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第九章 逃亡の終着点
3.執務室を出て
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アレク様の怒涛の剣幕に、まだ驚愕のあまり呆然としているようなロレンシオ王子と近習に、アレク様は大股に歩み寄り書類にサインさせた。
そしてすぐさま「それでは、これにて失礼する。レセンデス陛下に宜しく申し上げてくれ」と言って、私の背を押してさっさと部屋を後にした。
「あの王子…俺のクレメンティナに惚れやがって。
こんなところ、とっととおさらばするぞ。
これ以上かかずらわっていたらロクなことにならん」
アレク様は執務室を出てすぐに、吐き捨てるようにそう言うと、ものすごい速さで歩き出す。
ヘイデンスタムが私たちの背後から部屋を出てくるのが視界の片隅に入る。
その後すぐにローブのフードを跳ね上げて顔を出したオズヴァルド様とシプリアノが続いて出てきた。
ヘイデンスタムは私たちの後について歩いてくるが、思い切り文系のオズヴァルド様とシプリアノはすぐに息切れした様子で距離がどんどん開いていく。
エセルバート様はアレク様の言葉に苦笑して「早速帰国の通達を出しましょう。残っている兵たちを集めなければ」と言ってアレク様と同じスピードで歩き始め、私もアレク様に歩調を合わせて横に並んだ。
「アレク様…お気持ちは嬉しいのですけど…
大国の王子様が、わたくし如きただの小娘を思召すなどありえないのですから。
どうぞそのようにお怒りにならず、お心をお鎮めくださいませ」
アレク様は私をちらっと見て、ふうっと大きくため息をつく。
「そなたはもう少し自覚を持ってくれ…
そなたのその無防備さは魅力でもあるが…夫の私は心臓がいくつあっても足りない。
なあ、エセルバート」
声をかけられたエセルバート様は「さようですな」とまた微苦笑する。
「今後、あの王子が何かしらコンタクトを取ってくる可能性はあると思います。
まだ今しばらくは国情が落ち着かないとそれどころではないでしょうが」
エセルバート様までそんなことを仰るなんて。
私は納得できない気持ちを押し殺しつつ、黙って歩いていく。
アレク様はそんな私の表情を見て、苦笑いしながら手を伸ばし、私の手を探ってぎゅっと握る。
「その天真爛漫なそなたの気質が、古臭い慣習に満ちた宮廷の雰囲気を良い方向に変えてくれることを私は願って止まない。
形骸化しているしきたりや伝統はすべて撤廃して、新しいムーブをそなたと共に作っていきたいのだ」
「アレク様、『温故知新』と申しますわ」
「え?」
私が反論するとは思っていなかったのだろう、アレク様は驚いたように私の顔を覗き込む。
「遥か東方の国のことわざです。
『故きを温めて新しきを知る』
しきたりや伝統が成立した背景には必ず理由があるはずです。
それを知って今の時代にそぐわないと判断したのなら、それを現代にも通用するように改変していけば良いと思います。
闇雲に廃して、そこからまた弊害が起きないとも限りません」
アレク様は絶句して歩みを止め、ずんずんと進んで行ってしまったエセルバート様は振り向いてがははと笑う。
「アレク様もこのお妃様がいれば真の意味で王者になられることでしょうな。
いつもお傍に置いて、細かなことにも耳を傾けられると、ダリスカーナはもっともっと良い国になる。
もちろん、他の重臣たちの諫言にもきちんと向き合っていかれる聡明さをお持ちのアレク様にだからこういう風に言えるのだが」
いつの間にかすぐそばまで来ていたヘイデンスタムもにこにこと笑って言った。
「若く英邁なこのお二人が手を携えて、大国を良い方向へ導いて行かれることを期待できるということこそが、何より大事なことですね。
若さとは実に羨ましい」
え、ヘイデンスタムだってまだ結構若そうだけど…?
うーんでもよく見ると、目尻にいい感じに入ってる皺とか、顎から首の感じとか、そんなに若くないのかな?
「お妃様、その美しい瞳でそうじっと見つめられると、おじさんのわたくしでもドキドキしてしまいますよ」
からかうように言って、ヘイデンスタムはぱちっと片目をつぶる。
アレク様に手をひっぱられて、私は「すみません、不躾で」と赤くなりながらまた歩き出し、ほどなくして滞在していた部屋へと到着する。
「では一時間後にはここを出られるように、皆、支度してくれ。
エセルバート、そなたは衛兵たちの編成や彼らの装備などについても頼む」
「畏まりました」
エセルバート様は短く言って頭を下げ、ぱっと踵を返すと恐ろしい速さで遠ざかって行った。
「さて、では私も不肖の弟子たちを破門としましょうかね。
そして改めて、アレッサンドロ陛下に随行をお願い申し上げたい」
ヘイデンスタムはそう言ってアレク様に深く頭を下げる。
アレク様は「願ってもないことですよ。ヘイデンスタム殿、面を上げて」と優しく言った。
顔を上げたヘイデンスタムに、アレク様は口角を緩めて見せる。
「此度の一連の交渉に関して、すべてうまく事が運んだのは、ヘイデンスタム殿のお陰であると言っても差し支えないだろう。
礼を申し上げたい。
余と我が友人と我が妻を救ってくれてありがとう。
ぜひ、我が国に賓客としてお迎えしたいと思う」
ヘイデンスタムは少し驚いたように目を瞠ったが、また相好を崩してお辞儀した。
「身に余る光栄なお言葉を賜り、恐悦に存じます。
貴国での滞在を、楽しみにしております」
そしてすぐさま「それでは、これにて失礼する。レセンデス陛下に宜しく申し上げてくれ」と言って、私の背を押してさっさと部屋を後にした。
「あの王子…俺のクレメンティナに惚れやがって。
こんなところ、とっととおさらばするぞ。
これ以上かかずらわっていたらロクなことにならん」
アレク様は執務室を出てすぐに、吐き捨てるようにそう言うと、ものすごい速さで歩き出す。
ヘイデンスタムが私たちの背後から部屋を出てくるのが視界の片隅に入る。
その後すぐにローブのフードを跳ね上げて顔を出したオズヴァルド様とシプリアノが続いて出てきた。
ヘイデンスタムは私たちの後について歩いてくるが、思い切り文系のオズヴァルド様とシプリアノはすぐに息切れした様子で距離がどんどん開いていく。
エセルバート様はアレク様の言葉に苦笑して「早速帰国の通達を出しましょう。残っている兵たちを集めなければ」と言ってアレク様と同じスピードで歩き始め、私もアレク様に歩調を合わせて横に並んだ。
「アレク様…お気持ちは嬉しいのですけど…
大国の王子様が、わたくし如きただの小娘を思召すなどありえないのですから。
どうぞそのようにお怒りにならず、お心をお鎮めくださいませ」
アレク様は私をちらっと見て、ふうっと大きくため息をつく。
「そなたはもう少し自覚を持ってくれ…
そなたのその無防備さは魅力でもあるが…夫の私は心臓がいくつあっても足りない。
なあ、エセルバート」
声をかけられたエセルバート様は「さようですな」とまた微苦笑する。
「今後、あの王子が何かしらコンタクトを取ってくる可能性はあると思います。
まだ今しばらくは国情が落ち着かないとそれどころではないでしょうが」
エセルバート様までそんなことを仰るなんて。
私は納得できない気持ちを押し殺しつつ、黙って歩いていく。
アレク様はそんな私の表情を見て、苦笑いしながら手を伸ばし、私の手を探ってぎゅっと握る。
「その天真爛漫なそなたの気質が、古臭い慣習に満ちた宮廷の雰囲気を良い方向に変えてくれることを私は願って止まない。
形骸化しているしきたりや伝統はすべて撤廃して、新しいムーブをそなたと共に作っていきたいのだ」
「アレク様、『温故知新』と申しますわ」
「え?」
私が反論するとは思っていなかったのだろう、アレク様は驚いたように私の顔を覗き込む。
「遥か東方の国のことわざです。
『故きを温めて新しきを知る』
しきたりや伝統が成立した背景には必ず理由があるはずです。
それを知って今の時代にそぐわないと判断したのなら、それを現代にも通用するように改変していけば良いと思います。
闇雲に廃して、そこからまた弊害が起きないとも限りません」
アレク様は絶句して歩みを止め、ずんずんと進んで行ってしまったエセルバート様は振り向いてがははと笑う。
「アレク様もこのお妃様がいれば真の意味で王者になられることでしょうな。
いつもお傍に置いて、細かなことにも耳を傾けられると、ダリスカーナはもっともっと良い国になる。
もちろん、他の重臣たちの諫言にもきちんと向き合っていかれる聡明さをお持ちのアレク様にだからこういう風に言えるのだが」
いつの間にかすぐそばまで来ていたヘイデンスタムもにこにこと笑って言った。
「若く英邁なこのお二人が手を携えて、大国を良い方向へ導いて行かれることを期待できるということこそが、何より大事なことですね。
若さとは実に羨ましい」
え、ヘイデンスタムだってまだ結構若そうだけど…?
うーんでもよく見ると、目尻にいい感じに入ってる皺とか、顎から首の感じとか、そんなに若くないのかな?
「お妃様、その美しい瞳でそうじっと見つめられると、おじさんのわたくしでもドキドキしてしまいますよ」
からかうように言って、ヘイデンスタムはぱちっと片目をつぶる。
アレク様に手をひっぱられて、私は「すみません、不躾で」と赤くなりながらまた歩き出し、ほどなくして滞在していた部屋へと到着する。
「では一時間後にはここを出られるように、皆、支度してくれ。
エセルバート、そなたは衛兵たちの編成や彼らの装備などについても頼む」
「畏まりました」
エセルバート様は短く言って頭を下げ、ぱっと踵を返すと恐ろしい速さで遠ざかって行った。
「さて、では私も不肖の弟子たちを破門としましょうかね。
そして改めて、アレッサンドロ陛下に随行をお願い申し上げたい」
ヘイデンスタムはそう言ってアレク様に深く頭を下げる。
アレク様は「願ってもないことですよ。ヘイデンスタム殿、面を上げて」と優しく言った。
顔を上げたヘイデンスタムに、アレク様は口角を緩めて見せる。
「此度の一連の交渉に関して、すべてうまく事が運んだのは、ヘイデンスタム殿のお陰であると言っても差し支えないだろう。
礼を申し上げたい。
余と我が友人と我が妻を救ってくれてありがとう。
ぜひ、我が国に賓客としてお迎えしたいと思う」
ヘイデンスタムは少し驚いたように目を瞠ったが、また相好を崩してお辞儀した。
「身に余る光栄なお言葉を賜り、恐悦に存じます。
貴国での滞在を、楽しみにしております」
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