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第十二章 求婚
3.お母様のお部屋で
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涙が止まらず、お兄様に支えられてお母様の部屋へと歩いて行く。
後ろからフォルクハルトとグレーテルがハラハラした様子でついてくる。
お母様の部屋に着き、イザベルが扉を開けて「お妃様、ギルベルト様とリンスター様をお連れ申し上げました」と言って私たちを促した。
お兄様は振り返ってフォルクハルトに言う。
「そなたはもう、帰邸して良いよ。
早くご母堂にそなたの元気な姿を見せておあげ。
ここまでありがとう、フォルクハルト」
フォルクハルトはしばらく躊躇していたが、お兄様が重ねて促すとぺこりと頭を下げた。
「畏まりました。
また明日伺います。
おやすみなさい、ギルベルト殿下、リンスター様」
お兄様は「母上、只今戻りました」と言いながら私を抱えたまま中へ入る。
「リンスター!」
お母様の声が聞こえ、私はお兄様の腕を抜け出してお母様の許に走る。
「お母様…!」
「リンスター」
私はお母様の座る椅子の前に跪いて、お母様の膝に身を投げ出すようにして泣いた。
「よく帰ってきてくれたわね、つらかったでしょう。
わたくしも、あなたがルーマデュカに行ってからずっと、気の休まるときがなかったのよ。
大使の手紙とあなたの手紙の内容のギャップを感じるにつけ、あなたが可哀想で不憫で仕方なかった」
お母様は涙声で私の頭や背中をさすりながら話す。
「でももう大丈夫よ。
これからはわたくしの傍で、フォルクハルト殿と幸せに暮らしてちょうだい。
もうあんな不実な王のことは忘れて、エリーザベト王女のことも忘れて。
あなたはあなたの幸せだけを追求して欲しいのよ」
私は泣きながらうなずいた。
そうだわもう、安心だ…
お母様の近くで、こうやって甘えながらフォルクハルトと暮らしていけばいいのだ。
忘れてしまおう、ルーマデュカのことなんて。
ジェルヴェやオーギュスト、クリスティーヌ、ソロモン、エスコフィエ侯爵夫妻、デュモルチエ男爵夫妻、その他貴族の方々。
王太后様、先王陛下。
ガレアッツォ翁、お医師、司厨長、シモン、執事。
残してきたクラウス、二コラ、ユリアナ。
そして、王。
私のことを、一度もリンスターと名前で呼んでくれたことはなかった。
妃とか、カスタード姫とか、私でなくても良いような綽名みたいな名前でしか…
「そうだよリンスター。
ここで、きょうだい仲良く暮らしていこう。
ルートヴィヒやマルグレートも、あなたが帰ってくるのを心待ちにしていたのだよ」
お兄様も優しく声をかけてくれる。
「フォルクハルトが、フィリベール陛下との馬上槍試合の後に言っていたのだが。
あの試合で、フィリベール陛下はわざと負けたのではないかと。
2度目にアタックした時、陛下が自ら落馬したように思ったと」
「ええ?なんのために?」
お兄様の言葉に、お母様が訊いている。
私も訝しく思って顔を上げた。
お兄様は悔しそうに片頬を歪めて言う。
「陛下は私たちに、この試合はどちらが勝っても負けても良い、などとおっしゃっていたが…
結局のところ、陛下はわざと負けてリンスターをフォルクハルトに渡さなければいけないというような状況を作った。
陛下が勝って、リンスターを棄ててエリーザベトお姉様を獲得する、という筋書きでは、ご自分の外聞が悪いと思われたのではないか?
大体が公爵令嬢を愛妾にしたり、女好きの誑しという評判の男だ。
飽きてしまった愛妾を親ともども追放したから、次には王族の自分の思い通りの女性を得たくなったのではないかと思う。
しかも、フォルクハルトを利用して、自分は悪くないと言えばまあ言えるような状況を演出して」
「まあ、なんてこと…」
お母様は絶句する。
「リンスター、そんな方とはお別れして良かったのよ。
この先、どんなことが起こるか判りはしないわ。
エリーザベト王女も苦労するのじゃないかしら」
憤慨するお母様のお膝に両手をついていた私は、お兄様の理路整然とした推理に頷きながらも、何となく違和感が芽生えていた。
そう、なのかな…
王はそんなふうに思っていたのかな。
なんかちょっと違う気がする。
けど、どこがどう違うのか、説明しろと言われても、言葉にできないわ。
後ろからフォルクハルトとグレーテルがハラハラした様子でついてくる。
お母様の部屋に着き、イザベルが扉を開けて「お妃様、ギルベルト様とリンスター様をお連れ申し上げました」と言って私たちを促した。
お兄様は振り返ってフォルクハルトに言う。
「そなたはもう、帰邸して良いよ。
早くご母堂にそなたの元気な姿を見せておあげ。
ここまでありがとう、フォルクハルト」
フォルクハルトはしばらく躊躇していたが、お兄様が重ねて促すとぺこりと頭を下げた。
「畏まりました。
また明日伺います。
おやすみなさい、ギルベルト殿下、リンスター様」
お兄様は「母上、只今戻りました」と言いながら私を抱えたまま中へ入る。
「リンスター!」
お母様の声が聞こえ、私はお兄様の腕を抜け出してお母様の許に走る。
「お母様…!」
「リンスター」
私はお母様の座る椅子の前に跪いて、お母様の膝に身を投げ出すようにして泣いた。
「よく帰ってきてくれたわね、つらかったでしょう。
わたくしも、あなたがルーマデュカに行ってからずっと、気の休まるときがなかったのよ。
大使の手紙とあなたの手紙の内容のギャップを感じるにつけ、あなたが可哀想で不憫で仕方なかった」
お母様は涙声で私の頭や背中をさすりながら話す。
「でももう大丈夫よ。
これからはわたくしの傍で、フォルクハルト殿と幸せに暮らしてちょうだい。
もうあんな不実な王のことは忘れて、エリーザベト王女のことも忘れて。
あなたはあなたの幸せだけを追求して欲しいのよ」
私は泣きながらうなずいた。
そうだわもう、安心だ…
お母様の近くで、こうやって甘えながらフォルクハルトと暮らしていけばいいのだ。
忘れてしまおう、ルーマデュカのことなんて。
ジェルヴェやオーギュスト、クリスティーヌ、ソロモン、エスコフィエ侯爵夫妻、デュモルチエ男爵夫妻、その他貴族の方々。
王太后様、先王陛下。
ガレアッツォ翁、お医師、司厨長、シモン、執事。
残してきたクラウス、二コラ、ユリアナ。
そして、王。
私のことを、一度もリンスターと名前で呼んでくれたことはなかった。
妃とか、カスタード姫とか、私でなくても良いような綽名みたいな名前でしか…
「そうだよリンスター。
ここで、きょうだい仲良く暮らしていこう。
ルートヴィヒやマルグレートも、あなたが帰ってくるのを心待ちにしていたのだよ」
お兄様も優しく声をかけてくれる。
「フォルクハルトが、フィリベール陛下との馬上槍試合の後に言っていたのだが。
あの試合で、フィリベール陛下はわざと負けたのではないかと。
2度目にアタックした時、陛下が自ら落馬したように思ったと」
「ええ?なんのために?」
お兄様の言葉に、お母様が訊いている。
私も訝しく思って顔を上げた。
お兄様は悔しそうに片頬を歪めて言う。
「陛下は私たちに、この試合はどちらが勝っても負けても良い、などとおっしゃっていたが…
結局のところ、陛下はわざと負けてリンスターをフォルクハルトに渡さなければいけないというような状況を作った。
陛下が勝って、リンスターを棄ててエリーザベトお姉様を獲得する、という筋書きでは、ご自分の外聞が悪いと思われたのではないか?
大体が公爵令嬢を愛妾にしたり、女好きの誑しという評判の男だ。
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しかも、フォルクハルトを利用して、自分は悪くないと言えばまあ言えるような状況を演出して」
「まあ、なんてこと…」
お母様は絶句する。
「リンスター、そんな方とはお別れして良かったのよ。
この先、どんなことが起こるか判りはしないわ。
エリーザベト王女も苦労するのじゃないかしら」
憤慨するお母様のお膝に両手をついていた私は、お兄様の理路整然とした推理に頷きながらも、何となく違和感が芽生えていた。
そう、なのかな…
王はそんなふうに思っていたのかな。
なんかちょっと違う気がする。
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