障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第35障『兄の性』

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コレはとある兄妹の話。
仲のいい兄妹が住んでいた。兄妹に親はおらず、兄が中学を卒業するまで、2人は施設で育った。兄が中学を卒業してからは、2人はアパートで暮らす事となった。兄は妹の為、朝から晩まで働いた。妹には高校に行って、大学へ行って、幸せになって欲しかった。
しかし、妹が高校へ通い始めた頃、変化は起こった。妹にカレシができたのだ。相手は大学生。妹が通う塾の講師、アルバイトだ。最初は兄も、妹が幸せそうで何よりだと思っていた。微笑ましいとも。しかし、いつしか、それが憎しみに変わった。自分は身を粉にして、妹の為に働いているにも関わらず、妹は男と遊んでいる。兄は男が憎かった。
そして、兄は妹を犯した。妹を男から奪いたかったのだ。妹を愛していた男。妹との性交は夢のような時間、のはずだった。しかし、実際は違う。物足りなかった。狂おしいほど好きなはずなのに、全く快感を得られなかった。ただ、一点を除いて。

〈やめて!お兄ちゃん!離して!嫌ぁぁあ!〉

その言葉、以外は。
拒まれる、許しを乞われる。それを力でねじ伏せた時、それだけに、兄は快感を覚えた。抵抗できないように縛り付けた時、試しに妹の首を絞めた時。
そう。兄はこの時初めて、自分が狂っていると自覚した。兄は妹を犯したかったのではない。殺したかったのだ。きっかけは妹をあの男から奪う事。しかし、きっかけはどうあれ、男は気づいてしまったのだ。自分のさがに。
そこからは早かった。兄が堕ちるのは。兄は近所の女性達を夜な夜な殺し回った。抑えられなかったのだ。自分のさがを。しかし、当然兄は捕まった。殺した女性の数は10を超える。判決は死刑。実際、兄は処刑された。コレは1年前に起こった連続殺人事件の内容である。表沙汰には。
しかし、この話には続きがあった。兄は死んでいなかったのだ。兄には不思議な力があり、魂だけの存在となり、この世に存在し続けた。そして、当時の妹のカレシ、今はとある中学校の教師をやっている男に取り憑いた。
兄は男の精神をじわじわと蝕み、人格を乗っ取った。そして今、再び、殺人を犯している。おそらく、兄はこの先永遠と、コレを繰り返すだろう。誰か、兄を止められる者が現れるまでは。

【11月28日、25:00、住宅街にて…】

広瀬先生改め、本田大地は意識の無くなったガイの首を絞め続けている。

「くはははは!!!死ね死ね!死んだか⁈逝っちまったか⁈」

本田は息が荒い。興奮しているのだ。

「あ~やべ~…俺もイク~…」

その時、本田は手に違和感を感じた。

「(え…なんだ…何も…掴んで…)」

本田の両手はガイの首を強く掴んでいた。はずだった。しかし、本田の手にその実感は無い。

「お前にガイオレは殺させない。」

なんと、意識が無いはずのガイが喋ったのだ。
次の瞬間、ガイは馬乗りになる本田の腹に手を当てた。

「ッ⁈」

すると、ガイの腕が本田の腹に投影された。

「(こ、コレは俺のタレント…)」

驚愕する本田。しかし次の瞬間、本田の腹に穴が空いた。

「ぐはッ!!!」

本田の腹にはガイの左腕が貫通している。
本田は力の限りを尽くし、ガイから飛び退いた。

「ゴホッ!!!ゴホッ!!!」

本田は吐血している。腹を貫通されたのだ。内臓は無事では済まない。
一方、ガイは仰向けで倒れたまま、話を始めた。

「感謝してるよ。おかげでこうやって、またオレに近づいたんだから。けどもう無理かな。アイツの魂はとりま避難させたし。」

本田は苦痛よりも、ガイの変貌ぶりに驚いていた。先程までとは違う、軽い口調。コレはガイのものではない。

「魂の無い肉体の朽ちるスピードは尋常じゃない。この肉体も、じきに死ぬ。そこで取引しなぁい?」
「取…引…?」

本田は痛みを堪え、問い返した。

「うん。俺としても、この肉体は保っておきたいんだよなー。何せ、俺がいつ発現するかわかんないから。」

ガイではないナニカは意味のわからない事を口ずさんでいる。

「でさ、耐える精神さえあれば、この肉体は保てる訳。でも今この体にガイ居ないからさ。お前、『魂移住計画ゴーンボーン』でこっち来てよ。」
「はぁ…⁈」

本田は驚いた。ガイではないナニカの言っている事は、本田の魂を広瀬先生からガイに乗り換えろ、という意味だ。

「何を…企んでやがる…ぐふッ!!!」

本田はまたも吐血した。しかし、ガイの企みの方が気になる。本田は痛みを堪え、尋ねた。

「だからぁ、この体保っといて欲しいんだってぇ。何回言えばわかんだよ。」

その時、ガイではないナニカは本田を指差した。

「それに、広瀬先生そっちの体、もう死ぬぞ?対して俺は四肢欠損。乗り移る前に止血さえしてくれればお前は生き残れる。合理的に考えろよ。」

本田の体、つまり、広瀬先生の体は腹を貫かれ、内臓にひどい損傷を負った。一方、ガイの重傷部位は右腕、両足のみ。止血さえすれば、広瀬先生よりもガイの体の方が長い時間、耐えられる。

「これだけ騒いだんだ。もうじき、人が来る。病院まで耐えられるのはどっちか、わかるだろ?」

そう。止血さえすれば、ガイの体は病院まで耐えられるかもしれない。しかし、果たしてガイの口車に乗って良いものかどうか。

「…」

本田は少し考えた。そして、本田は体を引きずりながら、ガイに近づいた。
そして、本田はガイの切断された右腕、両足を止血した。

「はーい。よくできましたー。じゃ、こっちカモーン。」

ガイは笑顔でそう言った。しかし、本田はその笑顔を不気味に思い、最後の確認をした。

「止血はした…コレでお前は延命できるはず…なんで、俺をそっちに入れたがる…?」
「言ったじゃん。魂無いと耐えれるもんも耐えられないって。」
「お前は…」

魂が無い。では、今喋っているお前は誰なのか。実態の無い、魂の無い存在が喋っているというのか。本田には訳がわからなかった。

「来ればわかる。」
「…」

本田はタレントを使った。そうする他なかった。

「『魂移住計画ゴーンボーン』!!!」

本田の魂はガイの体に入った。
すると、本田はある事に気がついた。

「こ、この体…⁈」

その時、本田の頭の中に声が響いた。おそらく、さっきまで話をしていた奴だ。

〈空っぽだろ。そりゃそうじゃん。ガイは他の体に逃がしたんだから。〉

今、ガイの体には本田以外の魂は存在しなかったのだ。

「どういう事だ…?」

その時、パトカーのサイレンの音が響いてきた。どうやら、近隣住民が騒ぎを聞き、通報したようだ。

〈俺は障坂しょうさか雷世らいせ。ただの記憶だよ。〉
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