障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第4障『偽りの善』

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4月11日、学校にて…

「今日は係や委員を決めてもらいます。」

広瀬先生は黒板にそれぞれの係名や委員会名を書いていった。

委員会…委員長、副委員長、体育委員、風紀委員、保健委員、放送委員、図書委員、新聞委員、美化委員
係…英語係、数学係、国語係、理科係、社会係、音楽係、家庭科係、技術係、美術係、配布係、掲示係、生き物係、相槌係

「委員は男女各1名ずつ、係は1人、または2人です。」

その時、1人の生徒が手を上げた。

「せんせー。相槌係って何ですか?」
「これは先生や他の生徒の意見に対して、自分が興味なくても相槌を入れて、その人にいい気分になってもらう係です。」

相槌係はこの学校特有の係である。

「じゃあ、まず、男子で委員長になりたい人。」

すると、山口が手を挙げた。

「はーい!俺やりてぇ!」

そんな山口に続き、メガネをかけた男子生徒も手を挙げた。

「僕も!」

それに気づいた山口は、そのメガネ男子生徒を睨んだ。

「あー?誰だてめー。」
「僕はさかいまじめ。僕が委員長になります!」

山口は鼻で笑った。

「無理無理。お前程度の人間じゃ務まらねーよ。」

すると、堺は山口に言った。

「君の方こそ委員長には向かないんじゃないかな。」
「んだと⁈」

山口は堺の胸ぐらを掴んだ。

「だって君、昨日遅刻してきたじゃないか!」

堺は全く物怖じしていない。

「そ、そそそそれは偶々だ!」

それに対し、山口はあからさまに動揺している。

「それに入学式の日、そこの障坂君と問題起こしてましたよね。」

堺はガイを見た。

「俺は何もしてない。」

ガイは否定している。

「く、くそ!痛いトコばっかつきやがって!」

やばい。山口、そろそろ手が出ちゃう。

「はいはい、それじゃ、多数決で決めましょう。山口君に委員長をやってもらいたい人ー。」

誰も手を挙げない。

「おい!」
「じゃあ、堺君に委員長をやってもらいたい人ー。」

クラスの八割方が手を挙げた。ガイも手を挙げていた。

「ガイ!おめーまで!」

ガイはお尻フェチの件を根に持っていたのだ。

「もういい!俺なんかは相槌係がお似合いだって言いたいんだろ!そうなんだろ!そーですね!!!」

山口は自身に相槌を打ちながら教室を飛び出した。

「ちょ、ちょっと、山口くん⁈」

広瀬先生が後を追いかけた。
すると、堺が教卓の前に立った。

「それじゃ、先生に代わって僕が指揮らせてもらいます。」

次々と委員と係が決められている。ガイは放送委員や図書委員、保健委員に立候補したが、全てジャンケンに負けてしまった。
そして、ガイはみんながやりたくない生き物係になった。

「最悪…」
「でも、生き物係は1人では少し大変ですね。」

生き物係は学校で飼っているザリガニやメダカ、インコやウサギなどを世話する係である。担当の曜日をクラスや学年ごとで割り当てられる。

「しかし、もうみんな決まってしまいましたから…」

その時、2人の生徒の会話が堺の耳に入った。

「休んでる奴は?」
「そういえば、まだ決めてなかったね。」

すると、堺は叫んだ。

「そうでした!僕とした事が忘れていました!それでは、生き物係は障坂君と、えーっと…」

堺は名簿を見て、言った。

「有野さんに決まりました。」
「え、ちょっと…」

ガイが何か言おうとしたところで、広瀬先生と山口が戻ってきた。

「おや、終わったようですね。仕事が早くて助かりますよ、堺委員長。」
「いえ~それほどでも~♡」

堺はヘコヘコしている。

「いや、待って…」

ガイは椅子から立ち上がった。
しかし、そんなガイの発言を山口がかき消した。

「そーですね!」

山口は相槌を打ったのだ。何に対してかは知らない。
そして、係決めは終了した。

放課後、教室にて…

「障坂くーん!」

クラス委員長の堺がガイに話しかけてきた。

「どした?」

ガイは堺に用を尋ねた。

「有野さんの家に行こう!」
「え、嫌だけど。」

すると、堺は詰め寄った。

「君はクラスメートを助けたいとは思わないのか⁈」
「いや、今日はバイオリンと英会話があるから…」

堺はガイを無視して話を続けた。

「同じクラスに不登校がいるんだ。何か悩んでるのかもしれない…」
「そんな、2日休んだぐらいで…」

ガイは面倒事に関わりたくないようだ。

「実は彼女と同じ小学校だった子から聞いたんだけど、有野さん、小学校でも不登校だったそうなんだ。」
「へー。」

ガイは帰る支度を始めた。

「その子の話だと小4あたりから急に来なくなったとか…」
「でも、別に行きたくないなら行かなくていいんじゃない?」

堺はガイに顔を近づけた。

「ホントは行きたいかもしれないじゃないか!でも行けない理由があるかもしれないから僕たちが彼女の悩みを…!」
「わかったわかった!近い近い!」

その時、山口が2人の元へやってきた。

「俺も行くぜ!」
「や、山口…」

ガイは山口を見て、嫌そうな顔をした。

「同じハンディーキャッパーが悩んでんだ。同族のよしみってやつ?で相談乗ってやるよ!」
「いや、まだ悩んでるかどうか決まったわけじゃ…」
「山口君!」

堺は山口の手を掴んだ。

「君の心意気には感激したよ!さぁ、行こう!有野さんを助けに!」
「おうよ!」

2人は意気投合している。

「何やってんだ、ガイ!行くぞ!」
「…はいはい。」

3人は有野の家へ向かった。

住宅街にて…

ガイ,山口,堺が歩いている。
するとその時、ガイは堺に尋ねた。

「なあ、堺。こういうのは普通先生がやるもんじゃないか?」
「広瀬先生はまだ新人だ。だから、あまり面倒事をかけたら可哀想でしょ。」

ガイは、堺が内申点や周りの評価の為に行動しているものだと思っていた。しかし、どうやらそれは違う事を、ガイは悟った。

「それに、同級生の方が話しやすいこともあるだろうしね。」
「そーですね!」

山口は相槌を打った。

有野の家の前にて…

「この家みたい。」
「まぁまぁな家だな。」
「思っても口にするな。」

安直な山口の感想にガイは注意した。
そんな中、堺はそそくさとインターフォンを押した。

〈はーい。〉

すると、女性の声が聞こえてきた。

「こんにちは。僕、クラス委員長の堺まじめと言います。クラス委員長です。」
「あ、2回言ってる…」

クラス委員長を強調したかったようだ。

「京香さんが欠席されていた日のプリントを持ってきました。」

〈あら、わざわざありがとね。ちょっと待って。〉

数分後、玄関から綺麗な女の人が出てきた。

「どうも、京香の母です。」

堺と山口は有野の母の美貌に見惚れている。

「美しい…♡」
「人妻…♡」

有野の母は3人を家へ招いた。

「どうぞ、あがって。」

有野家のリビングにて…

ガイたちはソファに座っている。

「いま、京香呼んでくるわね。」

有野の母は2階へ上がっていった。

「ただいまー!」

ちょうどそこへ、入れ替わるように幼い少年が玄関から入って来た。

「んぬぁ⁈誰だお前ら⁈不法侵入だぞ!死ねー!」

その子はガイに飛び蹴りした。

「ふぐぬぁッ!」

ガイは床に倒れた。

「ダウン連してやる!!!」

ガイは起きあがろうとするが何度も倒されている。
すると、その騒ぎを聞きつけてか、慌てて2階から降りてくる足音がした。

「こら!京介きょうすけ!お客様に何してるの!」

数分後…

「ごめんなさい。この子、気性が荒くて…煽りプレイとさかれたらすぐ台パンしちゃうのよ…」
「通りで…」

ガイはリビングを見渡した。そこには、いくつもの台パンの跡があった。

「キミ、有野さんの弟?」

堺は弟に話しかけた。

「うん。京介。小1。なめんなよ。」

その時、堺は有野の母に有野の事を尋ねた。

「あの…京香さんは…?」

すると、有野の母は少し困ったような表情をした。

「それが…会いたくないって…」
「そうですか…」

多少の沈黙の後、ガイは堺に耳打ちした。

「会いたくないなら早く帰ろう。」
「で、でも…」

その時、有野弟は山口がいない事に気がついた。

「あれ?そう言えばアイツは?」
「あ、ほんとだ。どこ行ったんだろ…?」

上の階から声が聞こえる。

「おーい!いるんだろ!出て来いよ!」

山口の声だ。

「アイツ、人ん家勝手に…」

ガイたちは2階へ上がった。

有野家、2階にて…

山口が有野の部屋のドアを叩いている。

「おい!出てこい開けろー!」

そこへ、ガイ達がやってきた。

「ちょっと山口くん!やめたまえ!」

堺が山口を押さえた。

「なんで学校に来たくねーんだよ!なんか言えよ!言わなきゃわかんねーだろ!」

有野からの返事はない。

「もう知るか!一生そこで引きこもってろ!バカ!」

山口は堺を振り払って階段を降りていった。

「山口くん!」

堺は山口を追った。

「あんにゃろ!姉ちゃんに向かって何たる暴言!階段からメテオしてやる!!!」

弟も山口を追った。

「みんな血の気が多いんだから…」

その時、ガイはノックした。

「有野、お前生き物係になったぞ。1年4組は金曜日にウサギの世話だってさ。早速明日からだ。」

有野は黙ったままだ。

「来る来ないはお前の勝手だけど、それで誰かの迷惑になってる事だけは分かっとけよな。」

ガイは階段の方へ向かった。その途中、ガイは言った。

「でも、本当に困ったことがあるなら言えよ。」
「障坂くん…」

有野の母はガイを見た。

「俺は…いや、少なくとも俺たちは、お前に迷惑かけられても嫌じゃないからな。」

ガイも山口たちの後を追った。

「良いお友達ね。京香。」
「…」

この時のガイは決して有野のことを思って言ったわけではない。せっかく自分の時間を割いてまでやって来たのに、意味がないまま終わるのが嫌だったからだ。それに、係の仕事を自分1人でするのは大変だから、有野を学校へ来させるため、アメとムチを使い分けたのだ。自分たちだけは特別だと思わせるために。決して、善意では無い。
しかし、ガイがしたこの行動は、側から見たら『善』である。これは明らかに父親の遺伝が色濃く出ている。だが、この時のガイはまだ、それに気づくことができない。それが、やがて手に入れる、あのタレントの影響である事を。2万5000年の記憶を。
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