愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket

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第三章 婚姻の儀

8.結婚初夜

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 ジェルヴェ殿下はルーマデュカの社交界の中心的存在だそうで(ジョアナは宮廷内の噂にやたら詳しい)、さすがに話は洒脱でジョークも洗練されていて、人を逸らさぬ笑顔と爽やかな弁舌でその場を盛り上げてくれた。
 グレーテルや二コラも言葉はよく判らないながらも、私やクラウス、ジェルヴェ殿下の通訳で場に溶け込んで楽しそうにしていた。

 ジェルヴェ殿下は私がルーマデュカの風習や文化、特に食文化に対して興味を持っていることを、何気ない会話の中で看破し、「ああ、それなら」と提案してくれた。
 「宮廷の料理長は忙しいでしょうから、私の屋敷にいる料理長を寄こしましょう。
 いろんな話を聞かせてくれるでしょう」

 えっホントに?
 と私は内心小躍りする。

 ジェルヴェ殿下はそんな私を見て微笑む。
 「可愛らしい方だ。
 その笑顔を見るためなら、望みは何でもかなえて差し上げたくなるな」
 私は『可愛らしい』などと言われたのは初めてで(どちらかといえば『可愛げがない』と言われていた)、どう応対していいのか判らずにただ顔を赤らめてうつむく。

 「先ほどリンスターが仰っていた、ルーマデュカとメンデエルの異文化交流勉強会、とても良いと思いますよ。
 私もぜひ参加したい」
 うーーーーーーん。
 それについては…皆と相談してから、がいいかな。
 王弟殿下が参加されるほどそんなに格調高いものでは、絶対にないし。

 尽きない話を楽しく交わして、解散になったのは夜も更けてからだった。
 名残惜しそうなジェルヴェ殿下をなんとか追い出し、グレーテルと寝室に行って着替えていると「失礼いたします」と言って、知らないお婆さんが入ってきた。

 私とグレーテルが驚いていると、お婆さんは慇懃に礼をして徐に口を開いた。
 「宮内省の式部に所属しております、イヴェールと申します。
 今宵は、王太子殿下と王太子妃殿下の、結婚初夜でございますので、古から伝わる王家の初夜のしきたりについてお話させていただきます」

 え?はっ?!
 私と王太子が、…そんなことすんの??
 いやいやいや、それは絶対有り得ないから!!
 そういう一般的な結婚じゃないでしょ?

 私はグレーテルと思わず顔を見合わせる。
 しかしイヴェールと名乗った、銀髪で腰の曲がった偉そうなお婆さんは淡々と新婚初夜のしきたりについて語る。
 聞けば聞くほどバカバカしいとしか言いようがなかった。
 まあ、メンデエルにも訳わかんない、そういうしきたりっていっぱいあったけどさ。

 ひとくさり述べ終わると、イヴェールは「では、首尾よく運びますよう」と頭を下げて、さっさと寝室を出て行ってしまった。
 私は呆れて、声も出ない。
 グレーテルも呆気にとられたように見送っていたが、やがて『じゃ、着替えましょうか』と言って、とりあえず言われた通り、クロゼットを探して変な服に着替えさせた。

 こんなんで寝られないわよ…
 私は困惑する。
 妙にスケスケで、前にボタンがいっぱいついている。
 下着はつけるなって言われても…いくら夏でも風邪ひくわ。

 こんなの着たって、どうせ王太子が来るわけないんだから。
 あの公爵令嬢が、絶対に離さないわよ。

 は~くっだらない。
 今日は朝っぱらからいろいろやらされてホント疲れた。
 さっさと寝よう。

 王太子が、バルコニーで臆する私を鼓舞してくれたこと、ダンスでリズムの違いに戸惑う私を助けてくれたことを思い出して、私は困惑する。
 どういうつもりなんだろう…すごい不愛想で不機嫌を隠そうともせず「お前」とか言うくせに。
 理解できないわ。
 まあ、いずれにせよ、この先彼と絡むこともそうそうないでしょうから、どうでもいいけど。

 私はベッドに入って、夢も見ないほど朝までぐっすり眠った。

 王太子の寝室からこの部屋まで続いている、秘密の通路のことなど、まったく知らなかった。
 
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