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第八章 領主館
19.ロレンシオ王子
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ロレンシオ王子は一礼して入ってくると、皆が揃っていることに驚いたように立ち止まる。
そして、私を見てさらに驚いたようだった。
『…大公妃様も…?
女性がこんなに早くに起きることがあるのですか?』
アレク様、エルヴィーノ様、そしてエセルバート様は笑い出す。
『余の妃は、そこらにいるような普通の女性ではないのです。
そこにいるエセルバートに厳しく仕込まれた女戦士であり、庶民的な家庭の仕事もこなす家刀自であり、更には先ほどのように女性としてどこに出しても恥ずかしくない知識と教養がある。
そして何より。
余を愛しているのですよ』
ラ・カドリナの言葉で言うと、アレク様は私の腰を抱いて引き寄せる。
私はアレク様の最後の言葉に赤面して、両手で頬を覆う。
『確かに、昨夜の大公妃様のお歌は誠に素晴らしかった。
あのような美しい声を、私は聞いたことがない。
普段、お話になるときの声も、静かに優しく響いて、とても魅力的です…
その佇まいの麗しさも、王女に引けを取らない』
私をじーっと見つめながら早口に話すロレンシオ王子の視線に私は戸惑う。
アレク様は私の顔を仰向かせて、屈んで頬にキスする。
えっ、何…
私は困惑し、アレク様の顔を仰いだ。
アレク様はふっと笑って、もう一度、今度は額にキスした。
『それで、殿下は何故このような早朝に大公陛下の元へいらっしゃったのですか?
しかもおひとりで』
エルヴィーノ様が若干イラついたように、ロレンシオ王子に訊く。
ロレンシオ王子はぼーっと私の方を見ていたが、エルヴィーノ様の言葉にはっとしたように振り向き『そうでした、すみません』と小さく頭を下げた。
『実は、昨夜、この地方の新たな領主を決める目的で、重臣たちをここに集めるために早馬で都に使者を送ったのですが、その者が深更に戻りまして』
話すうちにどんどん顔色の悪くなっていき、ロレンシオ王子はそこで一度言葉を切って唾を飲んで続けた。
『王太子である兄王子が首都で、父王のいない間に、自分が王になりレセンデス王は放逐すると宣言したと。
使者はそれを父王に伝えに戻れと言われたそうで…』
『何ですと、クリスティアン王子が?!まさか!』
驚いたように声を上げたのは、エセルバート様だ。
しかしアレク様もエルヴィーノ様も同じように驚いている。
ロレンシオ王子はうなずく。
『兄の人となりをご存知の方には、驚かれて当然です。
私や父も何かの間違いではないかと思ったのですが、使者が兄からの親書を携えていて…
筆跡は確かに兄のものですし、文体も兄が書くものに似ていました』
『あの大人しくて引っ込み思案のクリスティアン王子が…そんなこと俄かに信じられない』
アレク様が呆然と呟くと、エセルバート様も深く首肯する。
『その昔クリスティアン王子にも、剣を教えたが…
彼の優しすぎる性格では、やはりどうしても難しくてなあ。
指導者としての自分の資質に自信を無くした唯一の生徒だった』
そんな方が、父王の留守中にクーデターのような形で王位を襲ったりするものだろうか。
皆さんが驚かれるのも無理はない。
『都に残る副将軍が、もしかしたら兄を脅すなり懐柔するなりして、この騒動を起こしたのかもしれません。
前々から、あの野心家には父上も懸念を持っていたのですが…
兄が王を名乗ったところで、実際は副将軍の傀儡とされるだけです』
そんなこと、あの聡明な兄上が気づかないわけないのに、と悔しそうに呟く。
『それで、レセンデス王はどうなさるおつもりなんです?』
アレク様が問い、ロレンシオ王子は『父は急ぎ都に帰ります』と答えた。
『ですので、ここの戦後処理は私に一任されました。
本日、会議の準備が整い次第すぐに協議を開催いたします。
大公陛下にはこちらの都合でいろいろと振り回してしまって申し訳ありません』
そう言って頭を下げたロレンシオ王子を私は少し見直した。
威張り散らしているだけのお坊ちゃんかと思ってしまったけど…そうでもないんだな。
ちゃんとご自分の立場とか国同士の話し合いの重要さを弁えていらっしゃる。
さすがに大国ラ・カドリナの第二王子様でいらっしゃるわ。
「こら、そんな目で見るなよ。
誤解させちまうだろ」
アレク様が私の方へ少し屈んで頭上で囁く。
え…どういうこと?
私が訝しく思っていると、ロレンシオ王子と目が合った。
ロレンシオ王子はじっと私を見つめていたが、ふっと目を逸らした。
少し赤面しているように見えたけど…ランタンと蝋燭の暗い光の中ではちょっとよく判らない。
『しかし、今回陛下と大将軍殿が率いていらっしゃった、一個大隊相当の兵士たちは、都へ返してしまわれたのでは?』
エセルバート様が、懸念を口にする。
そう言えばそうだ。
後は戦後処理だけだし大将軍がいるし、王様をお守りする最低限の騎士兵士しか残していないと言っていた。
終戦後に兵士は要らないし余計な食い扶持を支払うのも勿体ないしね。
ロレンシオ王子は暗い表情で頷く。
『そうなんです。
近隣の領主に声をかけてはいるのですが、思ったより集まりが悪くて。
まあまだ朝早いので、もう少ししたら集まってくるかもしれないんですが』
エルヴィーノ様とアレク様が顔を見合わせて頷きあう。
幼馴染のお二人だけに通じ合う、アイコンタクトのようなもの…?
そして、私を見てさらに驚いたようだった。
『…大公妃様も…?
女性がこんなに早くに起きることがあるのですか?』
アレク様、エルヴィーノ様、そしてエセルバート様は笑い出す。
『余の妃は、そこらにいるような普通の女性ではないのです。
そこにいるエセルバートに厳しく仕込まれた女戦士であり、庶民的な家庭の仕事もこなす家刀自であり、更には先ほどのように女性としてどこに出しても恥ずかしくない知識と教養がある。
そして何より。
余を愛しているのですよ』
ラ・カドリナの言葉で言うと、アレク様は私の腰を抱いて引き寄せる。
私はアレク様の最後の言葉に赤面して、両手で頬を覆う。
『確かに、昨夜の大公妃様のお歌は誠に素晴らしかった。
あのような美しい声を、私は聞いたことがない。
普段、お話になるときの声も、静かに優しく響いて、とても魅力的です…
その佇まいの麗しさも、王女に引けを取らない』
私をじーっと見つめながら早口に話すロレンシオ王子の視線に私は戸惑う。
アレク様は私の顔を仰向かせて、屈んで頬にキスする。
えっ、何…
私は困惑し、アレク様の顔を仰いだ。
アレク様はふっと笑って、もう一度、今度は額にキスした。
『それで、殿下は何故このような早朝に大公陛下の元へいらっしゃったのですか?
しかもおひとりで』
エルヴィーノ様が若干イラついたように、ロレンシオ王子に訊く。
ロレンシオ王子はぼーっと私の方を見ていたが、エルヴィーノ様の言葉にはっとしたように振り向き『そうでした、すみません』と小さく頭を下げた。
『実は、昨夜、この地方の新たな領主を決める目的で、重臣たちをここに集めるために早馬で都に使者を送ったのですが、その者が深更に戻りまして』
話すうちにどんどん顔色の悪くなっていき、ロレンシオ王子はそこで一度言葉を切って唾を飲んで続けた。
『王太子である兄王子が首都で、父王のいない間に、自分が王になりレセンデス王は放逐すると宣言したと。
使者はそれを父王に伝えに戻れと言われたそうで…』
『何ですと、クリスティアン王子が?!まさか!』
驚いたように声を上げたのは、エセルバート様だ。
しかしアレク様もエルヴィーノ様も同じように驚いている。
ロレンシオ王子はうなずく。
『兄の人となりをご存知の方には、驚かれて当然です。
私や父も何かの間違いではないかと思ったのですが、使者が兄からの親書を携えていて…
筆跡は確かに兄のものですし、文体も兄が書くものに似ていました』
『あの大人しくて引っ込み思案のクリスティアン王子が…そんなこと俄かに信じられない』
アレク様が呆然と呟くと、エセルバート様も深く首肯する。
『その昔クリスティアン王子にも、剣を教えたが…
彼の優しすぎる性格では、やはりどうしても難しくてなあ。
指導者としての自分の資質に自信を無くした唯一の生徒だった』
そんな方が、父王の留守中にクーデターのような形で王位を襲ったりするものだろうか。
皆さんが驚かれるのも無理はない。
『都に残る副将軍が、もしかしたら兄を脅すなり懐柔するなりして、この騒動を起こしたのかもしれません。
前々から、あの野心家には父上も懸念を持っていたのですが…
兄が王を名乗ったところで、実際は副将軍の傀儡とされるだけです』
そんなこと、あの聡明な兄上が気づかないわけないのに、と悔しそうに呟く。
『それで、レセンデス王はどうなさるおつもりなんです?』
アレク様が問い、ロレンシオ王子は『父は急ぎ都に帰ります』と答えた。
『ですので、ここの戦後処理は私に一任されました。
本日、会議の準備が整い次第すぐに協議を開催いたします。
大公陛下にはこちらの都合でいろいろと振り回してしまって申し訳ありません』
そう言って頭を下げたロレンシオ王子を私は少し見直した。
威張り散らしているだけのお坊ちゃんかと思ってしまったけど…そうでもないんだな。
ちゃんとご自分の立場とか国同士の話し合いの重要さを弁えていらっしゃる。
さすがに大国ラ・カドリナの第二王子様でいらっしゃるわ。
「こら、そんな目で見るなよ。
誤解させちまうだろ」
アレク様が私の方へ少し屈んで頭上で囁く。
え…どういうこと?
私が訝しく思っていると、ロレンシオ王子と目が合った。
ロレンシオ王子はじっと私を見つめていたが、ふっと目を逸らした。
少し赤面しているように見えたけど…ランタンと蝋燭の暗い光の中ではちょっとよく判らない。
『しかし、今回陛下と大将軍殿が率いていらっしゃった、一個大隊相当の兵士たちは、都へ返してしまわれたのでは?』
エセルバート様が、懸念を口にする。
そう言えばそうだ。
後は戦後処理だけだし大将軍がいるし、王様をお守りする最低限の騎士兵士しか残していないと言っていた。
終戦後に兵士は要らないし余計な食い扶持を支払うのも勿体ないしね。
ロレンシオ王子は暗い表情で頷く。
『そうなんです。
近隣の領主に声をかけてはいるのですが、思ったより集まりが悪くて。
まあまだ朝早いので、もう少ししたら集まってくるかもしれないんですが』
エルヴィーノ様とアレク様が顔を見合わせて頷きあう。
幼馴染のお二人だけに通じ合う、アイコンタクトのようなもの…?
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