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第六章 事件前夜
5.噂
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しかし、王妃様のサロンに招かれるだけあってドゥラクロワ子爵はとても話題が豊富で洗練されていて、私はもちろん、いつも内気なクリスティーヌもすぐに打ち解けて意外にも楽しく時間が過ぎた。
そろそろテーブルの上のお菓子がすべて無くなるという頃に、ドゥラクロワ子爵がふと思いついたように、真顔になって話し出した。
「最近ちょっと不穏な噂を耳にいたしましてね。
リンディア国の大使殿、実は第3皇子であらせられるという方ですが」
え…スレイマン皇子?
お茶のカップを置いてドゥラクロワ子爵を見ると、子爵は私の方へその優しい面を向けて少し微笑んだ。
「そう、歓迎晩餐会の時にリンスター妃が素晴らしい対応をなさった、あの皇子様でございますよ」
「わたくしもあの場に居りましたけど、全然判りませんでしたわ。
エキゾチックでとてもお美しい皇子様でいらっしゃましたわね。
あの後、王太子妃様とずいぶん親しげにお話しなさっておられて…
なんというか、すごく絵になるお二方だなと思いましたわ」
クリスティーヌが両手を胸の前で組み合わせ、うっとりと呟いた。
「スレイマン皇子がどうかなさったの?」
「そうなんです…というか、表立って何かが起きたというわけではないのですが。
噂によると、あの皇子様は大変な賭博好きだそうで」
ああ…ジェルヴェがそんなこと言ってたわね。
私はうなずいて、話の先を促す。
「あの晩餐会の時のメニューを最終的に決めたのは、アンヌ=マリー様だったようです。
公爵殿もアンヌ=マリー嬢も、司厨長が勝手に決めたと言い張っているそうですが、まあ、誰も信じちゃいません。
そこで、名誉挽回…と、そこまで考えたかどうかは実のところは判りませんが、どうやってかコネを作り、皇子様をご自分のサロンに招いたとか」
え…それ、って…
私は思わず手で口を覆う。
ドゥラクロワ子爵は意味ありげにうなずいてみせた。
「そうです、ご承知のとおり、アンヌ=マリー様のサロンと言えば、はっきり申し上げて賭博場ですからね。
賭博好きの皇子様がどのようになってしまうのか、想像に難くない。
ここ最近は毎日のように、宮殿内で皇子様のお姿を見かける、そして大層な額の掛け金を投じておられるという噂が流れているのです」
それ、ヤバいんじゃないの??
クリスティーヌと私は顔を見合わせる。
クリスティーヌの可愛らしい碧眼には、私と同じ懸念が宿っていた。
「王太子殿下は?
どう仰っているの?」
私が訊くと、ドゥラクロワ子爵は器用に肩を竦めた。
「もちろん、止めていらっしゃるし、アンヌ=マリー様を諫めてもいらっしゃいます。
だけど、フィリベール殿下の言葉をまともにお聞きになる方ではないし、これも噂ですが、サロンのバックには大公爵殿がおられるのではないかと…
おっと!」
言いかけてドゥラクロワ子爵は慌てたように言葉を切る。
「これは、憶測でしかありませんので、お忘れくださいね」
ふーん…
私は考え込みながら「アンヌ=マリーって、どういう方なの?」と無意識に呟いていた。
結婚式の後の披露宴の舞踏会で一度会ったきりだし、あの時はめちゃめちゃ睨まれて逃げるように帰ってきちゃったし。
怖くて恐ろしくて、関わり合いになりたくないってそればっかりで、全然情報を入れようとしたことがなかった。
「そうですわね…
とてもお美しくて、女性っぽい女性と申したら良いかしら。
非常に嫉妬心が強く、自己顕示欲が旺盛でいらっしゃいますわ」
クリスティーヌの評価は、えらい辛口だ。
あまり、女性からの人気は高くないのかしら。
「まあでも、お父上は泣く子も黙るバルバストル大公でいらっしゃいますからね。
ルーマデュカ王国の中では、敵は居ないと言っても過言ではありませんよ。
お父上が国内の陸上交通、川上交通、更には海上交通まで掌握なさっていて、貿易も戦争も、彼のお陰で勝利することができている。
陛下とて、大公爵殿にご意見なさることはほとんどないのですよ」
なるほどねえ…
そういう傑物のお父様の威光を嵩にきて、あの傍若無人ぶりってとこなのね…
でも大人の政治が絡んできちゃうと難しいなぁ。
どうにかしてスレイマン皇子の賭博場通いは止めさせないと。
そろそろテーブルの上のお菓子がすべて無くなるという頃に、ドゥラクロワ子爵がふと思いついたように、真顔になって話し出した。
「最近ちょっと不穏な噂を耳にいたしましてね。
リンディア国の大使殿、実は第3皇子であらせられるという方ですが」
え…スレイマン皇子?
お茶のカップを置いてドゥラクロワ子爵を見ると、子爵は私の方へその優しい面を向けて少し微笑んだ。
「そう、歓迎晩餐会の時にリンスター妃が素晴らしい対応をなさった、あの皇子様でございますよ」
「わたくしもあの場に居りましたけど、全然判りませんでしたわ。
エキゾチックでとてもお美しい皇子様でいらっしゃましたわね。
あの後、王太子妃様とずいぶん親しげにお話しなさっておられて…
なんというか、すごく絵になるお二方だなと思いましたわ」
クリスティーヌが両手を胸の前で組み合わせ、うっとりと呟いた。
「スレイマン皇子がどうかなさったの?」
「そうなんです…というか、表立って何かが起きたというわけではないのですが。
噂によると、あの皇子様は大変な賭博好きだそうで」
ああ…ジェルヴェがそんなこと言ってたわね。
私はうなずいて、話の先を促す。
「あの晩餐会の時のメニューを最終的に決めたのは、アンヌ=マリー様だったようです。
公爵殿もアンヌ=マリー嬢も、司厨長が勝手に決めたと言い張っているそうですが、まあ、誰も信じちゃいません。
そこで、名誉挽回…と、そこまで考えたかどうかは実のところは判りませんが、どうやってかコネを作り、皇子様をご自分のサロンに招いたとか」
え…それ、って…
私は思わず手で口を覆う。
ドゥラクロワ子爵は意味ありげにうなずいてみせた。
「そうです、ご承知のとおり、アンヌ=マリー様のサロンと言えば、はっきり申し上げて賭博場ですからね。
賭博好きの皇子様がどのようになってしまうのか、想像に難くない。
ここ最近は毎日のように、宮殿内で皇子様のお姿を見かける、そして大層な額の掛け金を投じておられるという噂が流れているのです」
それ、ヤバいんじゃないの??
クリスティーヌと私は顔を見合わせる。
クリスティーヌの可愛らしい碧眼には、私と同じ懸念が宿っていた。
「王太子殿下は?
どう仰っているの?」
私が訊くと、ドゥラクロワ子爵は器用に肩を竦めた。
「もちろん、止めていらっしゃるし、アンヌ=マリー様を諫めてもいらっしゃいます。
だけど、フィリベール殿下の言葉をまともにお聞きになる方ではないし、これも噂ですが、サロンのバックには大公爵殿がおられるのではないかと…
おっと!」
言いかけてドゥラクロワ子爵は慌てたように言葉を切る。
「これは、憶測でしかありませんので、お忘れくださいね」
ふーん…
私は考え込みながら「アンヌ=マリーって、どういう方なの?」と無意識に呟いていた。
結婚式の後の披露宴の舞踏会で一度会ったきりだし、あの時はめちゃめちゃ睨まれて逃げるように帰ってきちゃったし。
怖くて恐ろしくて、関わり合いになりたくないってそればっかりで、全然情報を入れようとしたことがなかった。
「そうですわね…
とてもお美しくて、女性っぽい女性と申したら良いかしら。
非常に嫉妬心が強く、自己顕示欲が旺盛でいらっしゃいますわ」
クリスティーヌの評価は、えらい辛口だ。
あまり、女性からの人気は高くないのかしら。
「まあでも、お父上は泣く子も黙るバルバストル大公でいらっしゃいますからね。
ルーマデュカ王国の中では、敵は居ないと言っても過言ではありませんよ。
お父上が国内の陸上交通、川上交通、更には海上交通まで掌握なさっていて、貿易も戦争も、彼のお陰で勝利することができている。
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なるほどねえ…
そういう傑物のお父様の威光を嵩にきて、あの傍若無人ぶりってとこなのね…
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どうにかしてスレイマン皇子の賭博場通いは止めさせないと。
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