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終章 愛される王妃は王宮生活を謳歌する
1.驚愕
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その夜の晩餐には、わざわざ王宮から来た司厨長が腕を振るってくれて、私は既に舌に馴染んだルーマデュカの料理を堪能した。
隣に座った王は食事中殆ど私の方を向いていて、私と司厨長やパティシエ、ジェルヴェやクリスティーヌが料理やデセールについて話しているのを聞いていた。
部屋に戻ると悔しそうに椅子にドカッと音を立てて座った。
「これからは、公務があろうと何があろうと必ず一緒に食事は摂るぞ。
たったの半年で、私よりずっとルーマデュカの料理に詳しくなって、皆と楽しそうに話しているのを黙って見ているだけなんて我慢できるか」
もう…何なの、我儘だなあ。
別にハブにしたわけじゃないわよ。
「そんなことお約束できかねますわ」
「えっ、何で!」
王は驚いたように身体を起こす。
私はグレーテルが持ってきた小さな盥に布を浸してお湯を絞る。
布を持って王の前に行き、王の顔や手を綺麗に拭いながら話した。
「わたくしだって、たまには女子会などを楽しみたいのです。
王太后様から、サロンについてのお手紙も頂戴しましたし」
「女子会…」
王は私が上衣のボタンを外すのを、黙ってされるがままになりつつ呟き「ああ、そう言えばクラウスがよく言っていたなぁ」と思い出したように言う。
私は「え?クラウスが?」と訊き「お召し替えあそばせ」と着替えを促す。
侍女や小姓たちがバラバラと寄ってきて、王をナイトウェアに着替えさせる。
私もベッド周りのカーテンを引き、中でグレーテルに手伝ってもらいながら着替えた。
「結婚初夜に、私がどうやっても起きないリンスターに手を焼いて困り果てていた時に、居間の方で衛兵を呼ぶ声がして慌てて居間に行ったら、クラウスがいた。
向こうも驚愕していたが、こちらも驚いた。
最初はなだめようとメンデエルの易しい言葉で子供に話すように話しかけたのだが、ルーマデュカ語での応答があってそれがなんともしっかりしていて難解な表現を使う。
リンスターのことを心底敬愛していて、いろいろな話を聞いているうちに朝になってしまった」
着替えが終わってグレーテルがカーテンに手をかけるとすぐに向こうから開かれて王が入ってきた。
グレーテルは慌てたようにお辞儀をして出て行った。
王は私を抱き上げてベッドに横たえると、隣に寝そべって私の頬にキスする。
「私は、リンスターに最初から惚れていたけれど、それを表に出すわけにはいかなかった。
特にアンヌ=マリーやバルバストル公爵の前では、リンスターに関心がある様子などおくびにも出してはいけなかった。
だから、クラウスにそなたの様子をずっと報告させていたんだ。
叔父上のこと、ガレアッツォ翁のこと庭のこと料理やお菓子のこと、武器や医療技術のこと。
その話の中に、女子会の話もあったのだ」
私はクラウスが時々煙のように消えてしまうことや、妙に王の考えを理解しているような口調で話すことを不思議に思っていたが、王の今の話を聞いて納得した。
「どうしてもリンスターに会いたくて癒されたくて、でもリンスターからは嫌われていることを知っていたから切なくて…
どうしようもない時には、秘密の通路を通って、寝ているそなたの顔を見に行っていた。
今のようにカーテンを引いて、カーテンの外にいるクラウスと話をしたことも何度もあったのだよ」
王は懐かしむようにさらりと話す。
が、私は驚きのあまり言葉にならず、思わず起き上がって王の顔をまじまじと見る。
「…?」
王は訝しむように私の顔を見上げた。
「えっ何それちょっと、もう一回言って?!」
私は雑な言葉になって王に詰め寄る。
王は目を見開いて「えっ?…えーと…」と言って言葉に詰まった。
「私が寝てるところに、勝手に部屋に入ってきて寝顔を見てたって話??
しかも枕もとでクラウスと話してたの?」
「いやだから、クラウスはカーテンの外で…」
「そういう話じゃない!」
私が声を荒らげると、王は起き上がって私を宥めにかかる。
「そんなに気に障ったか?
怒ったのなら謝る」
「あ…たりまえでしょう?」
わなわなと震える私を不思議そうに見て、王は「だって…そなたは私の妃だし、今だってこうやって一緒に寝むようになって、互いに寝顔だって見てるだろう」と困惑したように呟く。
「そりゃ今はそうだけど」
今は『互いに』だけど、その時は『一方的に』だったじゃないの!
でもそう言えば、降誕祭の朝に、突然王太子(当時)が私の寝室から飛び出してきたと、グレーテルが言っていたことがあったわ。
ああ、そんなことが結構あったってわけなのね。
私の言葉を聞いて、王は何を思ったのか、縋るように私を抱きしめる。
「王宮に帰ったら、また寝室を別にするなんて言わないでくれよ。
これからはずっと一緒にいて欲しいんだ」
「え…だって普通は」
寝室は別でしょう??
『そういう時』には夫が妻の部屋を訪ねてくるのが通常で…
「私はそうしたくないんだ。
ずっと一緒に居たい」
「アンヌ=マリー様もそうしてたの?」
「してない!
アンヌ=マリーと一緒に寝るなんてことはなかった」
私の何気ない質問に、王は顔を真っ赤にして怒る。
「だからこそアンヌ=マリーはいろんな男を寝室に連れ込んでた」
「わたくしはそんなことしません!」
王は手を伸ばして私の頬を撫でて「リンスターがそうでも、勝手に忍んで来る男がいるかもしれない」と眉を顰める。
「そんなこと絶対に駄目だ。
私以外の男がそなたに触れるなんて…
俺は気が狂ってしまう」
そう言うと私の肩を押してベッドに倒し「リンスターは俺だけのものだ」と熱い吐息の合間に囁く。
私は、もう疲れたよ…と思いながらも、王の性急な愛の仕草にだんだん息が上がってくるのを抑えられなかった。
隣に座った王は食事中殆ど私の方を向いていて、私と司厨長やパティシエ、ジェルヴェやクリスティーヌが料理やデセールについて話しているのを聞いていた。
部屋に戻ると悔しそうに椅子にドカッと音を立てて座った。
「これからは、公務があろうと何があろうと必ず一緒に食事は摂るぞ。
たったの半年で、私よりずっとルーマデュカの料理に詳しくなって、皆と楽しそうに話しているのを黙って見ているだけなんて我慢できるか」
もう…何なの、我儘だなあ。
別にハブにしたわけじゃないわよ。
「そんなことお約束できかねますわ」
「えっ、何で!」
王は驚いたように身体を起こす。
私はグレーテルが持ってきた小さな盥に布を浸してお湯を絞る。
布を持って王の前に行き、王の顔や手を綺麗に拭いながら話した。
「わたくしだって、たまには女子会などを楽しみたいのです。
王太后様から、サロンについてのお手紙も頂戴しましたし」
「女子会…」
王は私が上衣のボタンを外すのを、黙ってされるがままになりつつ呟き「ああ、そう言えばクラウスがよく言っていたなぁ」と思い出したように言う。
私は「え?クラウスが?」と訊き「お召し替えあそばせ」と着替えを促す。
侍女や小姓たちがバラバラと寄ってきて、王をナイトウェアに着替えさせる。
私もベッド周りのカーテンを引き、中でグレーテルに手伝ってもらいながら着替えた。
「結婚初夜に、私がどうやっても起きないリンスターに手を焼いて困り果てていた時に、居間の方で衛兵を呼ぶ声がして慌てて居間に行ったら、クラウスがいた。
向こうも驚愕していたが、こちらも驚いた。
最初はなだめようとメンデエルの易しい言葉で子供に話すように話しかけたのだが、ルーマデュカ語での応答があってそれがなんともしっかりしていて難解な表現を使う。
リンスターのことを心底敬愛していて、いろいろな話を聞いているうちに朝になってしまった」
着替えが終わってグレーテルがカーテンに手をかけるとすぐに向こうから開かれて王が入ってきた。
グレーテルは慌てたようにお辞儀をして出て行った。
王は私を抱き上げてベッドに横たえると、隣に寝そべって私の頬にキスする。
「私は、リンスターに最初から惚れていたけれど、それを表に出すわけにはいかなかった。
特にアンヌ=マリーやバルバストル公爵の前では、リンスターに関心がある様子などおくびにも出してはいけなかった。
だから、クラウスにそなたの様子をずっと報告させていたんだ。
叔父上のこと、ガレアッツォ翁のこと庭のこと料理やお菓子のこと、武器や医療技術のこと。
その話の中に、女子会の話もあったのだ」
私はクラウスが時々煙のように消えてしまうことや、妙に王の考えを理解しているような口調で話すことを不思議に思っていたが、王の今の話を聞いて納得した。
「どうしてもリンスターに会いたくて癒されたくて、でもリンスターからは嫌われていることを知っていたから切なくて…
どうしようもない時には、秘密の通路を通って、寝ているそなたの顔を見に行っていた。
今のようにカーテンを引いて、カーテンの外にいるクラウスと話をしたことも何度もあったのだよ」
王は懐かしむようにさらりと話す。
が、私は驚きのあまり言葉にならず、思わず起き上がって王の顔をまじまじと見る。
「…?」
王は訝しむように私の顔を見上げた。
「えっ何それちょっと、もう一回言って?!」
私は雑な言葉になって王に詰め寄る。
王は目を見開いて「えっ?…えーと…」と言って言葉に詰まった。
「私が寝てるところに、勝手に部屋に入ってきて寝顔を見てたって話??
しかも枕もとでクラウスと話してたの?」
「いやだから、クラウスはカーテンの外で…」
「そういう話じゃない!」
私が声を荒らげると、王は起き上がって私を宥めにかかる。
「そんなに気に障ったか?
怒ったのなら謝る」
「あ…たりまえでしょう?」
わなわなと震える私を不思議そうに見て、王は「だって…そなたは私の妃だし、今だってこうやって一緒に寝むようになって、互いに寝顔だって見てるだろう」と困惑したように呟く。
「そりゃ今はそうだけど」
今は『互いに』だけど、その時は『一方的に』だったじゃないの!
でもそう言えば、降誕祭の朝に、突然王太子(当時)が私の寝室から飛び出してきたと、グレーテルが言っていたことがあったわ。
ああ、そんなことが結構あったってわけなのね。
私の言葉を聞いて、王は何を思ったのか、縋るように私を抱きしめる。
「王宮に帰ったら、また寝室を別にするなんて言わないでくれよ。
これからはずっと一緒にいて欲しいんだ」
「え…だって普通は」
寝室は別でしょう??
『そういう時』には夫が妻の部屋を訪ねてくるのが通常で…
「私はそうしたくないんだ。
ずっと一緒に居たい」
「アンヌ=マリー様もそうしてたの?」
「してない!
アンヌ=マリーと一緒に寝るなんてことはなかった」
私の何気ない質問に、王は顔を真っ赤にして怒る。
「だからこそアンヌ=マリーはいろんな男を寝室に連れ込んでた」
「わたくしはそんなことしません!」
王は手を伸ばして私の頬を撫でて「リンスターがそうでも、勝手に忍んで来る男がいるかもしれない」と眉を顰める。
「そんなこと絶対に駄目だ。
私以外の男がそなたに触れるなんて…
俺は気が狂ってしまう」
そう言うと私の肩を押してベッドに倒し「リンスターは俺だけのものだ」と熱い吐息の合間に囁く。
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