障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第34障『簡易の次元低下論』

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【11月28日、24:50、住宅街にて…】

右腕を切断されたガイと広瀬先生が対峙している。
次の瞬間、ガイは広瀬先生に殴りかかった。
ガイの左拳が広瀬先生の顔面に直撃しかけたその時、ガイはとある違和感に気がついた。

「(コイツ、なんで避けない…?)」

そう。広瀬先生は直立不動のまま。まるで、ガイの攻撃を誘っているかの様だった。
ガイはそれを不審がり、拳を止め、右足で蹴りを放った。
するとその時、ガイの頭の中に声が響いた。

〈離れろ。〉

ガイは蹴りを中止し、広瀬先生から離れた。

「えっ…」

ガイの意思とは無関係に体が動いたのだ。
そんなガイの行動を見た広瀬先生は口を開いた。

「あーあー。惜しい惜しい。野生の勘ってやつか?」

広瀬先生は何か企んでいる。ガイにはその企みが何なのかわからなかったが、とにかく、直接攻撃はまずいと、何となく理解できた。
ガイは民家の壁に立てかけてあった傘を手に取った。
その時、広瀬先生はガイに向かって走り出した。

「ッ!」

ガイは向かってくる広瀬先生に、タイミングよく傘を振り下ろした。
しかし、傘は広瀬先生の体をすり抜けた。

「なッ⁈」

広瀬先生は困惑するガイに向けて手刀を放った。
だが、ガイはそれを横に飛んで回避した。その際に、ガイは広瀬先生の腕を見た。

「(薄い…?)」

なんと、広瀬先生の腕はペラペラに薄くなっていた。しかし、近くで見ないとわからないぐらい、立体的に表現されている。
ガイは広瀬先生の後ろに回り込みんだ。

「(厚さを変えるタレント…いや、それなら、俺の攻撃がすり抜けた理由にはならない。)」

ガイはあの駐車場に転がっていた女性の死体を思い出した。

「(そうだ。コイツは素手だ。素手で人間をバラバラに分解したんだ。俺の腕だって切断された…)」

その時、広瀬先生はガイに向けて次々と手刀を放った。しかし、ガイは思考しながら、それら全てを回避している。

「(薄いにも立体的…すり抜け…切断…)」

ガイは試しに傘を広瀬先生の腕に当ててみた。
すると、広瀬先生の腕はまるで傘にペイントされた様にすり抜けた。いや、張り付いたという表現の方が正しいか。
次の瞬間、広瀬先生の腕が元の厚さに戻り、すり抜けていた傘先が切断された。

「…」

ガイは何かに気づいたのか、広瀬先生から大きく飛び退き、話し始めた。

「なるほどな。理解した。」
「はぁ?」

ガイは首を傾げる広瀬先生に話を続けた。

「お前のタレント、立体物を平面化する能力だろ。」
「…」

広瀬先生は真剣な表情でガイの話を聞いている。言葉を挟む事なく。

「平面化させた腕を立体に投影。タレント解除時に腕の平面化が解け、被投影物が粉砕される。切断の仕組みはこれだ。違うか?」

少しの間。その後、広瀬先生はキシキシと笑い始めた。

「初めてだぜ。俺のタレントを見破った奴はなぁ。」

すると、広瀬先生は楽しそうに話を始めた。まるで、定期テストで高得点を取った子供の様に。

「説明しよう!俺のタレントは『簡易の次元低下論2Dメイカー』!3D立体2D平面にする能力だ!平面になった物の質量は変わらないが、厚さや奥行きがなくなり、縦横だけになる。立体的に見えるのは、平面化すると遠近法や明暗法が使われるからだ。ま、絵とおんなじだな。」

遠近法・明暗法とは、物体を立体的に描く技法の事。ガイが初見で平面化に気づかなかったのは、それが理由だ。暗闇での戦闘中、遠近法・明暗法を見破り、立体が平面かを見抜くのは難しい。この要素はおそらく、コレから先もガイを惑わす事となるだろう。
その時、広瀬先生は左腕を平面化させた。

「答え合わせさせてやる。厚さがなく、質量のあるものが他の物体に通したらどうなるか…」

広瀬先生は電柱に平面化させた腕を通した。
すると、広瀬先生の腕は、先程ガイが傘を当てた時と同じ様に、シールのように電柱に張り付いた。奥行き感を保ったまま、電柱に落書きのように描かれている。

「そう。こうなる。そんで、この状態でタレントを解除すると…」

広瀬先生は左腕の平面化を解除した。
すると次の瞬間、腕に厚さや奥行きが戻り、その反動で電柱は破壊された。

「お前の予想通りだ。100点だぜ。障坂ガイ君。」

広瀬先生はニヤニヤと笑っている。そんな先生に、ガイは言った。

「お前は誰だ。」

その言葉を聞き、広瀬先生はニヤニヤ顔を止めた。

「そこまで気づくか。すんげぇな、お前。さすがは9教科トップ君。」
「…」

ガイは解答を待っている。無駄話をしている時間はない。腕の切断面からは未だ血が滴り続けているからである。

「俺は本田ほんだ大地だいち!コイツの元カノのお兄ちゃんだな!」
「…は?」

思わず声が出た。当然だ。ガイの予想とあまりにもかけ離れていたからだ。

「え…は?どゆこと?」

ガイはてっきり、発現したタレントが精神にも影響を及ぼすもので、そのタレントが広瀬先生本来の人格を消し去った、と思っていた。しかし、どうやら全く違うようだ。

「聞きてぇかぁ?長くなるぜぇ?本田オレ広瀬先生コイツの物語は。」

次の瞬間、ガイは広瀬先生、もとい、本田大地に傘を振り下ろした。
本田はそれを手の平で受け止めた。その際に、本田は壊れた傘先で手の平を切ってしまった。
しかし、本田はそれを見て好都合だと笑った。

「ナイっス~!」

すると、本田はガイから距離を取った。

「『簡易の次元低下論2Dメイカー』!!!」

次の瞬間、本田はガイに向けて、その手の平の血を平面化させて飛ばした。
血の何滴かはガイの顔や左腕に付着した。

「(まずい…!)」

何故、自分はあの血をかわさなかったのか。しかし、ガイがそう思った時にはもう遅い。

「解除ッ!!!」

本田はタレントを解除した。すると、血液が立体に戻った為、ガイの顔や腕など、血液が付着した部分が小さく破裂した。

「くッ…!!!」

ガイがひるんだ隙に、本田は距離を詰め、ガイに向けて手刀を放った。
しかし、距離があった事も幸いし、ガイはそれを間一髪のところでかわした。
そして、ガイは本田から走り出した。

「(直接攻撃は危険。かと言って、傘じゃ無理だ。)」

ガイは武器を探しに行くようだ。しかし、右腕のない今、ガイの逃げ足は遅かった。それでも、近場の武器を探すぐらいの速力はある。すぐに捕らえられることはない。
はずだった。

「ぬぁッ⁈」

その時、ガイの足元の地面が破裂した。
ガイは何が起こったのかと、地面を見た。

「(コート…⁈)」

なんと、本田は逃げるガイに向けて、平面化させたコートを地面に投影させて投げていた。そして、コートがガイの真下に来た時に平面化を解除、地面を破壊し、ガイの逃走を防いだのだ。
ガイは体勢を崩し、前方へ倒れ込んだ。

「くあッ…!」

次の瞬間、本田は走り出し、倒れ込んだガイに向けて、手刀を放った。

「(やばい…殺される…!)」

しかし本田はトドメを刺そうとはせず、ガイの両足を切断した。

ア"ア"ア"ア"ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!!!!!!」

ガイは叫んだ。叫ばなければ、痛みで頭がどうにかなりそうだったのだ。
薄れゆく意識の中、本田はガイに昔話を始めた。

「俺は妹が好きだ。狂おしい程にな。だから、俺からアイツを奪った広瀬先生コイツが許せなかった。殺してやろうかと何度思った事か…」

ガイはその話を聞いていた。それしか、ガイにできる事はなかったからだ。

「いつしか、俺は妹を奪い返す事じゃなく、コイツをいかに苦しめてやろうかって事しか考えられなくなった。」

本田はガイを仰向けにし、腹に指を突き立てた。

「だから殺した。妹をな。」

本田はガイの腹に突き立てた指を、徐々にガイの体に押し込んでいく。

「ッ…かッ…!!!」

痛み苦しむガイ。しかし、ガイに反撃の術はなかった。

「快感だった。広瀬先生コイツから妹を奪ってやったんだからな。当初はそう思ってた。けど違うかった。俺が快感だったのは…」

本田はガイの腹に指を突き刺していく。何度も何度も。

「ぐぁッ…なぁッ…!!!」

ガイは涙を流しながら、痛みに耐えている。その表情からは、苦痛と恐怖しか感じられない。
そんなガイを見て、本田は勃起した。

「コレだよコレぇぇえ!!!俺が本当に求めていたものは妹でも、仕返しでもねぇ!コレなんだよおおお!!!」

本田大地は根っからの快楽殺人者だった。彼にとって、殺人は性行為である。断末魔は喘ぎ。解体は愛撫。人を殺した時、彼は射精にも勝る快感を得られるのだ。コレは彼の、生まれ持ってのさがなのだ。

「でも捕まっちまってな。何人も殺してたし、死刑は確実。そんな時、発現したんだよ。俺のダブルタレントが。」

本田はガイの首を絞め始めた。

「『魂移住計画ゴーンボーン』。魂を別の肉体に転移させる能力。俺はそれを使って生き延びた。広瀬先生コイツの体に乗り移ってな。」

ようやく、理解できた。広瀬先生は被害者だ。殺人犯はコイツ。しかし、それを知ったところで、この状況は変わらない。

「(そうか…先生は悪人じゃなかったのか…)」

ガイは広瀬先生の弟、友達である広瀬の事を考えていた。

「(よかった…)」

ガイは意識を失った。
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