165 / 172
第九章 逃亡の終着点
5.懐かしの我が家
しおりを挟む
馬車は状態の悪い街道をひた走り、あっという間に国境を越えてシエーラに入った。
後ろからついてくる兵士や、私たちの乗る馬車よりも質の落ちる馬車に乗り合わせている使用人たちはものすごく大変だったと思うけど、さすがはエセルバート様の統率力、皆遅れずについてきてくれた。
驚いたことに、終戦からたった一日でシエーラの様子は変わっていた。
焼け野原は当然のことながら相変わらずだけれど、あちこちに木材資材が積まれ仮小屋が建ち始めている。
戦火ではなく煮炊きのための煙が上がり、人々が忙しく立ち働いていた。
何より私が驚き、かつまた嬉しかったのは。
人々の表情が生き生きと輝いていたことだ。
「エルヴィーノの兄貴とオズヴァルドの親父が首都で音頭取ってシエーラの復興を後押ししている。
近隣の州からも人手を集めて、傭兵にもそのままいてもらって手伝わせている。
あとはお前の兄だな。
どこまで踏ん張れるか。
これからの領主としての力量が試される」
スピードを落として漸くまともに話ができるようになったアレク様が私の頭越しに窓の外を眺めながら言う。
私はうなずいて同意を示し、それから口を開いた。
「決して身びいきで申すのではございませんが…
レオンツィオ兄なら、きっと領民や中央の貴族の方々に恥ずかしくない対応を取れると存じますわ」
私の言葉を聞いたアレク様はくすっと笑って私の頬を撫でる。
「そう願っているよ。
さて、旧領主館はもう使い物にならないから、新たに建設するとして…
暫間の執務はどこでやるかな」
呟くアレク様の言葉に呼応するように、馬車はどこかへ向かって走っていく。
あれ…ここは…
見覚えのある景色に、私は思わず身を乗り出す。
御者の背越しに見える懐かしい風景に、私は飛び出したい衝動に駆られる。
我が家だ!
子爵家とは名ばかりの、大きめの農家のような、でも懐かしい私の家!
「お、ここは…?」
止まった馬車から飛び降りそうになっている私の腰を抱いて宥めながら、アレク様は窓から外を覗く。
家の粗末な扉が開いて、レオ兄様とにぃ兄様が転がるように出てくる。
焦ったように並んで立ち、私たちの馬車に深くお辞儀する。
ゲリラ戦の時の鎧は脱いで野良着に戻り、なんだかやたら慌てているようなお二人の様子に、私は訝しく思う。
扉が開くのももどかしく、私はアレク様の手を振り切って飛び降り、兄様たちに駆け寄る。
「クレメンティナ!
よく、無事で…」
兄様方と抱き合うようにして喜ぶ私を、アレク様は笑ってみていたが、やがてゆっくりと馬車から降りてきた。
兄様たちははっとして、アレク様にお辞儀する。
「申し訳ありません!
このような…見苦しい賤家にお越しくださいまして、誠に有難うございます」
アレク様は私に近づいて肩を抱き、建物を眺め、また庭を見回した。
「そうか、ここが…
そなたを育んだ家なのだな」
「はい、さようでございます」
「ふうん…ここは幸いにも、戦禍の犠牲にはならなかったようだ。
領主館の再建まではまだ時間がかかるだろうから、ここでしばらく執政するのがいいのだろうな。
しかし如何にも古いし、手狭だなぁ。
よし判った、すぐに手を入れさせよう」
アレク様が呟いたとき、中から慌ただしくお母様の声がした。
「レオンツィオ!セノフォンテ!
何をしているの、早くお湯を持って来てちょうだい!」
「あっ!はい、只今!」
レオ兄様が慌てて答え、私たちの方を向いて、また頭を下げた。
「あの、今、大変申し訳ありませんが…私事で立て込んでおりまして…」
「義姉が今朝から産気づきまして、その、つい先程無事に産まれまして」
「えっ!」
私とアレク様は思わず顔を見合わせ、私は急いで「早く、行ってあげてください、兄様!」と声をかけた。
アレク様もうなずくのを見て、レオ兄様は「申し訳ありません…セノフォンテ、後は」とにぃ兄様に言い、にぃ兄様も「承知しております」と短く答えてレオ兄様を家の中に促す。
「おめでとうございますレオ兄様、カルロッタお義姉様にもお伝えしてください!」
足早に去っていくレオ兄様の大きな背中に声をかけると、レオ兄様は振り返って照れたように少し笑って手を上げた。
「どちらだったのだ?」
アレク様がにこやかににぃ兄様に訊く。
「あ、はい、男の子でございました」
にぃ兄様も嬉しそうに答える。
「そうか、それは良かった。
無事に産まれたことが何よりだ」
アレク様は満足げに言い、私を見おろして「クレメンティナにもいつか…そのような日が来るのだろうな」と微笑んで髪を撫でる。
アレク様と私の…子供。
いつか、赤ちゃんをこの腕に抱く日が来るのだろうか。
そうなると良いな。
私は想像して、少し赤くなってしまう。
その時、家の中からお母様が珍しく慌てふためいて走り出てきた。
「まあ、大変申し訳ございません!
恐れ多くも、大公陛下と妃陛下をこのようなところに、立たせっぱなしにさせてしまって…
セノフォンテ、急いでご案内してちょうだい」
お母様はお産の介抱をしていたのだろう、髪は乱れてドレスの腕もたくし上げたままだ。
にぃ兄様は「判っておりますよ、母上、身支度をなさいませ」と言って、私たちに改めて向き直った。
「取り散らかしておりまして大変恐縮ですが、どうぞ中にお入りください」
「ああ、ありがとう」
アレク様が答えて、私の腰に手を回し、にぃ兄様について家の中に入る。
オズヴァルド様やシプリアノも馬車から降りて、一緒に入ってきた。
お母様は急いで踵を返すと台所の方へ向かって急ぎ足で歩いて行った。
お産の手伝いに来ていた近隣の女性たちに、いろいろと指示を飛ばしているようだ。
ああ、相変わらずきびきびとしたお母様の声。
懐かしさに胸が締め付けられる。
後ろからついてくる兵士や、私たちの乗る馬車よりも質の落ちる馬車に乗り合わせている使用人たちはものすごく大変だったと思うけど、さすがはエセルバート様の統率力、皆遅れずについてきてくれた。
驚いたことに、終戦からたった一日でシエーラの様子は変わっていた。
焼け野原は当然のことながら相変わらずだけれど、あちこちに木材資材が積まれ仮小屋が建ち始めている。
戦火ではなく煮炊きのための煙が上がり、人々が忙しく立ち働いていた。
何より私が驚き、かつまた嬉しかったのは。
人々の表情が生き生きと輝いていたことだ。
「エルヴィーノの兄貴とオズヴァルドの親父が首都で音頭取ってシエーラの復興を後押ししている。
近隣の州からも人手を集めて、傭兵にもそのままいてもらって手伝わせている。
あとはお前の兄だな。
どこまで踏ん張れるか。
これからの領主としての力量が試される」
スピードを落として漸くまともに話ができるようになったアレク様が私の頭越しに窓の外を眺めながら言う。
私はうなずいて同意を示し、それから口を開いた。
「決して身びいきで申すのではございませんが…
レオンツィオ兄なら、きっと領民や中央の貴族の方々に恥ずかしくない対応を取れると存じますわ」
私の言葉を聞いたアレク様はくすっと笑って私の頬を撫でる。
「そう願っているよ。
さて、旧領主館はもう使い物にならないから、新たに建設するとして…
暫間の執務はどこでやるかな」
呟くアレク様の言葉に呼応するように、馬車はどこかへ向かって走っていく。
あれ…ここは…
見覚えのある景色に、私は思わず身を乗り出す。
御者の背越しに見える懐かしい風景に、私は飛び出したい衝動に駆られる。
我が家だ!
子爵家とは名ばかりの、大きめの農家のような、でも懐かしい私の家!
「お、ここは…?」
止まった馬車から飛び降りそうになっている私の腰を抱いて宥めながら、アレク様は窓から外を覗く。
家の粗末な扉が開いて、レオ兄様とにぃ兄様が転がるように出てくる。
焦ったように並んで立ち、私たちの馬車に深くお辞儀する。
ゲリラ戦の時の鎧は脱いで野良着に戻り、なんだかやたら慌てているようなお二人の様子に、私は訝しく思う。
扉が開くのももどかしく、私はアレク様の手を振り切って飛び降り、兄様たちに駆け寄る。
「クレメンティナ!
よく、無事で…」
兄様方と抱き合うようにして喜ぶ私を、アレク様は笑ってみていたが、やがてゆっくりと馬車から降りてきた。
兄様たちははっとして、アレク様にお辞儀する。
「申し訳ありません!
このような…見苦しい賤家にお越しくださいまして、誠に有難うございます」
アレク様は私に近づいて肩を抱き、建物を眺め、また庭を見回した。
「そうか、ここが…
そなたを育んだ家なのだな」
「はい、さようでございます」
「ふうん…ここは幸いにも、戦禍の犠牲にはならなかったようだ。
領主館の再建まではまだ時間がかかるだろうから、ここでしばらく執政するのがいいのだろうな。
しかし如何にも古いし、手狭だなぁ。
よし判った、すぐに手を入れさせよう」
アレク様が呟いたとき、中から慌ただしくお母様の声がした。
「レオンツィオ!セノフォンテ!
何をしているの、早くお湯を持って来てちょうだい!」
「あっ!はい、只今!」
レオ兄様が慌てて答え、私たちの方を向いて、また頭を下げた。
「あの、今、大変申し訳ありませんが…私事で立て込んでおりまして…」
「義姉が今朝から産気づきまして、その、つい先程無事に産まれまして」
「えっ!」
私とアレク様は思わず顔を見合わせ、私は急いで「早く、行ってあげてください、兄様!」と声をかけた。
アレク様もうなずくのを見て、レオ兄様は「申し訳ありません…セノフォンテ、後は」とにぃ兄様に言い、にぃ兄様も「承知しております」と短く答えてレオ兄様を家の中に促す。
「おめでとうございますレオ兄様、カルロッタお義姉様にもお伝えしてください!」
足早に去っていくレオ兄様の大きな背中に声をかけると、レオ兄様は振り返って照れたように少し笑って手を上げた。
「どちらだったのだ?」
アレク様がにこやかににぃ兄様に訊く。
「あ、はい、男の子でございました」
にぃ兄様も嬉しそうに答える。
「そうか、それは良かった。
無事に産まれたことが何よりだ」
アレク様は満足げに言い、私を見おろして「クレメンティナにもいつか…そのような日が来るのだろうな」と微笑んで髪を撫でる。
アレク様と私の…子供。
いつか、赤ちゃんをこの腕に抱く日が来るのだろうか。
そうなると良いな。
私は想像して、少し赤くなってしまう。
その時、家の中からお母様が珍しく慌てふためいて走り出てきた。
「まあ、大変申し訳ございません!
恐れ多くも、大公陛下と妃陛下をこのようなところに、立たせっぱなしにさせてしまって…
セノフォンテ、急いでご案内してちょうだい」
お母様はお産の介抱をしていたのだろう、髪は乱れてドレスの腕もたくし上げたままだ。
にぃ兄様は「判っておりますよ、母上、身支度をなさいませ」と言って、私たちに改めて向き直った。
「取り散らかしておりまして大変恐縮ですが、どうぞ中にお入りください」
「ああ、ありがとう」
アレク様が答えて、私の腰に手を回し、にぃ兄様について家の中に入る。
オズヴァルド様やシプリアノも馬車から降りて、一緒に入ってきた。
お母様は急いで踵を返すと台所の方へ向かって急ぎ足で歩いて行った。
お産の手伝いに来ていた近隣の女性たちに、いろいろと指示を飛ばしているようだ。
ああ、相変わらずきびきびとしたお母様の声。
懐かしさに胸が締め付けられる。
5
あなたにおすすめの小説
無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する
タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。
社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。
孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。
そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。
追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる