメトリア、どうぞ入って」
自分で簡易的に結った髪型やお化粧の具合が気になっていた私は、すぐに声をかけた。
デメトリアがドアを開けて入ってきて、私やアレク様がもう着替えているのと、エセルバート様までいるのに驚いたように足を止めた。
「お二人は大事なお話し中だから、こちらへきて。
髪と化粧を直して欲しいの」
デメトリアはアレク様とエセルバート様へお辞儀をして私の方に来た。
私の髪留めを外して髪を解き、櫛で梳く。
手早くいくつも束を作り、結い上げて留めていった。
私はいつもと違って鏡台がないので、渡された手鏡を見ながらデメトリアの手際に見入っていた。
デメトリアが少ない化粧品を使って、華やかにお化粧してくれると、いつのまにか横に来ていたアレク様が感心したように眺めていた。
「すごいなあ、そうやっていつも綺麗になるんだな。
いや、すっぴんでもめちゃくちゃ綺麗で可愛いが、整って品が増すと言うか」
自分で言いながら慌てたようにフォローしだすアレク様に、私はもちろん、デメトリアも頬を緩めている。
「さようでございますね。
元々、整ったお顔立ちでいらっしゃるので少々冷たいような印象を抱きますが、少しの色味を加えますと非常に華やかで艶やかになられますね。
侍女といたしましてもとてもお化粧のし甲斐がございますわ」
笑いを含んだ声で言い「さあお妃様、今日も大変お綺麗でございますわ」とにっこりして道具を片付け始めた。
「こうやって見ると、やっぱりエルヴィーノに少し似ているんだな、顔立ちが…
双子の父親から生まれた従兄弟同士だから当たり前なのかもしれないが」
「そうですね、エルヴィーノ様は女性のように優しい顔立ちでいらっしゃいますしね」
にぃ兄様も、エルヴィーノ様にそっくりだ。
血って不思議だわ…
その時、また扉がノックされ「アレク、クレメンティナ、いいか」とエルヴィーノ様の声がして、アレク様はすぐに「入れ」と声をかける。
扉を開けて入ってきたエルヴィーノ様は「お、暗いな」と言い、後ろに付き従ってきた侍従が慌てたように鎧戸を開けにかかった。
「レセンデス王にお目通りして、随行と護衛の許可をいただいてきた。
もうこれからすぐに発たなきゃいけない。
別れの挨拶だけ、しに来た」
言いながら、鎧戸が開けられてぱっと差し込む朝の光に目を細め、私の姿を認めると駆け寄ってきた。
「クレメンティナ綺麗だ…
君のその姿をまたしばらく見られなくなると思うと、胸が潰れそうだけど。
元気で帰ってくるから待ってて」
「ご武運をお祈りしています、お気をつけて」
寂しそうに微笑むエルヴィーノ様の表情に、私もなんだか悲しくなってしまって、早口に言ってお辞儀した。
「アレク…今だけ、少しだけ、いいか?」
エルヴィーノ様が懇願するようにアレク様に言い、アレク様は一瞬、頬を歪めたが「…少しだけだぞ」と答えて身体ごと後ろを向いた。
エルヴィーノ様は一歩、私の方へ近づき、腕を広げて私を抱きしめた。
私は少し身体を固くしたが「クレメンティナ…」と切なげに囁くエルヴィーノ様の声に、身体の力を緩めた。
最後に一度、ぎゅっときつく抱きしめてエルヴィーノ様は「じゃあ、行ってくる」と離れて、にこっと笑った。
アレク様は振り返ってわずかに口調に心配をにじませた。
「ああ、気をつけろよ、無理するんじゃないぞ」
「はっ、畏まりました」
騎士の敬礼をして、エルヴィーノ様は身を翻し、部屋を出て行った。
この男がいれば、レセンデス陛下やセレスティナ王女殿下の身の安全は保障されるといっても良い』
アレク様の言葉に、エルヴィーノ様は片腕を胸に当ててロレンシオ王子に向かってお辞儀する。
『おお、それは良い。
殿下もご承知の通り、エルヴィーノは私の弟子の中では一番の剣の遣い手で、頭も良いし胆力もある。
少し前まで素行の悪さが際立っていたが、それもクレメンティナ様のお陰ですっかり真人間になった。
私からも随行を推薦します』
エセルバート様が大笑して言い、エルヴィーノ様は「言い方!真人間って…」と吐き捨てる。
ロレンシオ王子は驚いて目を瞠った。
『え…しかし…それでは大公陛下は…』
切れ切れに呟く王子に、アレク様はにこやかに答える。
『ご心配には及びません。
我々にはエセルバートがいるし、余もそれから妃も自分の身くらいは自分で守れる』
そうか、エセルバート様はグレート・スカイルランド国からダイアナ様の護衛のためにいらっしゃった、いわば借り物だから、さすがに同行していただくわけにはいかないわよね…
ロレンシオ王子は目を見開いたまま何か言おうとして口を開け、言葉は発さずにまた閉じて、それから深く首を垂れた。
『ありがとうございます。
すぐに父に報せてまいります!』
『ご一緒します』
エルヴィーノ様がすぐに言い、二人は連れ立って部屋を出て行った。
「このタイミングでそんなことが起こるなんてなあ…
しかしこれでだいぶこちらに有利になったな」
アレク様は腕を組んでニヤッと笑う。
「さようですな。
あのロレンシオ殿下なら、アレク様の敵ではないですね。
老獪なレセンデス陛下はちと厄介だなと思っておりましたが」
エセルバート様もにんまり笑って口髭に触れる。
そして二人でテーブルに広げた地図の上に屈みこむと、何やらひそひそ話しはじめる。
悪だくみをする少年のような二人の表情に私が呆れていると、扉がノックされて「おはようございます、大公様お妃様、お目覚めでしょうか」とデメトリアの声がした。
「あ、デメトリア、どうぞ入って」
自分で簡易的に結った髪型やお化粧の具合が気になっていた私は、すぐに声をかけた。
デメトリアがドアを開けて入ってきて、私やアレク様がもう着替えているのと、エセルバート様までいるのに驚いたように足を止めた。
「お二人は大事なお話し中だから、こちらへきて。
髪と化粧を直して欲しいの」
デメトリアはアレク様とエセルバート様へお辞儀をして私の方に来た。
私の髪留めを外して髪を解き、櫛で梳く。
手早くいくつも束を作り、結い上げて留めていった。
私はいつもと違って鏡台がないので、渡された手鏡を見ながらデメトリアの手際に見入っていた。
デメトリアが少ない化粧品を使って、華やかにお化粧してくれると、いつのまにか横に来ていたアレク様が感心したように眺めていた。
「すごいなあ、そうやっていつも綺麗になるんだな。
いや、すっぴんでもめちゃくちゃ綺麗で可愛いが、整って品が増すと言うか」
自分で言いながら慌てたようにフォローしだすアレク様に、私はもちろん、デメトリアも頬を緩めている。
「さようでございますね。
元々、整ったお顔立ちでいらっしゃるので少々冷たいような印象を抱きますが、少しの色味を加えますと非常に華やかで艶やかになられますね。
侍女といたしましてもとてもお化粧のし甲斐がございますわ」
笑いを含んだ声で言い「さあお妃様、今日も大変お綺麗でございますわ」とにっこりして道具を片付け始めた。
「こうやって見ると、やっぱりエルヴィーノに少し似ているんだな、顔立ちが…
双子の父親から生まれた従兄弟同士だから当たり前なのかもしれないが」
「そうですね、エルヴィーノ様は女性のように優しい顔立ちでいらっしゃいますしね」
にぃ兄様も、エルヴィーノ様にそっくりだ。
血って不思議だわ…
その時、また扉がノックされ「アレク、クレメンティナ、いいか」とエルヴィーノ様の声がして、アレク様はすぐに「入れ」と声をかける。
扉を開けて入ってきたエルヴィーノ様は「お、暗いな」と言い、後ろに付き従ってきた侍従が慌てたように鎧戸を開けにかかった。
「レセンデス王にお目通りして、随行と護衛の許可をいただいてきた。
もうこれからすぐに発たなきゃいけない。
別れの挨拶だけ、しに来た」
言いながら、鎧戸が開けられてぱっと差し込む朝の光に目を細め、私の姿を認めると駆け寄ってきた。
「クレメンティナ綺麗だ…
君のその姿をまたしばらく見られなくなると思うと、胸が潰れそうだけど。
元気で帰ってくるから待ってて」
「ご武運をお祈りしています、お気をつけて」
寂しそうに微笑むエルヴィーノ様の表情に、私もなんだか悲しくなってしまって、早口に言ってお辞儀した。
「アレク…今だけ、少しだけ、いいか?」
エルヴィーノ様が懇願するようにアレク様に言い、アレク様は一瞬、頬を歪めたが「…少しだけだぞ」と答えて身体ごと後ろを向いた。
エルヴィーノ様は一歩、私の方へ近づき、腕を広げて私を抱きしめた。
私は少し身体を固くしたが「クレメンティナ…」と切なげに囁くエルヴィーノ様の声に、身体の力を緩めた。
最後に一度、ぎゅっときつく抱きしめてエルヴィーノ様は「じゃあ、行ってくる」と離れて、にこっと笑った。
アレク様は振り返ってわずかに口調に心配をにじませた。
「ああ、気をつけろよ、無理するんじゃないぞ」
「はっ、畏まりました」
騎士の敬礼をして、エルヴィーノ様は身を翻し、部屋を出て行った。
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