身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

文字の大きさ
166 / 172
第九章 逃亡の終着点

6.友人たち

しおりを挟む
 簡素な応接間に落ち着き、私以外の皆は(何故かヘイデンスタムもいた)物珍しげに部屋の中を見回している。
 州境にあった山賊討伐のための館よりもずっと粗末な作りで、私は少し恥ずかしく思ってしまう。

 「…さすが、クレメンティナの育った家だな。
 こんな状況なのに、綺麗に掃き清められて隅々まで磨かれて居心地の良い部屋だ。
 クレメンティナのセンスの良さはここで培われたのだなと判るよ」
 アレク様が私の髪を撫でながら優しく言う。
 その心遣いが嬉しくて、私は頬を染めたまま頷いた。

 「お待たせいたしました」
 着替えて身なりを整えたお母様とにぃ兄様が部屋に入ってきてお辞儀する。
 後ろからものすごく緊張した面持ちの、近所の娘たちがお茶のトレーを危なっかしく持って入ってきた。

 私は、都へ無理やり行かされることになったあの日まで親しくしていた友人たちの姿に、懐かしさのあまり立ち上がりそうになり、お母様の氷点下の眼差しを感じて踏みとどまる。

 …そうか、そうよね。
 今の私は、彼女たちと以前のように親しく普通に話したりしてはいけないのだわ。
 そんなに頻繁ではなかったけれど、もう、以前のようには笑いあったり秘密の話を語り合ったり、仕事の愚痴を言ったり聞いたり…

 …寂しい。

 私は突如襲ってきた激しい寂寥感に涙がこぼれそうになって、慌ててうつむいた。
 アレク様が気遣わしげに私の顔を覗き込む。
 私は「…大丈夫ですわ」と小さく言ってそっと涙を拭った。

 まったく、何という運命なのだろう。
 私にとっても家族にとっても、そして領地の人たちにとっても、運命のいたずらというにはあまりにも過酷な巡りあわせに、感情が追いつかない。
 得たものは大きいけれど、…失ったものも確実に存在するのだわ。

 私は、出かかったため息を飲み込み、ガチガチに緊張しているアンネッタという娘からお茶を受け取った。
 できるだけ優しい声で
 「ありがとう、アンネッタ」
 と声をかけて微笑んだ。

 アンネッタはビックリしたように一瞬、私を見て、慌てて目を逸らしてぺこぺこお辞儀する。
 私の心を、また寂寞の思いが満たす。
 ぎゅっと唇をかみしめて、私は心を落ち着かせようとお茶を一口飲んだ。

 お母様のブレンドティー。
 すっきりと飲みやすい中にも深いコクと味わいのある懐かしい香りと味に、思わずほうっとため息を漏らす。
 アレク様も震えながら差し出されたお茶を受け取って口に含み「ふぅん…」と感嘆の声を上げた。
 横に立っているオズヴァルド様やシプリアノ、ヘイデンスタムもお茶のカップを片手に目を瞠っている。

 アンネッタたちが下がるのと入れ違いに、レオ兄様がそっと部屋に入ってきて深くお辞儀する。
 「陛下、お話申し上げて宜しいでしょうか」
 タイミングを見てレオ兄様がアレク様に話しかけた。
 アレク様が頷くのを確認して、また頭を下げ、顔を上げて口を開く。

 「今日このような場所にわざわざお越しくださったのは…
 ラ・カドリナ王国との戦後処理の協議の結果を伺えると、思って宜しいのでしょうか」
 言葉を選びながら緊張を声ににじませるレオ兄様と、その隣でやはり固唾を飲んでいるお母様とにぃ兄様を眺めて、アレク様は少し微笑んでまた頷いた。

 「そうだ。
 まさか、甥の誕生の日に立ち会えるとは思わなかったが…」
 アレク様の言葉に、レオ兄様とお母様は恐縮したように、でも嬉しそうに頭を下げる。

 そうか、私の甥だから、アレク様にとっても甥…?
 うーん何かでも、しっくりはこない。
 辺境貧乏貴族の跡取りが、大公の親戚とかちょっと突飛すぎて。
 一年前の私が聞いたら、おとぎ話だとしか思えないだろう。

 「余とラ・カドリナ国の協議の結果を伝える」
 アレク様は急に表情を引き締め、力強い声にも真剣さが混ざる。
 場が一気に緊張した。
 シプリアノがそっと近づいてきて何かの書面をアレク様に手渡した。

 「シエーラ地方並びにカラバリア州は、これまで通り我がダリスカーナ大公国の領土である」
 重々しく、アレク様は宣言する。

 レオ兄様とお母様、にぃ兄様は心からホッとしたように顔を見合わせ、それからアレク様に額ずいた。
 「有難く存じ奉ります。
 安堵いたしました。
 このような酷い有様のシエーラが隣国に取られ、新たな領主を迎えなくてはならないのかと、わたくしども生きた心地がいたしませんでした。
 領民もどれほど喜びますでしょう。
 敗戦側の厳しい協議でこのような結果を勝ち取ってくださり、お礼の申し上げようもございません」
 
 レオ兄様の止まらない感謝の言葉にアレク様はわずかに頬を緩めたが、厳しい調子で言葉を続ける。
 「まだ話は終わっていない。
 そのように喜ぶのはまだ早い」
 


 
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ

蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。 とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。 どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。 など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。 そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか? 毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

処理中です...