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第九章 逃亡の終着点
6.友人たち
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簡素な応接間に落ち着き、私以外の皆は(何故かヘイデンスタムもいた)物珍しげに部屋の中を見回している。
州境にあった山賊討伐のための館よりもずっと粗末な作りで、私は少し恥ずかしく思ってしまう。
「…さすが、クレメンティナの育った家だな。
こんな状況なのに、綺麗に掃き清められて隅々まで磨かれて居心地の良い部屋だ。
クレメンティナのセンスの良さはここで培われたのだなと判るよ」
アレク様が私の髪を撫でながら優しく言う。
その心遣いが嬉しくて、私は頬を染めたまま頷いた。
「お待たせいたしました」
着替えて身なりを整えたお母様とにぃ兄様が部屋に入ってきてお辞儀する。
後ろからものすごく緊張した面持ちの、近所の娘たちがお茶のトレーを危なっかしく持って入ってきた。
私は、都へ無理やり行かされることになったあの日まで親しくしていた友人たちの姿に、懐かしさのあまり立ち上がりそうになり、お母様の氷点下の眼差しを感じて踏みとどまる。
…そうか、そうよね。
今の私は、彼女たちと以前のように親しく普通に話したりしてはいけないのだわ。
そんなに頻繁ではなかったけれど、もう、以前のようには笑いあったり秘密の話を語り合ったり、仕事の愚痴を言ったり聞いたり…
…寂しい。
私は突如襲ってきた激しい寂寥感に涙がこぼれそうになって、慌ててうつむいた。
アレク様が気遣わしげに私の顔を覗き込む。
私は「…大丈夫ですわ」と小さく言ってそっと涙を拭った。
まったく、何という運命なのだろう。
私にとっても家族にとっても、そして領地の人たちにとっても、運命のいたずらというにはあまりにも過酷な巡りあわせに、感情が追いつかない。
得たものは大きいけれど、…失ったものも確実に存在するのだわ。
私は、出かかったため息を飲み込み、ガチガチに緊張しているアンネッタという娘からお茶を受け取った。
できるだけ優しい声で
「ありがとう、アンネッタ」
と声をかけて微笑んだ。
アンネッタはビックリしたように一瞬、私を見て、慌てて目を逸らしてぺこぺこお辞儀する。
私の心を、また寂寞の思いが満たす。
ぎゅっと唇をかみしめて、私は心を落ち着かせようとお茶を一口飲んだ。
お母様のブレンドティー。
すっきりと飲みやすい中にも深いコクと味わいのある懐かしい香りと味に、思わずほうっとため息を漏らす。
アレク様も震えながら差し出されたお茶を受け取って口に含み「ふぅん…」と感嘆の声を上げた。
横に立っているオズヴァルド様やシプリアノ、ヘイデンスタムもお茶のカップを片手に目を瞠っている。
アンネッタたちが下がるのと入れ違いに、レオ兄様がそっと部屋に入ってきて深くお辞儀する。
「陛下、お話申し上げて宜しいでしょうか」
タイミングを見てレオ兄様がアレク様に話しかけた。
アレク様が頷くのを確認して、また頭を下げ、顔を上げて口を開く。
「今日このような場所にわざわざお越しくださったのは…
ラ・カドリナ王国との戦後処理の協議の結果を伺えると、思って宜しいのでしょうか」
言葉を選びながら緊張を声ににじませるレオ兄様と、その隣でやはり固唾を飲んでいるお母様とにぃ兄様を眺めて、アレク様は少し微笑んでまた頷いた。
「そうだ。
まさか、甥の誕生の日に立ち会えるとは思わなかったが…」
アレク様の言葉に、レオ兄様とお母様は恐縮したように、でも嬉しそうに頭を下げる。
そうか、私の甥だから、アレク様にとっても甥…?
うーん何かでも、しっくりはこない。
辺境貧乏貴族の跡取りが、大公の親戚とかちょっと突飛すぎて。
一年前の私が聞いたら、おとぎ話だとしか思えないだろう。
「余とラ・カドリナ国の協議の結果を伝える」
アレク様は急に表情を引き締め、力強い声にも真剣さが混ざる。
場が一気に緊張した。
シプリアノがそっと近づいてきて何かの書面をアレク様に手渡した。
「シエーラ地方並びにカラバリア州は、これまで通り我がダリスカーナ大公国の領土である」
重々しく、アレク様は宣言する。
レオ兄様とお母様、にぃ兄様は心からホッとしたように顔を見合わせ、それからアレク様に額ずいた。
「有難く存じ奉ります。
安堵いたしました。
このような酷い有様のシエーラが隣国に取られ、新たな領主を迎えなくてはならないのかと、わたくしども生きた心地がいたしませんでした。
領民もどれほど喜びますでしょう。
敗戦側の厳しい協議でこのような結果を勝ち取ってくださり、お礼の申し上げようもございません」
レオ兄様の止まらない感謝の言葉にアレク様はわずかに頬を緩めたが、厳しい調子で言葉を続ける。
「まだ話は終わっていない。
そのように喜ぶのはまだ早い」
州境にあった山賊討伐のための館よりもずっと粗末な作りで、私は少し恥ずかしく思ってしまう。
「…さすが、クレメンティナの育った家だな。
こんな状況なのに、綺麗に掃き清められて隅々まで磨かれて居心地の良い部屋だ。
クレメンティナのセンスの良さはここで培われたのだなと判るよ」
アレク様が私の髪を撫でながら優しく言う。
その心遣いが嬉しくて、私は頬を染めたまま頷いた。
「お待たせいたしました」
着替えて身なりを整えたお母様とにぃ兄様が部屋に入ってきてお辞儀する。
後ろからものすごく緊張した面持ちの、近所の娘たちがお茶のトレーを危なっかしく持って入ってきた。
私は、都へ無理やり行かされることになったあの日まで親しくしていた友人たちの姿に、懐かしさのあまり立ち上がりそうになり、お母様の氷点下の眼差しを感じて踏みとどまる。
…そうか、そうよね。
今の私は、彼女たちと以前のように親しく普通に話したりしてはいけないのだわ。
そんなに頻繁ではなかったけれど、もう、以前のようには笑いあったり秘密の話を語り合ったり、仕事の愚痴を言ったり聞いたり…
…寂しい。
私は突如襲ってきた激しい寂寥感に涙がこぼれそうになって、慌ててうつむいた。
アレク様が気遣わしげに私の顔を覗き込む。
私は「…大丈夫ですわ」と小さく言ってそっと涙を拭った。
まったく、何という運命なのだろう。
私にとっても家族にとっても、そして領地の人たちにとっても、運命のいたずらというにはあまりにも過酷な巡りあわせに、感情が追いつかない。
得たものは大きいけれど、…失ったものも確実に存在するのだわ。
私は、出かかったため息を飲み込み、ガチガチに緊張しているアンネッタという娘からお茶を受け取った。
できるだけ優しい声で
「ありがとう、アンネッタ」
と声をかけて微笑んだ。
アンネッタはビックリしたように一瞬、私を見て、慌てて目を逸らしてぺこぺこお辞儀する。
私の心を、また寂寞の思いが満たす。
ぎゅっと唇をかみしめて、私は心を落ち着かせようとお茶を一口飲んだ。
お母様のブレンドティー。
すっきりと飲みやすい中にも深いコクと味わいのある懐かしい香りと味に、思わずほうっとため息を漏らす。
アレク様も震えながら差し出されたお茶を受け取って口に含み「ふぅん…」と感嘆の声を上げた。
横に立っているオズヴァルド様やシプリアノ、ヘイデンスタムもお茶のカップを片手に目を瞠っている。
アンネッタたちが下がるのと入れ違いに、レオ兄様がそっと部屋に入ってきて深くお辞儀する。
「陛下、お話申し上げて宜しいでしょうか」
タイミングを見てレオ兄様がアレク様に話しかけた。
アレク様が頷くのを確認して、また頭を下げ、顔を上げて口を開く。
「今日このような場所にわざわざお越しくださったのは…
ラ・カドリナ王国との戦後処理の協議の結果を伺えると、思って宜しいのでしょうか」
言葉を選びながら緊張を声ににじませるレオ兄様と、その隣でやはり固唾を飲んでいるお母様とにぃ兄様を眺めて、アレク様は少し微笑んでまた頷いた。
「そうだ。
まさか、甥の誕生の日に立ち会えるとは思わなかったが…」
アレク様の言葉に、レオ兄様とお母様は恐縮したように、でも嬉しそうに頭を下げる。
そうか、私の甥だから、アレク様にとっても甥…?
うーん何かでも、しっくりはこない。
辺境貧乏貴族の跡取りが、大公の親戚とかちょっと突飛すぎて。
一年前の私が聞いたら、おとぎ話だとしか思えないだろう。
「余とラ・カドリナ国の協議の結果を伝える」
アレク様は急に表情を引き締め、力強い声にも真剣さが混ざる。
場が一気に緊張した。
シプリアノがそっと近づいてきて何かの書面をアレク様に手渡した。
「シエーラ地方並びにカラバリア州は、これまで通り我がダリスカーナ大公国の領土である」
重々しく、アレク様は宣言する。
レオ兄様とお母様、にぃ兄様は心からホッとしたように顔を見合わせ、それからアレク様に額ずいた。
「有難く存じ奉ります。
安堵いたしました。
このような酷い有様のシエーラが隣国に取られ、新たな領主を迎えなくてはならないのかと、わたくしども生きた心地がいたしませんでした。
領民もどれほど喜びますでしょう。
敗戦側の厳しい協議でこのような結果を勝ち取ってくださり、お礼の申し上げようもございません」
レオ兄様の止まらない感謝の言葉にアレク様はわずかに頬を緩めたが、厳しい調子で言葉を続ける。
「まだ話は終わっていない。
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