愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket

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第十一章 帰国

12.帰路

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 馬車はルーマデュカ国を横断し、国境を越えてベルクセイア・バーグマン国に入る。
 今回は旅籠はたごが用意してあり、夜は一応ベッドで眠ることができて、輿入れの時の強行軍に比べると、格段に身体が楽だった。

 しかし、フォルクハルトが何かというと私の部屋に入ってこようとし、グレーテルにきつく叱られて追い返されるということが続き、そちらの方ですごく疲れた。
 「私は、リンスター様の婚約者であり、国に帰ればすぐにも結婚するのですから、お部屋に入れていただくことくらいは許されて然るべきではないでしょうか。
 寝室を一緒にして欲しいと申しているわけではありません、せめてお寝みのギリギリまでいてはダメですか?」
 
 しつこく懇願してくるフォルクハルトに、グレーテルはぴしゃりと「いけません!」と言って扉を閉める。
 「お姫様は、まだフォルクハルト様とご結婚なさったわけではありません。
 いくら婚約者でいらっしゃるからと言って、節度は守っていただかないと」

 「グレーテル…ちょっと厳しすぎるんじゃないの?」
 私は、鼻先でドアを閉められてしゅんとした声のフォルクハルトがさすがに可哀想になって言う。
 いくら旅先だからって寝室が一緒だなんて絶対に嫌だし、あまりしげしげと部屋に通ってきてベタベタされるのも嫌だ。
 だけどまあ…テーブルをはさんだ向こう側で話をするくらいなら…

 「いえいえ、姫様。
 ここで甘い顔を見せたら、あの方は絶対つけあがります。
 馬車の中でだって、いつも私はハラハラしておりますのよ」
 あー、確かに。
 私は思わずため息をつく。

 何かと世話を焼いてくれるのは有難いけれど…
 隣にべったり座って、一度キスしようとしてきたときに、一瞬、王の顔が目の前を過った。
 どうしてか判らないけど、その瞬間に、嫌だ!と思ってしまって、急いで顔を逸らした。
 
 グレーテルは何故か怒りながら私の支度を調える。
 「姫様は、私の苦労などご存知ないのですわ。
 …王様ったらもう…こんなに大変なことを…」
 「え?」
 グレーテルが独り言ちたのを、私は聞き咎める。
 王様って言った??

 「いーえ、なんでもございません。
 さ、できましたわ。
 今夜にはもう、メンデエルに入る予定でございます。
 天気が保てば宜しいですわね…」
 「あ、そうね…」
 私は渡されていた簡易的な地図を見る。
 
 ここの宿の近くに、ルーマデュカのパティシエから聞いたことのある、美味しいショコラのお店があるのよねえ…
 ベルクセイア・バーグマンの王室御用達だとか。
 固形のショコラが食べられるのは、世界広しと言ってもここだけなんだって。

 行ってみたいなあ。
 だけど、物見遊山ではないし、警護の者の仕事を増やすのも悪いし、自分勝手はできない。
 あーあ。窮屈な身の上だわ。
 
 私は疲労で重い身体をよっこらしょと持ち上げて、また一日馬車に揺られるために部屋を出た。
 待ち構えていたフォルクハルトに手を取られ、何か囁かれながら階段を下りて宿の外へ出る。
 フォルクハルトの従者のイザークは終始苦笑いだ。
 昨日、馬車の中でぼそぼそとぼやいていた。

 「幼いころからお世話させていただいておりますが、フォルクハルト様がこのような方だとは存じませんでした。
 女性は苦手で、リンスター王女様とお会いなさるときにもひどく緊張しておられて、凡そ甘い口説などとは無縁の方だと思っておりましたが…」
 「ああ、そうでしたわね。
 ガチガチのフォルクハルト様を、姫様が気遣っていらっしゃる画しか思い出せませんわ」
 グレーテルがコロコロと笑いながら言った。

 「男性は意外とそのような感じなのかもしれませんわね、姫様。
 ルーマデュカの王様だって…」
 言いかけて、ちょっと気まずそうに咳払いして「何でもありません、失言でございました」と頭を下げた。
 そんな風に気を遣われると、却って居心地悪いわ…
 とは思うものの、王の話は少し気が重いのも事実なので、私は黙って馬車に揺られていた。

 見送りの者たちが宿の外から中までずらっと並んでいる。
 お兄様とユーベルヴェーク、私とフォルクハルトは見送られながら馬車に乗り込み、その者たちに手を振った。

 「今日はもう、国境を越えますね。
 メンデエルに入りますよ。
 明日には、王都です」
 ホッとしたようにフォルクハルトは言って、私の腰に手を回す。
 「帰ったらすぐに、結婚の準備を始めましょう。
 母上も殊の外お喜びなのですよ」

 ああ…優しいお母様だったわね。
 何と言うか、あまり主体性のない、夫の言うことがこの世で一番!って感じの嫋やかな女性。
 それはそれでとても素敵だと思うし、世の女性の大半はそんな感じだけれど。

 私もまた、夫の隷属物のまま、一生を終えるのかしら。
 それに疑問を持ったことなどなかったけど…

 そんなことを考えながら馬車に揺られ続け、夜にメンデエルの国境警備隊の検問所を抜けて、メンデエル国に入った。

 

 
 
 
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