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第九章 逃亡の終着点
7.朗報
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アレク様の言葉に、レオ兄様やお母様ははっとしたように笑顔を消して表情を引き締める。
少し青ざめているように見えるそのお顔を見て、私はお二人が気の毒になる。
にぃ兄様は何となく察していらっしゃるようだけど…
アレク様、もったいぶらずに早くお伝えして差し上げて!
私はやきもきする。
書記官としてテーブルに向かい、筆記しているシプリアノの背後でヘイデンスタムが笑いをこらえているのが判る。
アレク様は、皆に背を向けてしまったヘイデンスタムをじろっと一瞥し、徐に口を開いた。
「正式な宣旨は余が首都に帰ってからになるが、今この場で勅許を申し渡す。
この度の戦功により、子爵レオンツィオ・プラチド・ディ・ステファネッリ・ダ・シエーラを伯爵に叙する。
叙爵に伴って、今回の戦争により新たに我が国の領土となったビトリア=ガンティス州(元ラ・カドリナ国の領土)を封じる」
アレク様の言葉を聞いて、ぽかんと口を開けてしまったレオ兄様と大きく息を呑んでそのまま固まってしまったお母様の姿が、可笑しいやらお気の毒やらで私は何を言っていいか判らず黙り、部屋の中には奇妙な沈黙が下りた。
「あっありがとう存じます!
ほら、兄上!」
いち早く我に返ったにぃ兄様が、レオ兄様の背中をばんっと音を立てて叩く。
レオ兄様ははっとして口を閉じ、がばっとひれ伏すかのように深くお辞儀した。
お母様の細い泣き声が聞こえ、私は思わず立ち上がってお母様の背を抱いた。
お母様が振り向き、私を抱きしめる。
「やっと…念願の爵位を取り戻せた…
キアフレード…子供たちが、あなたと私の子供たちが取り戻してくれたわ」
小さな声で言いながら泣きじゃくるお母様の肩を抱きしめ、私も涙ぐんだ。
正直なところ、私もいまだに信じられない。
昨夜や今朝のアレク様とエセルバート様、エルヴィーノ様の様子からすると、状況はかなりダリスカーナ国に不利だったし、実際アレク様もそう仰っていた。
なのに。
ラ・カドリナ国の王太子がクーデターを起こして、レセンデス王が協議から止むなく離れてロレンシオ王子が後を託されるという不測の事態があったとはいえ(エルヴィーノ様が護衛を買って出たという経緯もあったけど)。
蓋を開けてみれば、アレク様が強気に(というか…殆ど脅しみたいな論調で)ガンガン責め立て、ロレンシオ王子は最初こそいろいろ反論していたけれど、だんだん口数が少なくなり、最後はあまりに想定外の論法に呆然としているようだった。
「詳細は追って沙汰するが、とりあえずはシエーラの復興に尽力してくれ。
この屋敷を暫定的に執務室とするしかないが…
すぐに近隣の州から人を寄こしてもう少しまともな場所を作るようにする」
アレク様が言って、レオ兄様とにぃ兄様がまた「ありがとうございます」と頭を下げ、二人は抱き合った。
「さて。
戦乱が終わって、ようやく心穏やかに里帰りした妃には可哀想だが、ゆっくりはしていられない。
また強行軍になるが、急いで都へ帰り、今回の戦で得た様々な改善が必要な案件を片付けて行かなければ。
同時にまだ、宮廷の方もゴタゴタがすべてなくなったわけではないし」
アレク様が立ち上がりながら言い、シプリアノとオズヴァルド様も急いで立ち上がって、侍従に合図する。
侍従は礼をして出て行き、入れ替わりに村娘が「し、失礼いたします…」と南部訛りで呟きながら入ってきた。
見ると、小さなおくるみに包まれた赤ん坊を抱いている。
お母様が慌てたように村娘に駆け寄って赤ん坊を抱きとった。
「カルロッタ様が…
もうこの先、大公様やお妃様にお目にかかる機会もないでしょうから、一目、甥をご覧いただきたいと申しております」
娘はたどたどしく、しかし懸命にカルロッタお嫂様から叩き込まれたのであろう口上を述べて、ぺこりとお辞儀した。
お母様はにこりと笑って村娘に頷き「ほら、お父様よ」とレオ兄様に渡した。
レオ兄様はおっかなびっくり抱っこして、途端にむずかる赤ちゃんに四苦八苦している。
私とアレク様は笑いながらレオ兄様に近づき、レオ兄様の太く逞しい腕に抱かれた赤ちゃんの顔を覗き込んだ。
「まあ可愛らしい…」
口元はレオ兄様に似ている気がするけど、額から目元にかけてはお嫂様かしら。
生まれたてでまだ真っ赤で目を強く瞑っている金髪の赤ちゃんを眺めて呟く私を横目に見ながら、アレク様はレオ兄様に問うた。
「自分の子供というのは、どんな感じなのだ?」
レオ兄様は慣れない手つきで赤ん坊を優しく揺すりながら、少し考え込み、ゆっくり話し出す。
「正直なところ、まだ自分が父親になった実感は無いのですが…
妻が命懸けで産んでくれた、この小さくてか弱い生命をしっかり守り育てていかねばという、使命感めいた感情が一番にあります」
「なるほどな…父親とは最初はそういうものかもしれんな」
アレク様は頷いて私の肩を抱いた。
「名残り惜しいだろうが、そろそろ出発しよう。
ラ・カドリナ国の状況も含め、後のことは副将軍のひとりを残して行くから良きに計らえ」
「お名前が決まったら教えてくださいね。
レオ兄様、お元気で。
カルロッタお姉様にもお礼を申し上げてください」
私はそう言ってから、背筋を伸ばして声に威厳をほんの少し混ぜる。
「それから、前女子爵とシエーラをよろしくお願い申し上げますわね、ステファネッリ伯爵殿」
「はっ!
大公陛下並びに妃陛下。
全身全霊を以てシエーラの復興及び新領土の速やかな併合に臨みます」
赤ちゃんを抱いたまま、レオ兄様もピッと背を伸ばして答えた。
私たちはもう一度赤ちゃんの顔を見て、お母様、にぃ兄様と抱擁を交わし、戻ってきた侍従と共に部屋を出た。
さようなら、故郷と私の生まれた家。
さようなら、数々の思い出と大切な者たち。
そしてさようならお父様。
クレメンティナは、皆様のお名前に恥じることのない大公妃となるよう努力してまいります。
少し青ざめているように見えるそのお顔を見て、私はお二人が気の毒になる。
にぃ兄様は何となく察していらっしゃるようだけど…
アレク様、もったいぶらずに早くお伝えして差し上げて!
私はやきもきする。
書記官としてテーブルに向かい、筆記しているシプリアノの背後でヘイデンスタムが笑いをこらえているのが判る。
アレク様は、皆に背を向けてしまったヘイデンスタムをじろっと一瞥し、徐に口を開いた。
「正式な宣旨は余が首都に帰ってからになるが、今この場で勅許を申し渡す。
この度の戦功により、子爵レオンツィオ・プラチド・ディ・ステファネッリ・ダ・シエーラを伯爵に叙する。
叙爵に伴って、今回の戦争により新たに我が国の領土となったビトリア=ガンティス州(元ラ・カドリナ国の領土)を封じる」
アレク様の言葉を聞いて、ぽかんと口を開けてしまったレオ兄様と大きく息を呑んでそのまま固まってしまったお母様の姿が、可笑しいやらお気の毒やらで私は何を言っていいか判らず黙り、部屋の中には奇妙な沈黙が下りた。
「あっありがとう存じます!
ほら、兄上!」
いち早く我に返ったにぃ兄様が、レオ兄様の背中をばんっと音を立てて叩く。
レオ兄様ははっとして口を閉じ、がばっとひれ伏すかのように深くお辞儀した。
お母様の細い泣き声が聞こえ、私は思わず立ち上がってお母様の背を抱いた。
お母様が振り向き、私を抱きしめる。
「やっと…念願の爵位を取り戻せた…
キアフレード…子供たちが、あなたと私の子供たちが取り戻してくれたわ」
小さな声で言いながら泣きじゃくるお母様の肩を抱きしめ、私も涙ぐんだ。
正直なところ、私もいまだに信じられない。
昨夜や今朝のアレク様とエセルバート様、エルヴィーノ様の様子からすると、状況はかなりダリスカーナ国に不利だったし、実際アレク様もそう仰っていた。
なのに。
ラ・カドリナ国の王太子がクーデターを起こして、レセンデス王が協議から止むなく離れてロレンシオ王子が後を託されるという不測の事態があったとはいえ(エルヴィーノ様が護衛を買って出たという経緯もあったけど)。
蓋を開けてみれば、アレク様が強気に(というか…殆ど脅しみたいな論調で)ガンガン責め立て、ロレンシオ王子は最初こそいろいろ反論していたけれど、だんだん口数が少なくなり、最後はあまりに想定外の論法に呆然としているようだった。
「詳細は追って沙汰するが、とりあえずはシエーラの復興に尽力してくれ。
この屋敷を暫定的に執務室とするしかないが…
すぐに近隣の州から人を寄こしてもう少しまともな場所を作るようにする」
アレク様が言って、レオ兄様とにぃ兄様がまた「ありがとうございます」と頭を下げ、二人は抱き合った。
「さて。
戦乱が終わって、ようやく心穏やかに里帰りした妃には可哀想だが、ゆっくりはしていられない。
また強行軍になるが、急いで都へ帰り、今回の戦で得た様々な改善が必要な案件を片付けて行かなければ。
同時にまだ、宮廷の方もゴタゴタがすべてなくなったわけではないし」
アレク様が立ち上がりながら言い、シプリアノとオズヴァルド様も急いで立ち上がって、侍従に合図する。
侍従は礼をして出て行き、入れ替わりに村娘が「し、失礼いたします…」と南部訛りで呟きながら入ってきた。
見ると、小さなおくるみに包まれた赤ん坊を抱いている。
お母様が慌てたように村娘に駆け寄って赤ん坊を抱きとった。
「カルロッタ様が…
もうこの先、大公様やお妃様にお目にかかる機会もないでしょうから、一目、甥をご覧いただきたいと申しております」
娘はたどたどしく、しかし懸命にカルロッタお嫂様から叩き込まれたのであろう口上を述べて、ぺこりとお辞儀した。
お母様はにこりと笑って村娘に頷き「ほら、お父様よ」とレオ兄様に渡した。
レオ兄様はおっかなびっくり抱っこして、途端にむずかる赤ちゃんに四苦八苦している。
私とアレク様は笑いながらレオ兄様に近づき、レオ兄様の太く逞しい腕に抱かれた赤ちゃんの顔を覗き込んだ。
「まあ可愛らしい…」
口元はレオ兄様に似ている気がするけど、額から目元にかけてはお嫂様かしら。
生まれたてでまだ真っ赤で目を強く瞑っている金髪の赤ちゃんを眺めて呟く私を横目に見ながら、アレク様はレオ兄様に問うた。
「自分の子供というのは、どんな感じなのだ?」
レオ兄様は慣れない手つきで赤ん坊を優しく揺すりながら、少し考え込み、ゆっくり話し出す。
「正直なところ、まだ自分が父親になった実感は無いのですが…
妻が命懸けで産んでくれた、この小さくてか弱い生命をしっかり守り育てていかねばという、使命感めいた感情が一番にあります」
「なるほどな…父親とは最初はそういうものかもしれんな」
アレク様は頷いて私の肩を抱いた。
「名残り惜しいだろうが、そろそろ出発しよう。
ラ・カドリナ国の状況も含め、後のことは副将軍のひとりを残して行くから良きに計らえ」
「お名前が決まったら教えてくださいね。
レオ兄様、お元気で。
カルロッタお姉様にもお礼を申し上げてください」
私はそう言ってから、背筋を伸ばして声に威厳をほんの少し混ぜる。
「それから、前女子爵とシエーラをよろしくお願い申し上げますわね、ステファネッリ伯爵殿」
「はっ!
大公陛下並びに妃陛下。
全身全霊を以てシエーラの復興及び新領土の速やかな併合に臨みます」
赤ちゃんを抱いたまま、レオ兄様もピッと背を伸ばして答えた。
私たちはもう一度赤ちゃんの顔を見て、お母様、にぃ兄様と抱擁を交わし、戻ってきた侍従と共に部屋を出た。
さようなら、故郷と私の生まれた家。
さようなら、数々の思い出と大切な者たち。
そしてさようならお父様。
クレメンティナは、皆様のお名前に恥じることのない大公妃となるよう努力してまいります。
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