身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第九章 逃亡の終着点

4.別れの挨拶?

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 それから私たちはバタバタと帰国の準備をした。
 と言っても体裁上は敗戦国、元々大した荷物は持ってきていなかったのでそう時間はかからなかった。
 
 一時間後、部屋を出て足早に廊下を歩き玄関のロビーに到着すると、ヘイデンスタムにオズヴァルド様とシプリアノが待っていた。
 アレク様と私を見て、深くお辞儀する。

 「エセルバート卿は、もう先に外に出て兵たちと待っておられます」
 シプリアノが言い、アレク様はうなずいた。
 「判った。皆揃ったな。
 急いで帰るぞ、強行軍になるから皆、覚悟しておけよ」

 その言葉を聞いたヘイデンスタムが私をちらっと見た。
 アレク様はふっと笑って私の肩を抱く。
 「心配には及ばない。
 妃はたぶん、そなたより鍛え上げて強靭な身体をしているから」

 それを聞いてヘイデンスタムは大仰に目を瞠り、一礼した。
 「さようでございましたか、それはお見逸れいたしました。
 わたくしが行軍の足を引っ張らぬよう、懸命についてまいります」

 「どっちかっつうと、オレ達の方がヤバいよなあ。
 シプリアノと二人で置いてかれないように頑張らないとなあ」
 「いえいえいえ、私はアレク様の山賊討伐のお供をして、強行軍は経験済みでごさいますのでね」
 やれやれといった感じでオズヴァルド様が肩に回した手を、シプリアノは肩から払いのけつつ威張って答える。
 
 ああ、そうだわ。
 アレク様と初めてお会いした山賊討伐の館から、首都へ行った時の行軍は凄かった。
 あれを最初に体験したから、私はアレク様がまさか大公様だなんてとても思えなかったのだ。

 「申し上げます、馬車の準備が調いました」
 騎士が伝えに来て、私はデメトリアに手周りの荷物だけ持ってもらって(自分で持つと言ったのだけど、とんでもない!と言われてしまった)、アレク様に手を引かれて従者が開けた扉から出ようとしたとき、後ろから声がかかった。
 
 「クレメンティナ妃陛下!」
 振り向くとロレンシオ王子が息を切らして玄関ホールへ駆けこんできたところだった。
 「あの、…」
 ロレンシオ王子は私たちの前まできて立ち止まると、肩で息をしながら口を開いた。

 「遠路はるばるいらっしゃってくださって、ありがとうございました。
 というかもうここは…ダリスカーナの一部になってしまうわけですが…
 陛下の交渉術を、私は間近に拝見して圧倒されてしまいました。
 大国を統べるということの責任の重さ、というものを初めて目の当たりにして、力量の差を痛感いたしました」

 ダリスカーナ語でそこまで言うと、アレク様が何か言うより早く、私の方を向いて言葉を継いだ。
 「クレメンティナ様の教養の広さ深さにも感銘を受けました。
 もっと近しくいろいろなお話をしてみたいと、強く願っております。
 宮殿の中しか知らない狭い世界に生きている私のような人間には知る由もないような、楽しく興味深いお話がたくさん伺えるのだろうなと…」

 「それならわたくしも、王子殿下のお役に立てるかと存じますよ」
 くつくつと笑いながらヘイデンスタムが茶々を入れるが、ロレンシオ王子は意に介した風もなく続けた。
 「ヘイデンスタム殿もダリスカーナに行かれるのですよね。
 私は、近いうちにダリスカーナに留学できるよう、父王にお願いするつもりです」

 えっ?
 私とアレク様は思わず顔を見合わせる。
 ヘイデンスタムやオズヴァルド様たちも驚いたように目を見開いているのが視界の隅に入った。

 「いや…我が国としては歓迎するが…
 しかしそれより前に兄上であられる王太子殿下の件をどうにかして、国情を安定させないと」
 アレク様が思わずといったように答えると、ロレンシオ王子はあっと小さく言って顔を赤らめた。
 「そうですね…
 それが先でした。
 僕はまだまだ、とてもじゃないがクレメンティナ様のお傍にいられる器ではないな」

 「その通りですよ。
 ではごきげんよう」
 アレク様はそっけなく言うと、私の肩を抱いてつかつかと歩き扉を出る。
 びっくりしたように皆がついてきて、私たちは扉の外に待機していた馬車に飛び乗るようにして入った。

 アレク様はばんっと音を立ててご自分でキャリッジの扉を閉めると、私を抱きしめて「さっさと出せ!」と怒鳴った。
 御者が馬に慌てて大きな声で掛け声をかけ馬のいななきが聞こえたと思うと馬車はすごい勢いで走り出し、私たちは背のふかふかのクッションに身体を押し付けられた。

 扉から走り出てきたロレンシオ王子が私たちを見送っているのが見えたが、アレク様は私の視界を塞ぐように顔を近づけてじっと瞳を見つめた。
 「クレメンティナ…俺のクレメンティナ」
 呟くように言って私の唇に激しくキスする。

 ものすごいスピードで走る馬車の中で口もきけないほどあちこちに身体を振られながらも、アレク様はずっと私を離さずに抱きしめ時折キスして、私は外の景色を見ることもできないままにこの地を後にしたのだった。 

 
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