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第九章 戴冠式の準備
2.報告会
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それからお茶を飲みながら、皆が矢継ぎ早にしゃべる話を、ただただ驚きながら聞いた。
後ろに控えている小姓や侍女たちも、息を呑んで聞いている。
「それで…公爵とアンヌ=マリーはどうなったの?」
「気を失ってしまった公爵殿は近衛兵たちに抱きかかえられて、アンヌ=マリー嬢は泣き叫びながら近衛兵に連れられて玉座の間を出て行きました。
フィリベール殿下の話では、公爵領はすべて王家が没収し、バイフドゥル地方の城に親娘ともども幽閉すると。
お医師を派遣して、アンヌ=マリー嬢の治療にあたらせるそうです」
お酒も甘いものもイケるというオーギュストが、甘いトフィを口に入れながら答えた。
「バイフドゥル地方…ってどこ?」
まだルーマデュカの地図が完全には頭に入っていない私は、誰にともなく訊く。
「ルーマデュカの西の端ですよ。
古い城砦があって、そこは元々王家の直轄領でしたが、今はフィリベール個人のものになっています。
すぐ隣にベルクセイア・バーグマン国が控えていますが、現国王の甥御殿下がルーマデュカの王家と縁戚なので、バルバストル公爵に不穏な動きがあったら対処しつつ、王宮に報せてくれるはずです」
ジェルヴェがすらすらと答える。
うーん、そういうの覚えなきゃいけないんだよね…
今までアンヌ=マリーに任せきりでラクしてきちゃったからなぁ。
私は思わずため息をつく。
「ご心配なさらなくても大丈夫ですよ。
殿下は万事抜かりなく、後処理の方も考え進めておられますから。
お妃様はご安心なさって、今まで通りに王宮での生活を楽しんでくだされば良いと仰せでした」
背後から声がして、驚いて振り向くと、クラウスが穏やかに微笑んで立っていた。
「クラウス、あなた今までどこに…」
私は驚いて大きな声を上げる。
今朝、陛下のお部屋からガレアッツォ翁と出て行ってから、そういえば姿を全然見ていなかったことに今更気づいた。
クラウスは一礼して「黙ってお妃様のお傍を離れまして大変申し訳ありません。一日、ガレアッツォ様のお供をしておりました」と言う。
「あのガレアッツォ翁のアシスタントをできるなんて…
クラウスは本当に優秀な人材だ」
感心したようにジェルヴェが言うと、ソロモンもうなずいて話し出した。
「今回、私たちとの連絡役もやってくれて、とても助かりました。
私の部下の中には母国語しか話せない者もいるので、クラウスがリンスターと同じく我が国の公用語を話してくれたことが有難かった。
私の部下に欲しいくらいです」
「フィリベール殿下も同じようなことをおっしゃってましたよ。
すごいね、クラウスは。
さすがリンスター妃殿下に仕えるだけはあるね」
オーギュストもニコニコして言う。
皆の言葉を黙って聞いていたクラウスの双眸から、涙がこぼれる。
私も嬉しくて誇らしくて、うんうんとうなずいた。
良かったね、クラウス。
あなたの素晴らしい資質を理解して称賛してくれる人たちと巡り合えて。
「お妃様の…おかげでございます。
わたくしはこのような身体に生まれて、顔も知らない親を恨んだこともございました。
でもお妃様は一度も笑うことも貶すこともなく、私を一個の人間として遇してくださった。
お妃様がいらっしゃってくださったからこそ、今、わたくしはここに立てて、皆さまからの有難いお言葉を賜ることができております」
涙を手で拭いながら、クラウスは声を絞り出す。
「そうだね、リンスターの差別や偏見のない性格は、とても得難いものだと思いますよ。
王妃陛下におなり遊ばしたら、この国全体にそういう意識を啓蒙していただきたい」
ジェルヴェはそう言って、私の髪を撫でて、少し寂しそうに笑った。
後ろに控えている小姓や侍女たちも、息を呑んで聞いている。
「それで…公爵とアンヌ=マリーはどうなったの?」
「気を失ってしまった公爵殿は近衛兵たちに抱きかかえられて、アンヌ=マリー嬢は泣き叫びながら近衛兵に連れられて玉座の間を出て行きました。
フィリベール殿下の話では、公爵領はすべて王家が没収し、バイフドゥル地方の城に親娘ともども幽閉すると。
お医師を派遣して、アンヌ=マリー嬢の治療にあたらせるそうです」
お酒も甘いものもイケるというオーギュストが、甘いトフィを口に入れながら答えた。
「バイフドゥル地方…ってどこ?」
まだルーマデュカの地図が完全には頭に入っていない私は、誰にともなく訊く。
「ルーマデュカの西の端ですよ。
古い城砦があって、そこは元々王家の直轄領でしたが、今はフィリベール個人のものになっています。
すぐ隣にベルクセイア・バーグマン国が控えていますが、現国王の甥御殿下がルーマデュカの王家と縁戚なので、バルバストル公爵に不穏な動きがあったら対処しつつ、王宮に報せてくれるはずです」
ジェルヴェがすらすらと答える。
うーん、そういうの覚えなきゃいけないんだよね…
今までアンヌ=マリーに任せきりでラクしてきちゃったからなぁ。
私は思わずため息をつく。
「ご心配なさらなくても大丈夫ですよ。
殿下は万事抜かりなく、後処理の方も考え進めておられますから。
お妃様はご安心なさって、今まで通りに王宮での生活を楽しんでくだされば良いと仰せでした」
背後から声がして、驚いて振り向くと、クラウスが穏やかに微笑んで立っていた。
「クラウス、あなた今までどこに…」
私は驚いて大きな声を上げる。
今朝、陛下のお部屋からガレアッツォ翁と出て行ってから、そういえば姿を全然見ていなかったことに今更気づいた。
クラウスは一礼して「黙ってお妃様のお傍を離れまして大変申し訳ありません。一日、ガレアッツォ様のお供をしておりました」と言う。
「あのガレアッツォ翁のアシスタントをできるなんて…
クラウスは本当に優秀な人材だ」
感心したようにジェルヴェが言うと、ソロモンもうなずいて話し出した。
「今回、私たちとの連絡役もやってくれて、とても助かりました。
私の部下の中には母国語しか話せない者もいるので、クラウスがリンスターと同じく我が国の公用語を話してくれたことが有難かった。
私の部下に欲しいくらいです」
「フィリベール殿下も同じようなことをおっしゃってましたよ。
すごいね、クラウスは。
さすがリンスター妃殿下に仕えるだけはあるね」
オーギュストもニコニコして言う。
皆の言葉を黙って聞いていたクラウスの双眸から、涙がこぼれる。
私も嬉しくて誇らしくて、うんうんとうなずいた。
良かったね、クラウス。
あなたの素晴らしい資質を理解して称賛してくれる人たちと巡り合えて。
「お妃様の…おかげでございます。
わたくしはこのような身体に生まれて、顔も知らない親を恨んだこともございました。
でもお妃様は一度も笑うことも貶すこともなく、私を一個の人間として遇してくださった。
お妃様がいらっしゃってくださったからこそ、今、わたくしはここに立てて、皆さまからの有難いお言葉を賜ることができております」
涙を手で拭いながら、クラウスは声を絞り出す。
「そうだね、リンスターの差別や偏見のない性格は、とても得難いものだと思いますよ。
王妃陛下におなり遊ばしたら、この国全体にそういう意識を啓蒙していただきたい」
ジェルヴェはそう言って、私の髪を撫でて、少し寂しそうに笑った。
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