三日夜の餅はハイティーと共に

Dry_Socket

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第八章 暗雲

2.伊靖君の縁談

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 あたしは驚いて、また手綱を引いてしまった。
 義光はしばらく先に行ってしまって、横にあたしがいないのに気づいて淡香花の横に戻ってきた。

 「伊靖の…相手は誰?」
 義光を見上げて訊くと、義光は馬から降りてあたしの手から手綱を取り、二頭の馬を引きながら歩き出した。

 「内大臣家の大君おおいぎみですよ。
 一時、左近衛中将殿とも縁談の持ち上がっていた」

 あっそうなんだ…
 あたしは淡香花のたてがみに捕まりながら、隣を歩く義光を見た。
 義光は西日に目を細めながら話す。

 「右大臣殿が、伊靖の結婚相手を探し始めたのは割と前なんですよ。
 しかし前太政大臣殿と共に失脚なさっているし、なかなか良い相手が見つからなかったのです。
 だけどここ最近、月子姫のおかけで宮中での右大臣殿や伊靖の評判が上がっていて。
 主上や殿下の御覚おんおぼえもめでたいということで、伊靖に娘のところへ通って欲しいという殿上人も現れた」

 「内大臣殿は、悪気はないのだろうが日和見ひよりみな方で…
 ご本人はいたって気の好い、特筆すべきところもない、ごく普通の方なのですが。
 当の姫君が伊靖の評判を聞いて、えらく乗り気のようです」

 「伊靖は、どう言ってるの?」
 少輔さんのことが好きな、伊靖君。
 少輔さんだって、伊靖君が好きなんだよね…

 「うーん…こういう身分に生まれついて、親から結婚相手を決められるのは当然と言えば当然のことなので…
 両手もろてを上げて賛成、ということもなさそうですが、特に何も言ってませんけどね」
 「ふうん…そうなんだ」
 あたしの声がちょっと不満そうに聞こえたのか、「月子姫は反対なのですか」とあたしを見る。

 西日に義光の、色素の薄い虹彩が光って金色に見える。
 「別に、反対ってことはないけれど。
 義光はどうなのよ、あんただってそろそろ結婚しないとでしょ」

 あたしが義光の顔を覗き込むようにして訊くと、はあーっと義光は大きなため息をついてあたしから顔を逸らす。
 「月子姫がそれをおっしゃいますかねえ…
 何度も言うようですが、私は、貴女が、好きなんです!」

 ああ…そりゃ失礼しましたねっ
 あたしは肩を竦める。

 「父に話を進めてくれるように頼んではいるのですが、杉原家うちは左近衛中将殿の那珂原家とは縁戚で、父も左近衛中将殿の婚約者を奪うようなことはできないと、腰が引けてましてねぇ。
 聞くところによると、前の太政大臣殿も右大臣殿を呼び出されて、権中納言殿と月子姫の縁談を進めたいとおっしゃったとか」

 早耳だねえ…うん、そうらしいよ。
 お殿様がなんと返事したのかは知らないけど…
 きっと、いや絶対、断ってくれたはず!

 「正直言って、望みが薄いのは判っています。
 だけど、諦めきれない。
 月子姫が私を選んでくだされば…という一縷の望みを捨てることができない」

 あたしの方を向いて、手綱を持った手であたしの腰に手を回してぎゅっと抱きしめる。
 「貴女の本当の姿を知っているのは、私だけだ…
 貴女が一番、貴女らしくいられるのは、私の前だ、違いますか?」

 「それは、そうだよ…
 だけどあたし、義光のことはやっぱりどうしても弟としか…
 仲のいい姉弟、ではダメなの、かな」
 あたしは義光の温もりを感じ、少し安心してしまう。

 「都合のいい話だとは思う。
 だけど主上にもあたしが伊都子姫でないことがバレちゃったし、話し相手になってくれる人が居てくれると本当に有難いの」

 義光は何も言わず、ただあたしを強く抱きしめる。
 
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