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第十章 裁きと除目と薫物合わせ

2.裁き・2 関白

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 続いて、関白の罪が暴かれる。


 まず御鷹狩での東宮の怪我について。
 主上は、東宮を傷つけた者をすぐに捕えさせていた。
 その者は、流鏑馬神事の射手の一人に選ばれるほどの、弓矢の名手だった。

 拷問にかけて自白させ、誰に命じられたかを吐かせた。
 もっとも、あそこまでの酷い怪我を負わせるつもりはなく、馬に矢が当たったのは事故だという。
 東宮殿下に自らのお命の危険があるかもしれないと恐れさせることが目的だと、関白の家臣に命じられたと言った。


 そして、東宮の謀反ともとれる発言について。
 証言者として、右大臣家の床下に隠れていた二の姫付きの女房の命婦が、外の廊下に引っ立てられた。

 舌を噛んで自殺しないように猿轡を咬まされ、床下にいたままの姿で袿は埃と泥に汚れ、脂と埃塗ほこりまみれの長い髪はざんばらに乱れて凄まじい有様だった。

 話ができないので、左衛門督様が質問したことに頷くか、首を横に振ることで答えた。
 
 関白の家臣に病気の弟を人質に取られ脅されて、仕方なく右大臣家の二の姫の女房募集に経歴を偽って雇われたこと。
 しょっちゅう右大臣家にふらりと遊びに来る東宮から、何とかして主上の悪口やできれば謀反の言質を取るように命じられていたが、二の姫の許嫁であるはずの東宮は伊都子姫のところにばかり行っていて、全然接触の機会がなかったこと。

 御鷹狩で怪我をした東宮が母屋に運び込まれて、これを好機と捉えた命婦は人払いされた部屋の隅に留まり、主上と伊都子姫、そして東宮の話を克明に書き留めた。
 まさか主上の御前で、堂々と主上の地位を奪取するというような発言が出るとは思っていなかったので、書き留めたあと動揺して筆を転がしてしまった。

 すぐに逃げて、御鷹狩の従者に紛れ込んでいた関白の家臣の手に、書状を渡した。
 もうその頃には大々的に探索が始まっていたので、床下に潜り込んで隠れていた。
 隙を見て逃げるつもりだったが、ダメだったらそこで自害しようと思っていた。

 関白の家臣は捕らえられていて、関白のめいで命婦を脅したことを白状した。

  主上は苦く笑う。
 「東宮は本心で余を無理に退位させようなどとは思っていない。
 あれは兄弟間の喧嘩というか、たわいもない言い合いのようなものだった。
 必要ならばその場にいらっしゃった伊都子姫の証言もいただく」

 「それに…東宮が本心から望むなら、余は譲位しても良い。
 我々兄弟間に、地位をめぐっての争いなど起こりようがない。
 女人は…別であるが」

 東宮が大声で反駁はんばくする。
 「兄上に退位など望んでいない!
 私は兄上を心から尊敬申し上げている。
 関白が私たちを仲違いさせようと画策しているだけだ!」

 
 それから、東宮を廃して、主上と東宮の弟宮で今は高僧になって居られる方を還俗させて次期東宮に据えようとしていたことも、左衛門督様より明らかにされた。

 弟宮本人は還俗することにも東宮に立てられることにも気が進まないと反対していて、関白の娘を娶ることも嫌悪していたので、嬉々として関白断罪の証人になった。
 

 次々に明るみに出る自らの罪に、関白は脂汗を流して言い逃れようとする。
 だが、先回りして厳しく断罪する主上と左衛門督様の追及に、遂に頭を垂れた。

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