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第三章 賀茂祭・露頭の儀

29.二の姫

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 二の姫は、御帳台の中で臥せっていた。
 あたしが声をかけると起き上がろうとする気配がして、あたしは慌てて御簾を上げて中に入った。

 「二の姫、そのままで良いわ。
 少しだけ、お話を聞いてくださるかしら」
 「お姉様…申し訳ありません」
 と二の姫は消え入りそうな声で言って、枕に頭をつける。

 うわ…華奢…
 あたしが寝た時の、もりっと盛り上がった上掛けとは全然違う。
 薄くて、どこに身体が入ってるの?って感じ。

 良いなあ。痩せてて。
 あたしは場違いな感想を抱く。

 「昨日は、急に東宮様を連れて帰ってきちゃったりして、ごめんなさいね。
 お疲れになられたでしょう」
 二の姫のほっそい手を取って言うと、二の姫はかぶりを振って微笑んだ。

 「いえ…わたくしはなかなか東宮様にお目にかかることもできませんので、昨日はとても嬉しかったです。
 相変わらずの優しいお声と笑顔で、心が温かくなりました。
 皆さまの楽しそうなお声が北の対屋まで聞こえてきて…
 わたくしも参加できたら…と思わずにはいられませんでした」

 その大きな双眸から涙を零す。
 あたしは胸が詰まった。
 可哀相に…

 「えっとね、今日は貴女の身体を治すお話をしに来たの。
 東宮様は加持祈祷師を寄越すとかおっしゃってたんだけど、まあそれはそれで毒にはならないだろうけど」

 「まあ…東宮様が?」
 ほんのり頬を染める。 
 あれ…この反応…

 まあいい。とりあえず脚気よ。
 「わたくし、厨司長と相談してね。
 貴女に食餌療法して頂きたいと思うの」

 「食餌療法…?」
 二の姫は可愛らしく呟く。
 「そう。玄米を召し上がっていただくわ。
 最初は美味しくないかもしれないけれど、身体の為、お薬と思って召し上がってちょうだい」

 げんまい…と二の姫はまた呟く。
 うう、なんて愛らしいの。
 東宮にやるなんて勿体ないわ!

 「頑張って食べたら、お姉様のように元気にお散歩できるようになりますか?
 東宮様にお会いできますか?」
 ああ…やっぱりこの子、東宮が好きなんだ。
 好きな人の許嫁なんて、一見最高だけど…相手はポップでライトなアイツだからなあ…

 あたしは優しく微笑んで、二の姫の手の甲をポンポンと叩く。
 「できるわ。
 一緒にお散歩しましょうね。
 東宮様も…っと」

 東宮の誘いはお殿様に断ってもらっちゃったんだった。
 うーん。来させた方が良かったかな、二の姫の為に。

 あたしは笑ってごまかし「楽しみね。わたくしも二の姫といろんなお話をしてみたいの」と言った。
 二の姫は驚いたようにあたしを見上げる。
 「そう…ですか?わたくしのことなんてお嫌いなのかと…」

 伊都子さん、またですかい。
 あなたもう、トンガリ過ぎだからね。
 主上以外には。

 「そういえば、東宮様からお文は来た?」
 あたしは話題を変える。

 二の姫は途端にしゅんとする。
 「いえ…お待ちしているのですけど…
 わたくしのことなど、お忘れなのかもしれません」

 あーいーつー!!
 あたしは歯を食いしばって、怒りをこらえる。
 
 あたしに、あんなしょうもない文を寄越してる暇があったら、二の姫に書いてあげなさいよ!
 こんな身体で、懸命に病に耐えて、あんたを慕っているんだよ!!
 バカッ!

 「じゃあ、今日から、召し上がってみてね。
 わたくしお母様とも少しお話してくるわ」
 「ありがとう…お姉様」
 儚く微笑む妹姫に、あたしは手を振って御帳台を出た。
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