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第十二章 求婚

12.プロポーズ…?

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 王は頬を撫でた手を背に回し、引き寄せて抱きしめた。
 『会いたかった…
 リンスター、愛している。
 私と結婚してくれますか?』

 私は涙をこぼしながら、何度もうなずいた。
 王はぎゅっときつく抱きしめ『良かった…これでクラウスに呪い殺されずに済む』と笑った。

 え?
 私が王を見上げた時、お父様の怒りを含んだ声がした。

 「フィリベール王…
 あなたは我が娘たちを虚仮にしにいらっしゃったのか?
 エリーザベトを馬鹿にして。
 白い結婚を理由に一度は離縁したリンスターを再度もらい受けたいなどと…
 わが国を軽んじるのも大概にしていただきたい」

 王はお父様に向き直って一礼した。
 「エリーザベト王女を馬鹿にしているつもりはありません。
 お妃教育とは、王女のおっしゃる通りのものでしょう。
 世間一般的には、十分な知識と教養を身に着けていらっしゃると思いますよ。
 ですが、私の愛するリンスターとはご覧の通り比較にならない」
 
 私を一瞬で赤面させ、王はお父様に向かって声を張る。
 「昨年の夏、婚約者の第一王女ではなく、間に合わせのように第二王女が嫁してくると知ったとき、正直なところメンデエル国の対応にがっかりしました。
 しかし確かに、1か月で嫁いで来いと言うのは無茶苦茶な条件だったので、何も言わずに収めました。
 私は妃が誰であれ、自分が誰かを愛せるとは思っていなかったから、誰でも良いと言えばそうだったのです」

 「愛妾は、大公爵を失脚させるための布石でしかありませんでした。
 私は彼女を愛したことは一度もない。
 彼女も宮廷内の様々な男性と関係を持っていたし、私のことを愛してはいなかったと思います」
 ざわざわと会場がざわめく。
 私もビックリして、王を見つめた。
 王は私を見下ろし、自嘲気味に目元を笑わせる。

 「だが…公爵の思惑で、買収されたメイドにコルセットを締め上げられて晩餐会の会場で失神し、結婚式では一人でバージンロードを歩かされたにも関わらず、唇を引き結んでひたすら前を見て健気に進むリンスターに、私は最初からとても惹かれた。
 リンスターと一緒になら、私ごとき若輩者でもこの大国を正しく治めていける気がしました。
 そのためには私腹を肥やしほしいままに政治を操っている大公爵一派を根絶やしにしなければならない。
 私は本気で、その大仕事に邁進していきました、すべてはリンスターと共に生きていくために」

 「リンスターは、本人は至って暢気に生活を楽しんでいましたが、周りの人間はどんどん彼女の賢さ明るさ可愛らしさといった魅力に取り込まれて行って、いつの間にか、公爵掃討の一番の助っ人になってくれていました。
 その上、亡き父王の病の治療や母后のサロンでの中心人物になり、私にとってますますなくてはならない人になっていきました」
 次第に熱を帯びた口調でそう言って王は、供の者に合図する。

 謁見の間の扉が開き、ゴロゴロと重そうな音が響いて、何か大きなものが運び込まれてきた。
 「リンスター、そなたなら判るだろう?」
 王はいたずらっぽく私を見て笑い、私は思わず両手で口を覆った。

 「これ…!
 ガレアッツォ翁と設計した、連射式のオルガン砲!」
 「なんと、ガレアッツォ翁だと?」
 お父様と宰相が驚いたように身を乗り出す。

 「そうです、かの有名なベリザリオ・ガレアッツォが我が王宮に長期逗留しておりましてね。
 リンスターそれからクラウスと親しくなり一緒に様々な研究をしているのです。
 医療や芸術、果てはこんな武器の開発まで」
 話しているうちにオルガン砲は王や私の横まで運ばれて来た。

 「えーっ!
 すごい、形になってるわ!」
 私は驚いて言い、手を伸ばしてその硬質なボディに触れた。

 「これのために、クラウスをどうしてもルーマデュカに残さなければいけなくて、彼からめちゃめちゃ恨まれた。
 ガレアッツォ翁と二人で説得し、絶対にリンスターを連れて帰ると約束して漸く承諾を得た」
 王は苦笑して言い、お父様や周りの貴族たちに向かって語りかけた。

 「当然のことながら、弾は装填しておりませんご安心ください。
 これは連射式になっておりまして、十門並んでいる砲門を歯車と滑車で動かして回転させて何度も撃てます。
 通常、装弾に時間がかかり一度ずつしか打てませんが、横のレバーにより自動装弾でき、弾幕を張り続けることが可能です」
 おお…というため息ともつかない嘆息が貴族の間から漏れる。

 「画期的なのが照準器で、リンスターの発案をガレアッツォとクラウスが実現しました。
 敵への命中率が格段に上がり、味方に損害が出にくくなったのですよ。
 小型で移動が簡単なので、戦場では小回りが利き非常に役に立ちます」

 お父様も宰相も、お母様やお姉様も、そしてこの場にいる貴族たちも皆、開いた口が塞がらない様子だ。
 「その…先ほどから何度も出てくる『クラウス』というのは、誰のことですか」
 お母様が訊いてくる。

 王はため息をついて言う。
 「リンスターがメンデエル国から連れてきた、小嬬ですよ。
 非常に賢く手先も器用で、性格も奥ゆかしい。
 様々な場面で私を助けてくれています」

 皆は「ああ、あの…道化師?」とよく判らない様子で首を傾げている。
 そうだよね…人として認定してなかったものね。
 メンデエル国民の気質としてあるかもしれない。
 頑固で保守的、価値観が狭いところ。
 
 そういう意味では、ルーマデュカ国の人やガレアッツォ翁はとてもリベラルだわ。
 新興国であり、国全体になんでも取り入れる気風があると思う。

 いやでもしかし…
 私は釈然としない思いで、蝋燭の光を受けて艶めく鉄のパイプの羅列を見つめた。

 一国の王から、他国の王女への求婚の場面に、何故オルガン砲…?
 こんなに色気のないプロポーズって、あっていいのかしら。

 
 
 

 

 
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