愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket

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第十章 戴冠式及び国葬

1.装い

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 翌朝、私の顔色は最悪だった。
 いつもは楽しそうにお化粧してくれるジョアナも、私のあまりに濃いクマと化粧のりの悪い肌に困り果てていた。
 私は「もう…いいわ、どうせ美しくなんてならないのよ」と投げやりに言って、ジョアナにとある化粧品を渡した。

 ジョアナは渡されたそれを見て、ひどく困惑して泣きそうになる。
 「お妃様…
 いつもと全然違っていらして、わたくしはどうしたら…」
 私は鏡越しのジョアナに、少し笑いかけた。

 「…ごめんなさいね。
 これを使ってくださる?」
 それでも渋るジョアナをなだめすかして、化粧をする。

 鏡に映る私の顔は、誰?というくらい真っ白だった。
 鉛のパウダーを使った、輸入物の究極の美白化粧品だ。
 そこへ濃いピンク色のチークをはたき、唇に朱を差す。
 目の周りに目張りみたいな黒くて太いアイラインを引き、瞳にベラドンナを点眼して瞳孔を開く。
 
 …滑稽な顔。
 こういうのが好きなんでしょう、あの王太子は。

 ドレスも、王太子が「露出が多い」と言って気に入っていなかったものを選ぶ。
 娼婦のように、背中を大きく抜いてみた。
 「お妃様…ちょっとこれはさすがに、モードにしても行き過ぎな気が…」
 ルイーズが恐る恐るというように、私の格好を見て評する。

 髪型は、鬘を使って大袈裟に盛り上げてみた。
 あちこちをリボンや宝石で飾る。
 重い。
 首が折れそう。
 
 いつもと違いすぎる私の言動に、皆は理由はよく判らないながら恐れをなして、遠巻きに見ている。
 私は姿見に映る自分の全身をじっと見つめ、やがて自分が哀れになってきた。
 
 バカバカしい。
 こんなの、あのバカ王太子の思う壺じゃないの。
 
 あんな奴の言うことなんか、気にしてやらない。
 わたくしを誰だと思っているの?!
 
 最後まで毅然として、何も気にしてない、あなたのことなんて何とも思っていないことを態度で示して、メンデエルに堂々と帰ってやる。

 鏡の中の自分に、不敵に笑ってみせる。
 リンスター、さあ、自らを憐れむのはおしまい。
 自分を尊敬できるよう、変えていくわよ!

 ふうっと息を吐く。
 遠巻きにしている皆が、びくっと身体を震わせるのを見て、私は可笑しくなって笑い出した。
 突然笑い出した私を呆然と見守る皆の顔が可笑しくて、また笑う。

 「悪ノリしちゃってごめんなさい。
 これ、あまりにも変だから、普通に戻すわ。
 手伝ってくれるかしら」
 笑いの残る表情で話しかけると、事情を知っているグレーテルとユリアナ以外の皆はホッとしたように笑いあって、私の方へ近づいてきた。

 王太子が作ってくれたドレスは、申し訳ないけど、着たくない。
 何故、王太子がこんなことをしたのか、判らない。
 言行不一致ってやつなのかしら。
 もうどうでもいいけど。

 着替えて化粧も落として、薄い化粧を施す。
 ジョアナは常々「お妃様はお肌の肌理きめが細かくてとてもお美しいので、このままの方が映えますわ」と言っていて、あまり塗りたくるのを嫌っていたからだ。
 ジョアナの渾身のメイクは、確かに私によく似あっていて、派手ではないけれど上品な清楚さを演出してくれるようだった。

 「この季節に生花なんてよく手に入ったわね」
 私の頭の形に沿って可愛らしく結い上げた髪に、淡い色の生花を挿しているソレンヌに声をかける。
 ソレンヌははにかんだように笑って「庭師のシモンが、温室とやらいう花壇を持っていて、そこでは冬にも花が咲くそうです」と言った。
 
 へえ、温室…
 今度行ってみたいわ。

 そう考えて、心が重くなる。
 そうだ、私はもう、用済みの王太子妃だった。
 シモンともきっともう、話もできないで帰るのだ…

 ドレスは、侍女たちと作ったものにした。
 一番お似合いですわ!と絶賛してくれたものだ。
 淡いバラ色のローブデコルテのドレスは、私の首元や、日焼けしていなくて白い肌の部分を程よく上品に見せてくれる。
 敢えて、宝石はジャラジャラと着けない。
 ソレンヌが丹精込めて作ってくれた、目の細かいレースの手袋をはめて、私たちは皆、満足のため息をついた。

 さあ、行こう。
 最後の舞台へ。
 


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