障王

泉出康一

文字の大きさ
上 下
85 / 211
第2章『ガイ-過去編-』

第21障『夏休みの宿題は初日に一気に終わらせるか、最後に追い込まれてやるかのどっちかでした。』

しおりを挟む
【???にて…】

研究所のような場所に、3人の男が立って話をしていた。1人は白衣を着た20代後半の男。その正面に、黒スーツを着た2人の男が立っていた。その内1人は白衣の男と同じ20代後半。側頭部に刺青がある。もう片方の男は2人より少し若い20代前半。地毛なのかパーマなのか、ややアフロ気味だ。

「待ってくれ!一善いちぜん!もう少しなんだ!」

白衣の男は鬼気迫る表情で訴えかけている。

「あと2年…いや!1年だ!1年だけ待ってくれ!そうすれば必ず…」

頭を下げる白衣の男に対し、刺青の男、一善はやれやれといった表情で話し始めた。

「同期だから大目に見てやっているが、正直もう庇いきれない。かしらは、もう待てんと言っている。悪いが、これ以上は俺にも無理だ。」

すると、白衣の男は跪き、一善の足にしがみついた。

「頼む!本当にあと少しなんだ!あと少しで、タレントの仕組みも、魔物の構造原理も解明できる!大魔障や魔障将レベルの魔物だって作れるようになるんだ!だから、例のタレントだって…きっと…!」

懇願する白衣の男。その顔を見た一善は、少し考え込んだ後、言った。

「半年、次の会合まで待つ。」
「半年…⁈」

白衣の男は首の皮一枚繋がった安堵よりも、要求の半分の時間しか与えられなかった事に対しての焦りを感じた。

「だがコレが最後だ。もしそれで成果を出す事ができなければ、俺もお前も、ついでに前田も始末される。」

すると、一善の背後に立っていたアフロの男、前田が叫んだ。

「なんで俺もなんすか⁈」

一善は前田のリアクションを無視して、白衣の男に話を続けた。

「何としてでも成果を挙げろ。わかったな、館林たてばやし。」

数分後、一善と前田はその場から去った。
1人、研究室にたたずむ館林。その目の前には巨大なカプセルが幾つも並べられていた。そして、その中には異形なモノが。

「半年……」

館林はそのうちの一つのカプセルに触れた。

人間サンプルが足りない…」

その時、館林は一善から言われた事を思い出した。

〈何としてでも成果を挙げろ。〉

「…集めないと…」

【戸楽市から東北東の村にて…】

8月26日、障坂ガイは戸楽市から車で4時間半かかる伊寄村いよりむら、そのさらに北端にある母親の実家にいた。しかし、母親の実家と言っても、もう誰も住んではいない。所謂、障坂家の別荘、いや、ガイの隠れ家だ。
ガイがココにいる理由、それは解放されるためだ。しがらみに囚われず、無駄とも言える時間を過ごす事で、ガイの精神は保たれている。この定期的な心の安寧が無ければ、ガイの精神は社会的重圧や父親からの厳たる教育方針で崩壊してしまっていたであろう。

【母親の実家、居間にて…】

至って和風の、100坪ほどあると思われる家。居間には畳の上で仰向けになっているガイがいた。

「…」

ガイは目を瞑っている。決して寝ている訳ではない。ただボーっと時間を浪費していたのだ。

「(幸せ…)」

母親の実家は近くの集落からも離れている。それ故、人間の不規則かつ耳障りな雑音はなく、鳥のさえずりや蝉の鳴き声などの悠々としたメロディしか聞こえてはこない。そのはずだった。

「ガイ様~!」

その時、ドンドンという足音と、ガイの名を呼ぶ村上の声が聞こえてきた。

「(うるさい…)」

ガイは顔を顰めながら、寝返りを打った。
そこへ、村上がやってきた。

「あ、またゴロゴロしてる。いいんですか?宿題やらなくて。」
「あんな簡単なもの、終わったようなものだよ。」

ガイは入り口にいる村上に背を向けて、畳に寝そべったまま応答した。
そんなガイの態度に、村上の口調が強まる。

「まだ何1つ手をつけてないじゃないですか!」
「すぐ終わるよ。」
「そーんなこと言ってぇ、『終わらなーい!助けてかおりちゃ~ん!』ってなっても知りませんよ!昔みたいに!」

それを聞いたガイは起き上がり、言い返した。

「昔のガイ様は馬鹿だったんだよ。やめろよ、その話…」

ガイは恥ずかしそうな表情で、畳の上に座っている。
その時、村上は感慨深い面持ちで昔の事を思い返した。

「そういえば、いつからでしょう。ガイ様が私の事を『村上』と呼ぶようになったのは。昔は香ちゃんって呼んでくれたのに…」
「…」

ガイは村上から目線を逸らした。

「小さい頃のガイ様は可愛かったですよ~!『僕、大きくなったら香ちゃんと結婚する!』って…きゃあ~!ガイ様ったらか~わ~い~い~!」

村上は1人ではしゃいでいる。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、ガイに頭を下げた。

「でもごめんなさい、ガイ様。私とガイ様では身分が違いすぎます。歳だって離れてるし。こんなおばさんよりも、もっと若くて綺麗な方は糞の数程いますよ。」
「星の数な。てかおばさんって…村上まだ10代だろ。」
「でも、ガイ様が成人なさせる頃には、私はもう26ですよ?ガイ様が大学卒業…修士まで行くとなると私は30…三十路⁈ババアじゃないですか⁈嫌だなぁ…」

村上は未来の自分を想像し、へこんでいる。そんな村上に、ガイは言った。

「俺は別に6歳差ぐらい気にしないけどな。」
「…」

ガイのその発言を聞いた村上は少し驚いた後、ニヤニヤと微笑み始めた。

「それはつまり、私の事が好きだと…?」
「はぁ⁈」

ガイはあからさま動揺している。

「な、なんでそうなるんだよ…」
「今言ったじゃないですか。『俺は別に6歳差ぐらい気にしないけどな。』って。」
「俺は好きなら歳とか身分とかそういうのどうでもいいって思っただけで、別に村上の事が好きって言った訳じゃない!断じて!」

ガイは珍しく強い口調で否定している。しかし、村上は小悪魔のように微笑みながら、改めてガイに質問した。

「じゃあですね~。ガイ様は私の事どう思ってます?好きですか?嫌いですか?あ、ちなみに私、ガイ様のこと好きですよ。」

笑みを浮かべる村上に、ガイは言い返した。

「お前の好きと俺の好きは違うだろ…」
「『お前の好きと俺の好き』、それはつまり、ガイ様は私の事が好きなんですね。あと、『好きが違う』って何ですか?ガイ様の好きは一体どういう意味なんでしょう?友人としての好きですか?それとも、恋愛的な意味ですか?ライクかラブか、どっちかハッキリ答えていただかないとわかりません。」

次の瞬間、ガイは勢いよく立ち上がった。

「ヒィィィィイヤァァァァァア!!!うるさい!わかったよ!宿題やればいいんだろ!宿題!」

ガイは居間を飛び出した。

【廊下にて…】

ガイは居間から廊下に出て、自分の部屋へ向かっていた。その際に、執事長の十谷とすれ違った。

「おや?ガイ様、どこへ行かれるんですか?」
「宿題!」

それを聞いた十谷は驚嘆した。

「え⁈ガイ様が宿題を…」

【居間にて…】

十谷が居間へ入ってきた。居間には、先程までガイと話をしていた村上が立っていた。
十谷はそんな村上に話しかけた。

「村上、お前一体どんな手をつかったんだ?あのガイ様が自分から宿題をやるなんて…」

すると、村上は満面の笑みで答えた。

「秘密です♡」

【ガイの部屋にて…】

ガイは机に座り、宿題のテキストを開いた。

「はぁ…」

ガイはため息をついた。

「(俺もまだまだ子供だな…)」

その時、棚の上から声が聞こえてきた。

「お前、あのメスの事好きなのか?」

ヤブ助だ。ヤブ助は猫の姿で棚の上で寝ていたようだ。

「聞こえてたのか…」
「猫は耳が良いからな。」

少しの沈黙の後、ヤブ助は口を開いた。

「使用人と雇い主か…エロいな。」
「ヤブ助。黙らんと玉潰すぞ?」

すると、ヤブ助は弱々しい声で言った。

「もう…無いんだよ…」

そう。ヤブ助の股間はガイとの戦いで喪失してしまったのだ。

「あ…ごめん…」

この日、ガイは全ての宿題を終わらせた。

【翌日、昼、居間にて…】

ガイは居間でボーッとしていた。

「(不思議だ…)」

ガイは腕にPSIを纏った。

「(PSIが…暖かい…)」

この感覚、コレはタレント発現の予兆だ。ガイは今までの戦いの経験や心情の変化から、MSC最大PSI容量が著しく増加していた。それ故、ガイのタレントはまもなく発現しつつあったのだ。

「俺の…タレント…」

ガイが自身のタレントについて考えを巡らせていたその時、事件は発生した。

「きゃぁぁぁぁぁあ!!!」
外から村上の叫び声が聞こえてきたのだ。

「村上…⁈」

ガイは急いで村上がいる庭の方へと向かった。

【庭にて…】

ガイが庭へやってきた。

「どうした⁈」

庭には、足から血を流して倒れている村上がいた。

「ば、化け物が…!」

ガイは村上の足を見た。村上の太ももには巨大な爪で引っ掻かれたような痕があった。
ガイはイマイチ状況が飲み込めなかった。しかし、ココにいては危険だと判断し、村上を抱え、すぐに家の中に避難した。

【玄関にて…】

玄関には十谷がいた。十谷も村上の悲鳴を聞いて駆けつけてきたようだ。

「村上⁈」

十谷は村上の足の怪我を見て、驚愕した。

「ヤブ助!」

すると、ガイの叫びに応じ、ヤブ助が廊下から走ってきた。
ヤブ助は村上の足の怪我を見て驚嘆した。

「どうしたんだ…⁈」
「屋根に登って、家の周囲を見張ってくれ。何かあったら連絡頼む。」
「わ、わかった…!」

ヤブ助は外へ出た。

「村上を居間へ運ぼう。」
「は、はい!」

ガイと十谷は村上を居間へと運んだ。

【居間にて…】

十谷は村上の足の傷を手当てした。

「幸い、傷は浅かったようです。消毒もしましたし、出血も止まりました。もう大丈夫でしょう。」

十谷は冷静に、自身の措置内容をガイに伝えた。

「わかった。ありがとう、十谷。でも一応、念のために病院へ…」

その時、村上はガイの手を掴んだ。

「ダメです、ガイ様。」
「えっ…」

ガイは戸惑った。村上が何故自分を止めるのか、わからなかったからだ。

「私たち使用人は旦那様の許可がない限り、たとえ買い物でも外出は禁じられているのですよ。」

すると、十谷が提案を出した。

「それなら旦那様にご連絡を…」
「たかが私1人のために、旦那様が許可を出すでしょうか。」
「うっ…」

十谷の提案は、虚しくもやる前から失策だという事に気づかされてしまった。

「ありがとうございます。私はこれで十分です。」

村上は笑顔で十谷に治療の礼を言った。
そして、村上はガイに対しても俺を言う。

「ガイ様、助けていただきありがとうございます。かっこよかったですよ。」
「…」

村上の発言を聞き、ガイはこの上なくやるせ無い気持ちに苛まれた。
しかし、ガイはすぐさま立ち上がった。

「使用人の外出がダメなら、俺が今から近くの街まで走って医者連れてくる。」
「それはやめといた方がいいぞ。」

そこへ、猫の姿のヤブ助が帰ってきた。

「得体の知れない生き物が、そこら中にウヨウヨしてるからな。」
「な、なんだって…⁈」

十谷はヤブ助の訳の分からぬ報告に動揺している。
ヤブ助はガイの顔を見た。

「ガイ…」

ガイはヤブ助の言いたい事を察した。

「またハンディーキャッパーか…」
しおりを挟む

処理中です...